覚書 人間はつらいよ
何故、ご主人さまに身を捧げなければいけないかじゃと?この馬鹿孫!滅多な事を言うでないわ!どこにご主人さま方の眼があるかわからんのじゃぞ!
でもではない!口答えするな!…ふぅ、お前今年で幾つになる?13じゃろう?ならば窓の外を見よ。虱だらけの巡礼者どもを見てもそんな事が言えるのか…もしや若い美空でそう言う趣味を持っている訳ではあるまいな?ご主人さまに生意気な口をきいて苛烈な責め苦を受けたいと?違う?ならば良い。
虱とご主人さまになんの関係がある?大ありじゃ馬鹿垂れ!我が家が代々何で財を成してきたと思うとる?森の香木じゃろうが。あれが有るから儂らは蚤にも虱にも集られずに済んどる。アレがなければ街の貧乏人はあっと言う間に虫の塊で、同じ場所に暮らしとる儂らも早晩、体を掻きむしる事になると何故分からん?
坊主共が乞食横丁を香炉を振り回して歩いとるのは、何も説教だけの為ではないのだぞ?知らんかった?はぁ~先が思いやられるわい。良いか、あの香木。この街では儂らの商会が一手に商っとるアレを、森のバケモノや獣人に襲われずに商隊が取ってこられるのは、高い金を払って毎年買っとる教会の護符のお陰ではない。あれは教会の面子を立ててそう言う事にしとるでけじゃ。
真はご主人さまが、ご先祖を見初めて以来、絶えず我が家を守って下さっているからなのじゃ。その対価として儂らは代々ご主人さまに身を捧げておる。お前、何か誤解をしている様じゃが、身を捧げると言っても取って食われる訳ではないぞ?
その証拠にお前の父が任に付くまでお相手を務めておった儂を見よ。ピンピンしておる。儂の母もそうじゃった。ち~と親父と不仲ではあったが、わが身一つで一族の権勢と繁栄が約束されるのじゃ。それも致し方ない犠牲と言う物。
何?儂も婆さんと年中喧嘩しとっただろ?よう、そんな子供の頃の事を覚えとるのう。変な所で物覚えの良い奴じゃ。アレはお前の父が身が持たんと言うから、儂が致し方なく変わってやったのを、アイツが年甲斐もなく嫉妬しておったのが原因で…ええぃ五月蠅い!儂だって皺くちゃの婆より若いのが良いわい!
開き直りではない!お前とて一度でもご主人さまのお相手を務めれば直ぐに虜に…こりゃ聞いておるのか!なんじゃい固まって?後ろを見ろ?
こ!これはご主人さま…本日はどの様なご用向きで…良い事を聞いたでございますか?あの…何故この老骨めの肩を掴まれるので?
お戯れはおよしください!儂はもうお役に立つ者ではございません!そこ!そこに居る孫をお使い下さい!儂死んじゃう!死んじゃいますぅ!こりゃ孫!逃げるな!逃げるでない!儂を置いていくなぁ!逃げた所でお役目からは逃げられんぞ!
無視はしとりません!お許しを!どうか慈悲を!お慈悲を!いやぁ!!!お薬!お薬だけは勘弁して下されぇ!!らめ~!!!!むぐぅ!!!!!
解説
作中、殆どが主人公や上位種であるエルフの視点で語られる以上無視されるが、この世界の人類は地球人類と同じように、長年人類を悩ませ続けている不快な相棒や彼らが齎す疾病から無縁ではない。基本的にこの世界の人類は蚤や虱に集られ、家賃を払わない下宿人を腹に住まわせている。宿ではトコジラミの攻勢を受けるのが普通で、足元を固めずに森に入る事はマダニのご馳走になる事と同じであり、夏の市場はハエで黒くなる。
都市は獣や剣で死ぬことを防いではくれるが、不潔さから来る死からは守ってはくれない。もちろんの事であるが人々は努力はしている。上位種であるエルフとドワーフの文明を礎にしている以上、何が自分達を脅かすかの知見はそれなりにあるからだ。
現在生き残っている都市は上下水を初めとした、最大限衛生を保てる土台を持っていた。「持っていた」である。人の手のみによって運営されている現在の都市は、逃げ込み続けて来る人口を前にその限界に達しようとしいる。
例外として地下にある世界樹の若木の加護を受ける聖都があるが、それさえも次々と来る巡礼者全てを清潔に保つ事は不可能であり、居つこうとする連中は、物資を当て得てでも開拓民名目で追い出している。
この様な状況で、南方を除く人類圏が大規模な疫病の発生に見舞われ、都市の放棄を余儀なくされないのは皮肉にも人類を追い詰める元凶である森の恩恵がある。犠牲を無視すれば幾らでも取れる燃料資源は本来であれば当の昔に稼働出来なくなっている筈の公共浴場を動かし続けており、不快な害虫を寄せ付けない香木、多種多様な薬効を持つ生薬は人類を踏みとどまらせている。
全て意図された物だとしてもだ。
そう全てが意図された物だ。人類が森を恐れる余り、人口を都市に集中させるのも、人類が踏みとどまっている要因の殆どが教会を介して分配されるのも、天よりの罰でも奇跡でも無い。偏に邪知暴虐なナマモノの策略である。
奴らは望んでいる。自分達の都合の良い存在に人類が導かれる事を、人類が怯えながらも森から離れられなくなる事を、そしてそんな人類を思うさまにする事を望んでいる。こうした悪趣味に走っているのは主にゴミパンダである(セイタカアワダチソウは迂遠な事はせず、有無を言わさず浚っていく。こいつ等は狩猟民なのだ)
人の悪意を愛し、身に余る欲望で破滅していく様が性癖のこのトラッシュ狸擬きは、趣味と実益を兼ねて、広大な樹海の渚に安全に入る事の出来る特権をターゲットに与え、その代わりとして子々孫々までその人生を(老若男女問わず)貪り尽くしている。
ゴミパンダ曰く「愛 (なのよ)」の行為は今や人類の守護者を自認する教会の権威を高める為の物でもある。頂点からしてゾロゾロ害獣パークのこの組織に、特権を与えられた人間たちは誘導され、組み込まれて行くからだ。
もし歴史的な知識を持った転生者なる者が、崩壊を迎えつつある古代末に類似したこの世界を見た場合、驚く程衛生を維持し続けている事に疑念を抱く事請け合いであるのは、エルフとその下僕たちの働きによってである(そして探ろうとして居なくなる)
結論として言えば、現在の中央人類圏はビオトープと言った所であろう。入念に管理された人工的な自然を疑問を抱かず生きる池の中の生物たち。それが今の人類の姿である。




