覚書 エルフにとって歴史とはなにか?
「エルフの歴史について知りたい。それで私の元に来たと?他のエルフに聞いても何も知らんかった?思い出話されただけ?それは聴き方が悪いんですよ。良く分からん?では説明してあげましょう。
『まず世界には世界樹の若木と始祖があった』と始まるのがエルフ帝国年代記の書き出しです。恰好の良い出だしですね。ここから数々の試練を経て帝国は巨大になって行くのでございます。で・す・が!我がマイラバーお兄さまが、我が家の地下所蔵庫に持ち込まれた灰になる事を免れた膨大な帝国図書館の写本を睨みながら編纂を続けているこの記録には問題があります。
なんでって?美化レベルがはんぱじじゃね~んですよ。お兄さまがここ数百年取り組んで出ても終わらないのには理由がこれね。学者…と言って良いのかな?兎も角専門家が取り組んだ公刊史の癖に真実が暈されまくってるのよ。
なので過去本当になにがあったかを知るには、帝国図書館の資料の他、一族の蔵書を学ぶ必要があります。エルフの歴史とは子孫や多種に見栄を張る公的な物と、一族が伝える面白おかしい失敗とやらかしの歴史が存在し、エルフ史を学ぶにはこの二つを合わせて学ぶ必要があるからです。
なんでそんなんにメンドクサイのか、何故、三万を超える歴史を持った国家が満足な史学も発展させられなかったのか?それは簡単でして、髭との戦争が始まり、バタバタ死んで行くまで、始祖たちがピンピンしていたのが原因です。
地球の人間さんに例えますと、アダムとイブは正月に合う本家のじいさんばあさん。天孫降臨から向こう、ご先祖全員宮中で存命。三皇五帝が近所にいる。歴代ローマ皇帝全員現役、角のルーシーさんには昨日銭湯で会った。これで下手に真実書くとどうなるかはお分かりですね?
歴史を知ると言う事は、草の根齧ってのたうち回った記憶や、怒った嫁に追いかけられた逃げた記憶、酔っぱらって全裸で寝てたの目撃された恥ずかし~思い出、言葉も碌に離せずウホウホしてた事を忘れたい存在の過去を掘り返す行為な訳です。
詰まり、直ぐに突っ込んでくるんですよ全員が。A卿の輝かしき冒険記録があるとしましょう。初の世界一周とかした凄い人物です。それを様々な資料に当たり歴史学者の先生が人生掛けて本として出したとします。するとどうでしょう!同行していた隊員と名乗る人物が現れ「アレ嘘」「それ偶然」「そん時アイツ寝てたよ」と言い出します。
そしてA卿自身が「ふむ。興味深い著作ではあるが、些か思い違いがあるのでは?この部分とか、あの部分とか、Bの言っている事は無視して良いぞ。私は皇族で、彼は一議員でしかない。分かるね?」と言って必ず圧力を掛けて来るのです。
どの様に歴史関係の書物を出したとしても、現在進行形の権力者がバチバチしながら口出しをして来るのがエルフの歴史界隈でした。故に綺麗ごとしか書けないのがエルフ帝国の歴史で、ここから分かる様に大半のエルフに取って歴史とは実体験です。
歴史上の人物は殆どが親戚。下手をすると本人ないしは父母。貴方が思い出話されたとは、貴方が聞いた事象が、丁度聞かれた本人の直接の体験だったからでしょう。私たちにとって100年前など昨日の様な物なんですからそこ当たり前。
今度尋ねる時は『~は何時ありましたか?』『その時貴方は何処にいましたか』『ご存じないのでしたたら知っているエルフを教えて下さい』と聞いてみましょう。そして出来るだけ多人数に当たって整合性を取る。それが現代エルフ史の研究法です。全員が綺麗ごと言ったら?…それは知るべき事ではないので覚悟をして下さい。真実の帝国史?それは私と仲良くなったら教えてあげましょう。所で薬草茶でもいかが?要らない?そう言わないで?ね?あっ!逃げるなぁ!」
白百合の姫 帝国の末
「それで私の所に聴きにきたのか?正しい判断ではある。アレの言い分は率直に過ぎるが概ね真実だ。驚いた顔をしているな?私がアレの言い分を認めるがそこまで以外か?私とて、そこまで頑固者ではない。真実には大人しく膝を折る。私が帝国史を編纂しているのは子供たちが同じ間違いを繰り返さない様にする為なのだからな。
正直な所、帝国史は巧言と令色の溢れた、凡そ史書とは言えぬ代物ではある。正直に書いてあるのは、穴虫…ドワーフの事だ…の記述と、お前たち人間についての箇所くらいであろう。そこも執着と差別意識に塗れているがな。
それでも帝国が後に続く者たちに残した物には変わりはない。だからこそ私はこうして、残された物から編纂を続けている。どの様に汚辱に満ちていようと真実を伝える事が、重要であると考えるからだ。まぁ、注釈が本文の三倍以上になるとは思っていなかったがな。それで何を知りたい?帝国宮中史か…資料は万を優に超えるぞ?五十年程なら付き合ってやろう。子孫に引き継ぐ覚悟をして於け」
龍鱗の君 エルフ帝国最後の騎士
解説 エルフ史
エルフにとって歴史とは個人の体験の集合体であり、歴史上の人物が殆ど存命な為、政治上の都合に合わせて多分に流動的な物である。人類史と違い大きな争いは後半にならなければ発生しない為、前中盤と人物史、災害史、発見史、宮中史、等に紙面が割かれ、文章量と書体の流麗さは素晴らしいが、全体的な内容は薄く(政争関係はドロドロのぐちゃぐちゃであるが、それは一族史に分類され公刊はされない)。史学的面白さは後半に集中している。
前半は半ば神話的に暈された建国史(子孫に石器も使わず樹上生活してましたとは言いたくないので真実を語る事は公には禁止)
中盤は「俺たちこんなに世界を住みよく快適に変えました!おれたち凄い!神様褒めて!」てな探検と開拓の歴史。
後半からドワーフとの戦争勃発に伴い。髭許さん→髭殺す→髭しぶとい!→他種族なんて知らん!殺す!→人間…なんて脆い…弱すぎる…殺す必要ある?→人間良いね…良い…→手を噛まれた!恩知らず共め!殺す!…家の子は例外だけど野良は殺す!→あっ押され…負け…→我々は余に多くの悲劇を見て来た。文明の灯は消え、世界は黄昏を迎えつつある。だが我々は抗い続ける。
と被害者面を始め、最終的に植民地が、次いで都市の、最後の抵抗と、音信が途切れる様の記述が増えていき、筆が止まる。
その特徴は白百合が言う様に、神話期の登場人物が、ガンガンに生きている為、下手な事を書けない事と、政治的に優勢となった人物による、後年の歴史の書き換えが慣例とされていた事である。
「なぜ人類の神話に置いて、不死身の英雄が最後は悲劇的死を迎えるかこれでお判りでしょう?何時までも隣で茶ぁしばかれて編纂を監視されると困るからですよ」白百合談




