外伝 現代日本編 耳長様と因習村2
駄菓子屋を出た後、一通り村を回った探索者たちは昼頃には宿に戻って来た。朝宿を出た折
「家の宿は三食出してますので、お昼には戻って来て下さいね!」
との事なだからだ。三人としては懐も寂しいので、宿代を浮かせる為にコンビニ弁当で済ませて断りたい所が本音だが、転がり込んだ身としては要りませんと言うのは憚られた。宿に戻る途中一人が
「悪い、煙草切れてたからコンビニ寄ってくわ。先戻ってて」
と言うので途中で別れ宿に付けば、玄関に出ていた女将が先に戻った二人を出迎えた。態々出て来なくてもと返したが
「他にお客様もいないので…」
との事、部屋に戻れば、既に膳は並んでいて、そこには朝と同じくたっぷりとした料理が並んでいて、朝と同じくニコニコ顔の女将にご飯をよそってもらい食事に掛かる。他人に見られながら食事をするなど、若い探索者にとって普段なら御免被りたい所なのだが
「何もない村でしたでしょ?でもご飯は美味しいんですよ」
「唯一の取り柄は子供が多い事でしょうねぇ。お声とか掛けられませんでした?」
若い、それも美しい娘から食事の邪魔をしない程度に話を振られるので、こう言うのも悪くはないと思え、ついつい自分達の事も話題に出してしまう。
「へえ~大学生さんで…」
「そうでしょうねぇ、昨今就職も厳しいですから。あっ、お代わりですか?」
そんな探索者二人の話に、女将は興味しんしんと言った感じで更に話を振って来る。その反応は、まるで久しぶりに会う孫の話を聞く田舎の祖母の様であった。それは平和な家族の団欒といった風情である。
彼女の眼の奥に、獲物を見定める猫科の大型捕食者の物がチラついて居なければであるが…
その様な探索者にとっては和やかな食事が終りかけた頃、先ほど煙草を買いに行くと別れた一人が戻ってきた。
「もう喰っちまったぞ」
「オメェの分の肉はねぇ」
「ふふ。だめですよ、そう言う事を言っては。大丈夫ですよ、ちゃんと人数分用意してあります。ちょっとお待ちを汁物を温め直してきますので」
出された茶を啜っていた二人は、遅く戻って来た仲間にふざけ交じりに声を掛け、それを窘める様に女将は言い、部屋を離れた。
「ああ…」
だが仲間の声に対して、戻ってきた探索者の声は心ここにあらずと言った感じである。本当にその言葉道理で、その眼はどこか遠くを見ており、一種夢見心地だ。
「どしたん?なんかあった?」
「歩きタバコでもして怒られたのか?ダメだぞ、幾ら田舎だからって」
「ちげぇよ。ただ…良い所だなぁって」
「それさっきも言ったぞ」
「ボケたか?」
「ちげぇって言ってんだろ!俺な…モテ期が来たかもしれない」
友人同士の遠慮のないツッコミを受けて、遠くを見ていた探索者の眼に焦点が戻る。だがその彼の口から出たのは残りの二人からは意味不明な発言だった。
「無い」
「それは無い。お前には無い。あったら殺す」
「だよなぁ。でも来たんだよ」
「お薬増やしましょうか?」
「可哀そうに…もう心が」
「本当なんだよ!だから遅くなったんだ!それとコンビニで…」
「はい、お待たせしました」
何時ものじゃれ合い。何時もの男同士の会話。そこに温めなおした汁物を持って来た女将は戻って来た所でその話題は途切れた。話題の主が女将がその場にいては続けられないと言う様に話題を逸らしたからだ。
「そうだ、女将さん。レンタカー見つかりましたか?」
「ええ見つかりましたよ。そんなに遠くにあった訳では無かったらしいので、裏に停めてます。
「良かった。じゃあ昼飯食ったら帰ります。どうもお世話に…」
「オイ!俺ら温泉入ってないじゃん!勝手に決めんなよ!」
「もう一泊くらいしてこうぜ。金ねぇなら貸してやるよ」
「そうですよ。折角いらしたのですから、ゆっくりしてらしたら良いではないですか。それに…我が村の温泉は何と混浴です!ぜひ堪能して下さい!」
「女将さん…それ今の時代不味いですよ」
「俺ら良くても、なぁ…」
「なに言ってるんですか!ここは因習村!そう言うのは関係無し!突撃しろ若人!本能に身を任せるのじゃ!ひっひっひ」
「止める気ないんだその設定」
「女性がそう言うの言っちゃ駄目じゃない?まあ、地元の人が言うなら良いか…女将さんもこう言ってるし帰るの明日にしようぜ」
「分かったよ…」
早めにこの村を出る。その提案はハイテンション過ぎる女将の言葉と仲間の反対に合い、お流れとなった。かくして三人の探索者たちは、車が戻った安心に満腹も手伝い昼寝をキメ、宿から少し離れた所にある、女将曰く打ち身腰痛高血圧から万病に効き回春効果抜群の秘湯中の秘湯に漬かり
「熊です」
「鹿です」
「これは…なんだろ?多分山の主的な何か?」
と言う肉尽くし夕餉を済ませパンパンになった腹を抱えて居室で苦しんでいた。
「もう喰えん…あ~苦しい」
「俺此処に永住しようかな…天国だよ此処」
「仕事あればなぁ…」
「おい、二人とも…さっきの話だけどさぁ」
そんな苦しくも幸せな時間に水を差したのは、昼の食事から今までテンションの低かった探索者、煙草を買いに別れた男だ。
「あ~あれ、良いよもう。俺らにもモテ期きたし」
「俺も許した。あれは誤解するわ。距離近すぎでしょ、ここの村の人」
なのだが残りの二人は上の空である。それもその筈、先ほ温泉…露天の混浴に入った際、彼らはこれまで体験した事の無い良い思いをしたからだ。
そこは赤銅の楽園でだった。ムチムチ、ボイン、ボイン、ペターンもある桃源郷、頭の悪い空間が其処にあったからだ。しかもそれが積極的に絡んできた。
ああぁ!!!!零れます零れます!!!!押し付けないで下さい!!!押さないで!!押さないでぇ!!!だったのだ。幸せであった。我が一生に一遍の悔いなし!ソープなんて眼じゃねぇ!此処には天然モノがおります!手は出せないけど…だった。
「バカかお前ら…怪しいと思わねぇのかよ…」
「なにがだよ。良い空気、美味い飯、そして女の子、最高じゃん」
「可愛い女の子と美味い酒それが人生の全てだよボニータ」
「まだ茹だってんのか?正気に戻れよ」
「いい加減にしろ、何時までそう拗ねて」
「違うんだ。そう言うのじゃねぇ。なぁ、都合が良すぎると思わねぇのか?」
彼の言葉に一瞬場の雰囲気が悪くなるが、次に出た言葉で仲間たちは冷や水を浴びせらた様になる。
「昼に俺コンビニ行ったろ?」
「行ったなぁ、そんでモテ期が来たと」
「それは良い。コンビニの店員と話し込んだだけだ」
「それをモテ期とは…」
「さっきと同じくらい距離近かったんだよ。もう仕事終わるから家に来てお話しませんかって言われた。オカシイだろこれ?俺にだぞ?しかも見ず知らずのよそ者だ」
「だから良いじゃん。温泉でもそれくらい言われたろ?此処の人は、皆人懐っこいんだよ」
「だからそれがおかしいんだ!真っ当に考えろ?アニメじゃねぇぞ!そんな都合の良い普通起こるか?ここは現実だ!それにこれ見ろ!」
「なにこれ?」
「店員と写真撮った後、携帯持ったまま店の中写したんだ」
「なんも変な所ないじゃん」
「よく見ろよ。パンだの弁当だのが一つもないだろ?棚に並んでるのも菓子とか缶詰とか保存の効く物ばかりだ。飲み物もそう保存の効かないの一つもない」
「女将さん言ってたろ、ここのコンビニ、ローカルだって。そう言う店なんじゃ?」
「じゃあ、これなんだ?普通コンビニに一週間前の新聞置くか?週刊誌は?これ去年の号だぞ?」
「店の人がズボラなんだ…」
「よく思い出せよ、耳長様の伝説にあったろ?廃村に人が居て、そいつがどんなに友好的でも長く留まっちゃいけないって」
その言葉に頭が冷えた二人が急いで携帯を取り出し、位置情報を調べる。そう言えば現代人の例に漏れず、情報中毒のケがある自分達が此処に来てから一度もこの現代機器に触れる事を思いもしなかったのだろうか?
「なんだ…村はあるじゃん!」
「ホームページだってある。ホントに因習村伝説で売り出そうとしてるよ…」
「なら誤解だな。怖がらせないで…」
「そのホームページ、村民何人って書いてある?」
「30人…しかも高齢者ばかりだ…」
「そうだ。村の施設は?」
「なんもねぇ…移住者募集だけだ…でもこれだけなら更新してないだけ…」
「規模」
「あん?」
「規模だよ村の広さ。俺たち半日歩き回れたけど、そこに写ってる写真は同じか?」
「全然違う…なんと言うか狭いし暗い…これは死にかけの過疎って感じ」
「だろ?そんな過疎化してる場所に急にコンビニだの温泉が湧いてでるか?しかも若者だらけで、その大半が美人の女」
「パラダイスみてぇな村から逃げて…って話あったよな?」
「あった。もう10年以上前の伝説のスレだ」
「最後どうなった?」
「スレ主行方不明。突した奴も…でもあれは結局見つかった…」
「現地で結婚しましたから田舎に移住しますってな。全員がだ。中には筋金入りのニート野郎もいたのにだぞ?」
「帰るか?金おいてきゃ食い逃げじゃないよな?」
「大目に置いてけば許してくれんべ」
「だから先に言ったろ?女将さんも此処には泊まり込んでないって言ってから、従業員居なくなったら直ぐに逃げるぞ」
「おう」
「賛成」
此処に来てフワフワ気分は消えた。ここは確かに現実だと思う。思うが、不気味だ。ホラー映画の登場人物ではないのだから、何かあるまで待っている必要は無い。
だが遅すぎた。
「あ~あ。逃げちゃった…私も詰が甘いですねぇ。新聞に週刊誌かぁ~、ど~も人間さんの感覚と私たちの感覚にズレがあるの忘れてましたよ。因習村をSNSの時代に合わせるの大変だわこりゃ…まっ、しゃ~なし…平和的篭絡作戦中止!鐘を鳴らせい!狩りの時間じゃあ!」
暗い山道を疾走するワンボックス。危険ではあるが、三人の本能が少しでもあの村から離れろと叫んでいる気がするので、誰もその事を指摘する者はいない。
それもその筈で村の入り口でバックミラーに映ったのは、まばらな空き家の点々とするTHE因習村その物だったからだ。
「もっと早くできないの!」
「お前落ちたいのか!?」
「つ~かよ~!あの村蝉の声してたよなぁ!外、秋じゃん!なんで俺ら、寒くて死にそうだった事忘れてたんだ!」
「知るか!変なもん食わされたんだろ!引き戻されたくなかったら前みてろ!」
「ああ!あの世のもんかあれ!?道理で美味過ぎるわけだよ!」
「バクバク食ってたもんなお前ら!帰ったらお祓いしてもらえ!」
「だからお前箸進んでなかったのか!?言ってくれよ!」
「怪しまれんだろうが!そこカーブだぞ!スピード落とせ!」
その恐怖もあり、車内の探索者たちの声は自分たちを奮い立たせる為のカラ元気で五月蠅い。カーブを曲がり山向こうの街の明かりがチラリと見えた。
「お~し、街見えた!あと少しだ!」
「余計な事いうな!ジャンプスケア来るだろうが!」
「ここでバァが来たら死ぬぞ!」
「そんな危ない事しませんよ」
「「「………」」
「窓越しにしつれ~い!少しお勘定足りなくって~、来ちゃった」
彼らの懸念は当たった。それは車と並走してニコニコと嗤っていた。残念ここでゲームオーバーである。だが人間こう言うのを見ると、叫ぶより先に体が反応し、全力でアクセルを踏む物なので車は急加速していく。
「あら危ないこと。じゃけん止まりましょうね~」
それを嘲笑う様に加速の途中で車は急制動を掛けられ後輪が空を切る音がした。シートベルトに体を締め付けられた探索者たちが後ろを振り返れば、そこには先ほど温泉で一緒になった女たち、そして服の上からでも分かる、肉体美とはかくあるべしと言った筋骨の美男たちが、車体の後部を掴み浮かしている。
「お客さ~ん、あれっぽっちじゃ足りないんですよ~」
「待ちぼうけ食らったので延滞料」
「お誘い拒否料をもらう」
「混浴サービス料もだ」
「あのどれ位でしょうか?」
「払います!払いますから許して!」
「俺ら食っても美味くないぞ!」
そして車から引きずり出された探索者たちは寒空の下囲まれる。要求されたのは宿泊料に各種サービスの付いた値段だった。
「え~、三名様合計で240年程になりま~す!はい、ご招待~い!連れていけぇい!」
人生全てを請求するボッタくり。その支払いを強制的に行わせるべく、女将の号令一下、獣たちが飛び掛かり探索者たちは連れ去られた。
こうして耳長様の伝説とそれに纏わる因習村の噂に新たな一ページが刻まれる。探索者たちは幸せな家族に囲まれ、新たな犠牲者を日本各地に築かれた本物に導く、ちょっとした仕事に動員されるだろう。
若人と気を付けよ、みだりに伝説を追い求めてはいけない。今、日本国は大因習村時代を迎えている。耳長様は存在し、次は貴方がその犠牲者になるのかもしれないから…




