67話
「さて、これで報酬には十分かな」
「……一応は金銭もお願いしますよ。旅にどれだけ金がかかるのか、分かっていますよね」
「もちろん、路銀程度は渡すよ。さっき、話した報酬も加えてね。そこら辺は公爵家の名に恥じないだけのものを用意すると約束しよう」
それは……クソ、最初から期待してますってか。
俺が向かうと分かった瞬間に安心し切ったような顔を見せやがって……まぁ、俺からしてもリールは救いたい存在だ。殺す可能性が微かながらでもあるのならば向かうのが筋だろう。
「父さんに聞きたい事があります」
「んー、何かな」
「また、手合わせを願えますか」
報酬を願えば貰える状況なら欲を見せよう。
少なくとも、目の前の世界最強相手に俺の本気を出したところで勝てる見込みは無い。扉の先の化け物が現れたとて、傷一つ無く勝利してしまうのだろう。俺が想定していた以上の……父親だからこそ、少しだけ甘えたいだけだ。
「Welcome! 勇者ならそう言うね!」
「はっ……なら、回らない椅子にでも座って待っている事です。美味い酒でも持って帰ってきて永遠と立てないようにしてやりますよ」
「それは……トイレに困るなぁ……」
「ふっ……あははは、なんだよ、それは!」
心配するべきなのはそこじゃないだろうに。
あーあ、本当に……思い出してしまうなぁ。本当の家族なら似たような返事をしていたのかなって。泥と埃に塗れた俺を見て幻滅でもしていたのだろうか……いいや、母さんなら笑いながら抱き締めてくれただろう。兄さんなら笑ってデコを叩いただろうか。そして父さんなら……。
「シオン」
「なんですか」
「無茶はするなよ。お前は僕の大切な息子だ」
そうだ……俺は……僕は……子供なんだ。
期待には応えなくてはいけない。全てが父さんの思いのままに向かえるように戦ってみせるしかないだろう。前の世界では出来なかった親孝行、既に亡くなった母さんには悪いけど……頑張るしか無いよな。
「任せてくれ!」
「いいね! そのポーズ!」
俺が見せたサムズアップを返してくれた。
強くて優しくて……多くの人を魅了するであろう笑顔が本当に美しい。でも、その血を引いているのは間違いなく俺だ。大丈夫、シオンの血を持ちながら俺としての力も合わせられた今の俺に困難なんて無い。
「行ってきます! 父さん!」
「ああ! 頼むよ!」
ああ……本当に家族って良いよな……。
大丈夫、もう逃げない。俺は俺である前に大切に思う人達がいるんだ。それらを無視して進んだところで何を得られるというのだろうか。故に俺は誇ろう、良き世界に転生した今の俺に祝福を込めて祈るだけだ。だからこそ……守らないといけないよな。
「影信、来い。ここからは少し特殊な旅をする」
「は、御用のままに」
元から誰を連れていくかは決めていた。
白百合騎士団がどうこうの前から、彼女を逃がす気なんて無かったからな。サーティーンから何かを言われる前から向かうのは決めていた話でしかない。逃がさないと決めた時から……彼女を闇から解放する事は決めていた。
必要なのは俺自身の技術を高める事だ。
その点からして影信の持つ知識や技術は得ておくべき力でしかない。分かってはいる事だ、過去に頼んだ時に断られたからな。今の俺では覚悟が足りないと言われてしまったよ。でも……それでも今の俺には無くてはいけない力でしかない。
「経緯はどうせ、聞いているよな」
「ええ……貴方様の覚悟も理解しております」
「なら、これからの旅の説明をする」
そうかい、今の俺なら……足りているんだな。
どうせ、詳しく話したところで無駄に時間を食うだけでしかない。影信の実力は誰よりも俺がよく理解している。そんな存在が俺を理解していると口にしたんだ。その言葉の重みがどれだけのものかは主が理解しなければいけない事だろう。
「俺を鍛えながら依頼先まで向かう、それだけだ」
「それはそれは……腕がなりますな」
その言葉の重みだけを分かっていればいい。
そうだ、俺は……変わらないといけないんだ。過去に縋り付くだけの愚かな俺ではなく、未来を見ていられる愚者になりたい。どうせ、愚かなら自由に羽を広げられる放浪者でいたいものだ。そのためには不必要なものが多過ぎるよな。
「分かっているな。手を抜くなら……殺すぞ」
「ええ、それこそが私の求める主ですから」
鞘から抜いた得物が黒く光ったように見えた。
きっと……そう、きっと、誰もが俺を前に歩ませようと努力していたのだろう。見て見ぬふりをしていたのは他でもない俺だけだ。何もかもを俺が背負えばいいと考え込んでいた愚考を、早い段階で父さんが壊してくれたのだろう。
「頼むよ。───は、俺の右腕なんだからな」
「……それを知っている貴方がどうして主足り得ないのでしょうか」
別に知りたくて知った訳ではない。
でも、雑多に並べられた情報を統合すれば導き出せる結果でしか無かった。……いいや、そういう言い方は良くは無いか。影信だって俺と変わらず過去に縋っていたのだろう。でも、その顔からして少しは晴れてきたのかな。
「故に問いましょう。私は……貴方を殺します」
「是非に及ばず」
「では……仰せのままに」
その声と共に影信は姿を消した。
知っている、それが礼節だ。俺がこれから歩もうとする道は修羅なのかもしれない。険しく踏破等は夢のまた夢なのかもしれない。でも……その道の先が大切な人達のためとなるのならば喜んで歩んで行こうじゃないか。
◇◇◇
「エル、今の君から見てシオンはどうだい」
「……私が旦那様に不安を抱いている、とでも」
「はは、それだけの殺気を僕に向けられるという事は本気で信じているんだね。本物の───の到来を只管に」
シンは確かに一瞬だけ怯えてしまった。
それはエルが持つ力では無い。エルの想う主への感情、そして、そのためならば自身を超えかねない才覚を持つ事実に対して、だ。
「……何を口にしたのですか」
「分からないという事は今は知るべきでは無いという事だよ。あーあ、君達が少しでも早く生まれていたのなら僕も遊んでいられたのになぁ」
「それは……いえ、そうですね」
その手が赤黒く染まっている事は分かっていた。
エルのような武人ではなくとも、守ろうとしたものが大き過ぎたのだ。それがシンにとって守り切れない程の大きな風呂敷であったとは言えない。だが、永遠と広げた結果として守り切れなくなった事はよく理解していた。
「やっぱり、彼はアイナの子供だよ」
「……その殺気は愛情ですか」
「ああ、過去の自分への戒めだ。気にしなくていいよ、疑いや恐怖の全てが愚かであったと理解しただけの事だからさ。記憶を無くしたシオンを放り出す事が本当に恐ろしくて堪らないよ」
それがシオンを受け入れた理由だった。
何をするのか分からない存在、自身の血を色濃く継いでいるとなれば余計の事だ。少なくともエルは生き返ったシオンを見て確かに感じた。それはシンすらも小石に思える程の明確な驚異を覚えてしまったからだ。
「エルは、どう思う」
「……私が何を口にするのでしょうか」
「はは、そうだよねぇ……だって、君は僕のもとへ来た時から考えを変えずにいたんだ。でも、そんな君が明確に表情を変えた時があったよね」
その言葉を聞いてエルは明確に舌打ちをした。
表情すらも変える事無く不服を表す姿に、初めて見た時の幼いエルを重ねてしまう。全てに噛み付こうとする剣の天才は既に飼い主を見付けた。娘と同然に思えていた少女は確かに大切なものを見付けたのだ。
「それでエルはどうしたいんだ」
「シオン様の剣として生きたいと思っております」
「へぇ……君が、ねぇ」
それは心の底から漏れ出した言葉だった。
エルの剣術はシンを超えている、それは頂点に立つものだからこそ、分かる共通認識だ。同様にシンからすればリリーのステータスや影信の経験から来る技術力は真似出来ないものでもある。それを一目見ただけで束ねて見せたのは他でもない本物の天才なのだ。
「僕の息子を、任せてもいいかな」
「いえ、私達は……シオン様の庇護下ですよ」
「……そっか、それくらいの話かぁ」
シオンを主と認めている、それが嬉しかった。
何故ならばエルの口にする通り、シオンはシン以外が下に見て良い存在では無いのだ。故に心底では安心していただろう。もしも、返答を間違えていたのであればシンはエルを娘として認める事が無かった。
「これから先のシオンは任せるよ。エル・ルール」
「今はただのエル、ですよ」
エルは嬉しそうに笑顔を見せた。
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