65話
このままだとジリ貧、というか、敗北必死だ。
今の俺の強さはハッキリ言ってサーティーン戦よりも強い。それだけは間違いなく言えるというのに少しも勝機が見い出せやしない状況だ。なら、何か打つ手があるのかと聞かれてもポンと出て来ないのも事実なんだよな。
魔槍化と守護があってギリギリ耐えている、この状況がどれだけおかしいのかは俺が一番に感じている事だ。本音を言えば少しは対処が出来るかと思っていたのに……ここまでやって、お遊びに付き合わされる程度で済んでいる。
「どうした! 口だけだったか!」
「うるさいですね!」
無駄だと分かってはいるが……何かはしよう。
動かないでチャンスを掴むなんて愚か者の考え方だ。結果が分からないのなら、少しでも何かが起こる可能性があるのなら動いておいて損は無い。想像を駆使しての魔法を魔力構築無しで発動、想定以上に魔力は使ったけど……悪くは無い出来だ。
だけど……最悪だな。堕天に強化は不可能か。
明確に魔法が跳ね返された。想像を駆使すれば限界を超えた強化も出来るかと思ったけど、そもそもの話、堕天が発動された時点で他の強化は解けているみたいだ。良く言えば、単体でこれだけの強化を発揮出来る強みはあるが……今の俺だとまだ足りないな。
「なるほど、その顔は分かったみたいだね!」
「ええ! 嫌という程にね!」
なら、他の部分への魔力量を高めてやればいい。
自身への強化が今の状態で限界となれば他のものへリソースを割けるという事でもある。かかっていると思っていた強化も解いたし……堕天のみでの魔力消費量は極僅かだ。これなら長期戦となっても問題は無い。
ああ、なんだ……勝機はあるじゃないか。
「俺の魔力だ。たんと喰らえ」
「へぇ! 得物にかけるのかい!」
普段の俺なら絶対にしない一手だけどね。
もしも、壊れてしまったらどうする……そんな思いが先に来てしまうからこそ、それでいて普段の俺では制御出来ない範囲だからこそ、取れない選択肢でもある。付与した魔法は【全反射】と呼ばれるもので、黒魔法の最上位に位置するものだ。
ただ、反応して流せるようになっただけ。
俺の頭が考える前に体が反応して対処してくれるだけの時間稼ぎにしかならない。だが、それは一つの魔法だけを付与していた場合に限る。これで普段のリソースの三割だから……残り七割を十全に扱ってどうかってところか。
「執行!」
「……ほう、白魔法と黒魔法の両立か! しかも! 魔法ではなく付与でやるなんて凄いじゃないか!」
どちらも織り交ぜたせいで刃先が漆黒だ。
こんなにも美しい黒は見た事が無いと思える程に綺麗な得物を俺が振るう……どこまで出来るかなんて分かりはしないけど、ここまでやって少しだけ勝機が作れた程度か。だって、一気に詰められた時の攻撃は全反射があるからこそ、耐えられているに過ぎない。
得物のどこに当たっても攻撃を反射出来るチート能力を付与しておいてコレだ。執行だって六割程度のリソースを吐いて付与している。打ち合う度に相手の魔力を吸い、ステータスを減少させるデバフを付けたというのに……まるで速度に変化が見られない。
「いいね! それだけやれれば十分だ!」
「あ、待て!」
発動までにどれだけの余裕があった……?
三語を口にするだけの時間、体感で言えば二秒程度だろうか。それだけの時間で俺がかけていた付与や堕天が消え去ってしまった。……そう、堕天すらも解除してしまったんだ。エルやリリーでも倒して押さえ込むのが限界だろう。なのに、目の前の化け物は一瞬で堕天を……!
「とはいえ、その力達は君にはまだ早過ぎる。使いこなせたところで対処の仕方を知らなければ身を滅ぼすのが目に見えているからね。申し訳ないが私の手で封印させてもらった」
「封印……!?」
「ああ、その通りだよ。だって、君には前提が足りていないからね。最初から応用を扱えてしまう天才故に、それに必要な基礎が成し遂げられていない」
基礎……基礎が出来ていないってどういう事だ。
俺は段階を踏んで進んでいるはず、魔法だって何だって低レベルから徐々に慣らしている。剣だってなんだって過去の記憶があれども、スキルの獲得やレベル上げは今の俺が努力して手に馴染ませたものでしかない。
「勝たなければ意味が無い。勝つ事が前提の世界だからこそ、重みが違う。君は力を持っているが故に、前提を理解しているつもりでいる」
「何が……言いたいんですか!」
「知らないフリは良くないよ。だって、すぐ近くで叫んでいる存在がいるだろう。君はいつも知っていて見ないフリを続けているんだ」
……痛いところを疲れてしまった。
分かってはいた、知ってはいた……でも、託されたからには通らなければいけない道だ。サーティーンと戦った時だって、シンと戦っている時だって俺は勝たなければいけないから強くなる事を選んだに過ぎない。
「泣いているぞ。君の剣も、君の大切な人達も。それはもちろん、僕も同じ気分だ。どうやら、少しだけ買い被っていたようだね。君なら僕と同じ力を扱い切れると踏んでいたのに」
「……ハッキリ言って、今の俺では……無理ですよ。俺は俺だけど俺じゃない。俺の中に何かが、失った記憶が秘められている事は嫌という程に分かっています。なのに、俺は何も……」
「僕の息子らしくないねぇ。シオンは誰よりも自信家な男だったぞ。それでいて本当は誰よりも家族想いだったんだ。だから、マリアからも愛されていた」
頭の上に柔らかな感触がした。
ずっと、そう、ずっと望んでいたものだ。褒められたい、認められたい……そんな自己愛の欠けた身勝手な思いだ。それでも普通なら得られるもののはずなのに幼い時に失った感情でもある。そうだ、そうだった……俺は……。
「抱えても意味は無いぞ。何のための家族なんだ。少しくらいは甘えてみせろ。オッサンになって甘えるのとは別だからね。君は間違いなく一人の幼子でしかない。どれだけ僕に似て大人びていても甘えなく生きられる男なんていないさ」
「……父さんも甘えていたのですか」
「そりゃあね、事ある毎にアイナに甘えていたよ。同様に君はエルやリリー、マリアに甘えればいい。弱さは罪では無い、対して美徳でもない。必要なのは弱さ故に何をするか、だよ」
そうかい……いつも、甘えっ放しだけどな。
いや……ううん、そういう意味では無いか。正しく言うのであれば本心は隠したままで甘えていたからね。何をしたいか、どうしてそうしたいかなんて素直に話せはしなかった。だって……俺の弱さは醜さと同義だと言ってもいい。
「シオン、覚悟を持つという事は弱さをも従えるという事だよ。人は弱い、醜い……どれだけ外見を取り繕ったとしても醜悪の中に美しさを作り出しただけに過ぎないからね」
「……俺は、強くなれますか」
「なれるよ。だって、僕の子供じゃないか。君が一番、僕の血を受け継いでいるんだよ。その力は僕が持つ力と同じなんだ。その力をどれだけ行使出来るかで未来は変わる。だからこそ、基礎を踏んで欲しいんだ」
基礎……堕天より先に必要な要素があるのか。
いいや、分かってはいる事だ。そもそもの話、鎖が外れただけで解放された力達すら、俺は十全に扱えてはいない。それ以前にトールを殺してしまった時の力だって……そうか、そう言えば俺は、俺の力を何も理解出来ていない。
「シオン、少しだけ君の将来の姿を見せてやろう。なに、ここから先は本当の意味で制御しなければいけない力を見せてやるだけだ」
「……何をする気かは分かりませんが」
「封印は解かないよ。その封印は解けるべくして解けていく枷だ。今は君を縛るものでしかないが、後に必要だったと強く理解すると思うよ。それこそ、黒魔法と白魔法を正しく扱えるようになるとかね」
ああ、そうか……そりゃあ、先駆者だもんな。
本当の使い手からすれば黒魔法すらも半端でしかないのか。ここまでやってみて足りないなんて本当に悲しい限りだ。……いや、大した期間も無かったのに半端者になれただけ十分か。
「今だけだ。君一人でシオンを止められるのは。そのうち二人で止める事となり、三人で止める事となり、エルとリリーと影信で止められなくなればシオンは本物の化け物となる。だからこそ、今のうちに本物の化け物を見ておくべきだろう」
「父様相手なら……暴れても問題ない、と」
「そうだね。いや、詳しく話すのであれば私で無ければ不可能だよ。君は異常な力を重ね過ぎている。それに力自身がシオンに対して悪感情を持っていないとなれば、今のうちに動いておいて損は無い打算もあるんだ」
それは……俺の力には感情があるって事か。
いいや、それは門の前にいた時に分かっていた事だ。分からないのは何故、力と共に俺の記憶も封印されているのかって部分か。そう、アイの事だって何だって忘れていた理由が……今の俺には分からない。
「先程とは違う本物の君を解放してあげよう。ただし、その子を自由にさせるのは数分だけだ。そこからは自分で取り戻しなさい。最低限の手助けはしてあげるから、そう、私の息子なら何をするべきかは分かっているよね」
「……俺は俺だ。俺なりに自分の力として取り込むに過ぎない。俺が本当の意味で強くなるためには黒魔法も白魔法も、俺の中にある力だって俺のものにするだけだ」
「それでいい。では、始めよう」
心臓に手が当たる。同時に視界が眩んだ。
ただ只管な闇が───世界を染めた。
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