66話
「いいね、久し振りに遊ばなくていいんだ」
シオンに何かが変わった訳ではない。
だが、その対価として返ってきた行動は詰めだった。普通、単調……だが、その対価として行われたのは一振の掌から頭部のみを吹き飛ばす攻撃でもある。それらが即座に回復したとはいえ、一瞬の出来事を無かった事には出来ない。
即座に放たれた九つの尾がシンへ向かう。
それは目の前の存在が自身の敵だと認めた上での行動だろう。当然の事だ、一本でさえも対処される事の無かった攻撃だというのに、隠れて放った三本の尾が破壊されたのだ。それだけで身の前の存在が手を抜けないと感じない訳もない。
「つまらないな」
治した頭部が容易にもぎ取られてしまう。
それをクルクルと回した上でシオンへと叩き付けた。胸部へと当たった瞬間に吹き飛んだとはいえども、死ぬ前に手元に戻って来た時点で死ぬ事なんてありはしない。いいや、今のシオンが死ぬなんて早々出来はしない、の言い間違いだろうか。
「今の一撃、さっきのシオンなら対処していたよ。堕天は使っていたけど……今の君程のアドバンテージは持ち合わせていない」
尾が三本、宙の中へと消え去っていく。
それと同時に起こったのはシンを細切れにする程の斬撃だ。だが、それを一瞥したかと思うと手にある魔剣に静かに魔力を流す。同時に起こったのは斬撃全ての消去だった。有り得ない現実にシオンの口元が歪む。
「君でも表情は変わるのか。なるほどなるほど、僕の力は……いいや、ルシファーの力は容易に使えはしないんだ。少しばかり、驚いてしまったよ」
「……堕天は主、我は堕天」
「ほう、話すか。いやはや、おかしな話だね。君はシオンが死んでから宿った力だと言うのにさ。まるで、今の君の状況は」
その言葉に九つの尾がシンへと向かう。
今までが遊びであったかのような無限とも思える先分かれした一撃達、その一つがシンの頬を掠るのと同時に笑みを浮かべる。当然の事だ、普通であれば掠めるだけで全てが吹き飛ぶ程の火力を持ち合わせている。
加えてシオンの周囲には黒い闇が纏われ始めた。
その顔には過去に見せた仮面が付けられており、徐々にシオンの魔力を高めていく。その最中に迫る尾を切りながら下がるシン、どこから向かうか分からない攻撃全てをシンは切り伏せた上で破壊してみせ。
「……僕の頬に傷を付けるのか」
「所詮は人よ。人の外皮等、高が知れている」
「恐ろしいかい。全てが表になる事が」
それに呼応するかのように尾が迫る。
逃げ場等無い、四方から迫る連撃。恐ろしきはそのような結界が五重にも連なる事だ。尾で作られた茨の攻撃が幾重にも枝分かれして内部にいるシンへと迫った。シンが言葉を口にして三秒、だが、それだけの余裕があれば対処は容易でもある。
「恐ろしいよ……君が、君達が」
「何を指すかは知らないが恐れるのは当然よ。ルシファーなどとは比べ物にならない。人が恐れる余りに過剰に作り出された存在でしかないのだ。この我の足元に及ぶわけも無かろう」
「……そうか、少し喋り過ぎたな」
一瞬で茨が全て塵へと変えられてしまう。
同時にシオンの尾が五つ、切り落とされた。表情が曇るのと同時に四つの尾を行使してシンへと向かう。だが、無情にも切り刻まれて顔面へと手が加わる。同時に行われたのは仮面の半分の破壊でもあった。
「ギィヤァァァッ!」
「教えよう……僕の力は傲慢、君とは似て非なる力だ。いいや、格だけで言えば僕の、僕達の方が上か」
シオンが膝を着く。闇のオーラも薄くなった。
当然の事だろう。シオンの力が再度、封印されたのだ。それでも尚、四つの尾が残されているのは抵抗からだろうか……そんな訳も無い。シンは薄く笑みを浮かべてシオンを壁へと叩き付けた。
「さて、君の出番だ。仮面を砕いてやったからには行使出来る力も半分にはなるが、意識も奪われにくくなる。せめて、その力を制御してから大きな口を叩くといい」
四本、だが、その重みは変わってはいない。
多くの犠牲を払う堕天を行使して見せた彼への敬意でもある。それでいて自分の息子を思う親心でもあるのだ。自身の血を強く引くからこそ、その耳元へ怒声を放つ。
「妖魔程度の力に負けるんじゃねぇよ! 馬鹿息子!」
「うるせぇんだよ! クソ親父ッ!」
その声にシンは口元を三日月に割いた。
◇◇◇
「ようやく、戻って来たのかい」
「はぁ……これでいいかよ! クソ親父ッ!」
「クソとは失礼だね。こう見えても危険な状態になれば間に入るつもりだったさ。それにあの程度ならエルでもどうにか出来るよ。尾が七本までなら単体で止められるからね」
その声と同時にエルの刃が俺の首へ迫った。
でも、その表情からして気が付いていないとでも思っていたのか。シンは一度だけ口を滑らせてしまったんだよ。君では止められなくなる、さてさて、その君とは誰の事だろうね。
「ええ、この程度の力なら制御出来ると信じていましたから。シオン様ではなく、私が側にいたいと思えた貴方なら無理やりにでも」
「操れるから守った、違うか」
ぶっちゃけ、尾が四本ですら頭が壊れそうだ。
今までの比では無い程の情報量と悪しき感情が流れ込んでくる。エルの手を抜いていない一撃を防げたとはいえ、それでも四本を受けに回して対等だったんだ。未熟とはいえ、これだけの力を行使した上でようやく対等なんて、ね。
「君は理解するべきだよ。基礎も無ければ、周囲の事も見えていない。そんな状況で何かをしようだなんて無理のし過ぎだ。独学というのは仲間がいてこそ成り立つ、応用の範疇でしかないんだよ」
「……これが基礎である、と」
「君の力を従える一歩だよ。堕天は従えた上で行使出来る力だ。もしも、無視した場合には行使者へ大きな負担を与えてしまう……まぁ、君の場合は未熟だったから問題は無いけどね」
裏を返せば……それだけ期待をしているのか。
あのままでは何かが起こってもおかしくないと考えていたから封印した、そう考えるのは甘えているのかもしれない。だけど、俺の力は俺が一番に理解しているんだ。どうして俺が俺に期待しないでいられる。
「貴方は本当に……愚か者です。馬鹿です。本当に」
「……ごめん、見ていたんだよね」
「愛しい貴方が傷付いて……誰が喜びますか。私は貴方に必要とされたいのです。貴方がエルと笑って呼び続けられる世界を作り上げたいのです。この手を美しいと握ってくれた貴方で無ければ意味が無いのです」
抱き締められた力はいつもよりも強かった。
ああ、そうか……本当に俺は彼女に甘えられていなかったみたいだ。きっと、誰もが俺の無理を理解して許していたのだろう。何かあった時に動けるように準備しながらも、その大きな不安を俺のためだと思って無視していた。
「貴方が消えては、意味がありません。シオン様ではなく貴方だからこそ、今のシオン様が相手だからこそ、その手を握るのです。過去に意味なんてありません。過去に道はありません。顔を上げた時に見える景色は只管に続く前のみです」
「ごめん……ごめん、ごめん、ごめん!」
そうだ……エルは今の俺を見てくれている。
過去の俺ではなく、今の俺だから着いてきてくれた大切な騎士なんだ。それでいて本当の俺を見てくれている女性でもある。どうして今更、全てを恐れて彼女の手を払えるというのだ。そんなものは屋根に阻まれた雨が地に吸われるように消えてしまえばいい。
「俺さ、そうするべきだと思ったんだ。そうすれば良いと思ったんだ。でも、それはきっと俺がそうしたいだけのワガママだった。変えたいと思っても絶対に変えられないと思う。だから、こんな俺を愛する理由なんて」
「私の横にはシオン様がいます。後ろを見ようとすれば貴方の顔が映ります。だから、前を見ていられるのです。シオン様が後ろを向こうとすれば多くの大切な人達の顔が映るでしょう。それでも尚、シオン様は……私に甘えられないと言うのですか」
好きだ、愛している……そんな感情が先走る。
心にもない事を口にして反応を伺っていただけでしかない。その美しい手が俺の頬にかけられて欲しいと願う余りに甘えてしまった。そこらに転がる甘味が愚かに思える程の味わい深さがあるから楽しみたいんだ。
「私の愛するシオンはそんな事は言いませんよ。誰よりも優しくて、誰よりも強くて、誰よりも脆い。そんな心を壊しやすい繊細な男の子です。貴方の最愛がそう定めたのです。シオンはその通りに生きなくてはいけないのです」
頬に手が当てられ、無理に目が合わせられる。
美しくて、それでいて見ていたくて強くなる事を決めた女性の顔だ。この姿を守りたくて強くなる事を定めたんだよ。俺が俺をこうと定めるように、他の皆も俺はこうであると定めているのだ。そこに大きな差異なんてない。
「横道に逸れそうなら私の顔を見てください。甘えは許しませんが頼られて困る事はありません。それとも私では役不足でしたか」
「……そんな……訳が無いだろ」
「はい、シオン様はきっと酷い夢を見続けていたのです。悪夢に魘され続けたせいで見るべき未来を見定められなくなっていました。ですが、今は違いますよね」
「ああ、俺は俺だからね。エルの認める俺として生きられるように動かせてもらうよ」
この力は確実に俺のものにさせてもらう。
堕天の力を十全に扱うためなら今の力を恐れるなんて愚かだ。今の力を持ってサーティーンを倒せなければ先に進むなんて不可能だろう。ああ、なんだ……意外と道なんて幾重にも分かれていたじゃないか。
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