六章 平和なこの場所
愛理は、今日も食堂でお勧めメニューを食べていた。今日のメニューは焼肉定食だった。
そこに、いつも通りに購買でパンを買ってきた小春がやってくる。
その手に持っているのは、アンパンと食パンとカレーパンだった。
「ふんふん、ふふふん、ふふ~んふ~ん♪」
とある国民的ヒーローアニメのエンディング曲を鼻歌で歌いながら、愛理の隣の席に座る。
「ジャムとバターは持参ですよ!」
聞いてもいないことを宣言しながら、小春はどこからともなくイチゴジャムの瓶詰めとバターを取り出す。
「ちなみにチーズはチーズ蒸しパンだ!」
パンをもう一つ、どこからか取り出す小春。
毎度のことながら、この量をよく食べられるな、と愛理はむしろ感心してしまう。食パンは一斤丸々である。
「その栄養は、どこにいってるのかしらね?」
「少なくとも、頭や胸には、いってないにゃあ」
嫌味を普通に返されてしまった愛理は、少しムッとしつつも、今日こそは自分の昼食を死守するべく、席の間の距離を取る。
「そういえば、知ってるかい?メグチン」
「何をよ?」
小春がこんな風に話しかけてくるときは、新しい噂や情報を仕入れたときである。たいていはどうでもいいことなので、愛理はいつも通り、聞き流そうとした。
「昨日の《神城トラブルバスターズ》のことなんだけど……」
しかし、少し興味を惹かれる内容だったので、聞くことにした。
「天恵受者を募集するみたいなことを書いたビラを配ってたらしいよ」
小春は食パンにジャムを塗って、凄い勢いで食べ始める。ジャムを塗った面を食べ終わると、次はバターを塗って食べ始めた。
小春の言ったことは、むしろ、愛理の方が詳しいだろう。なぜなら、ビラをもらった張本人であるからだ。
「このご時勢にそんなビラを配るなんて、凄い度胸だね~」
むしゃむしゃと既に食パン一斤を大部分食べた小春が言う。
「……あなたも、天恵受者は怖い? 同じ人間とは思えない?」
愛理は、小春に思わず質問していた。
愛理のように、天恵受者だからといって、全員を差別することは間違っている、と思っている人物は、残念ながらこの世界では少数派だ。
天恵受者は、我々普通の人間とは違う生き物だ、とする思考が、もはや、世界には蔓延しており、天恵受者の人権保護を訴える人の中にも、心の奥底ではこう考えている人がいるのが現状である。愛理も、実際に間違いなく天恵受者だという人とは会ったことがないので、現実に天恵受者と触れ合うと、考えが変わってしまうのではないか、と思っていた。
愛理は、自分の友達とされている小春の意見を、なんとなく聞きたくなった。
「はぇ? ……そうだねぇ~……」
小春は食パンを全て口の中に押し入れ、咀嚼しながら考える。
そして、ごくり、と飲み込んだ後、チーズ蒸しパンの袋を開けながら答える。
「実際に天恵受者に会ったことはないから何とも言いがたいけど」
そう前置きつつ、
「友達になることにそんなことは関係ないし、別に怖いとは思んないなぁ~」
と、言ってのけた。
愛理は知っている。
小春は常に本音を発している。
彼女の言うことには、嘘偽りがない。
良く言えば、陰日向のない性格、悪く言えば、空気が読めない馬鹿、だということを知っている。
こんなことを本気で平然と言ってのける奴だから、愛理は、小春のことを嫌っていない。
「あなたのこと、たまに大物だと思うことがあるわ……」
愛理は、正直な感想を小春に告げる。
「そう? よくわかんないにゃ~」
チーズ蒸しパンをいつの間に完食した小春は、カレーパンの袋を開けていた。
「――それで、他に何かないの?」
「何かって?」
愛理の質問に首をひねる小春。
「……《神城トラブルバスターズ》のことよ」
「おや? 興味があるのかい、メグチン?」
カレーパンを食べながら、小春は不敵な笑みを浮かべる。
「ん~、教えてあげないこともないけど~、やっぱり、世の中、ギブアンドテイクだとアタシは思うんだぁ~」
カレーパンを瞬く間に食べ終わった小春が、ニヤニヤしながら近づいてくる。その目線は焼肉に釘付けだ。
「……」
愛理は、認識を改めた。
こいつは、ただの食欲魔人だ、と。
「いいわよ、今日は割りと食べたから、残りは食べても……」
「いただきます!」
がつがつがつがつ……
まるで、ハイエナである。
「ていうか、あなた、アンパンが残っていなかった?」
「アレはおやつだよ」
食べ終わった小春は、爪楊枝をくわえて満足そうにしている。
(おっさんみたい)
さっきの大物評価が嘘のように落ちていった。
「えっと、《神城トラブルバスターズ》の情報だっけ? ん~、実はあんまり情報が入ってないんだけど……」
「――それは、殴られたいというサイン?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
愛理の背後で渦まく殺気を感じ取った小春は、多少怯えながら、なにやら手帳を取り出し、
「え、えっと、とりあえず、経営者は神城拓真って男の人で、従業員は四人いるらしいよ。何人かは天恵受者って言われているけど、よく分かっていない。従業員に女の子が一人いるみたいだけど、これも現在調査中……結構、謎の団体だね」
「調査って……あなたは何をしているの?」
「趣味の情報収集だよ。この手帳には様々な情報が記録されてるアタシの宝物だよ!」
趣味が悪いと思いつつも、言っても無駄であるとも思ったので、言わないでおいた。それに、今、その悪趣味な情報収集により集められた情報に興味を持っているのは、愛理自身である。
「他にはないの?」
「う~ん、残念ながら」
まぁ、仕方がないと、愛理は諦めて、席を立った。
そろそろ、昼休み終了の時間だった。小春も、愛理に続いて席を立つ。
「げふ~っ! あぁ、食った、食った~」
「瀬尾、おっさんくさいわよ」
「そりゃ、おっさんは加齢臭とかで臭くなるもんなんだからね、そこは許してあげなよ、メグチン」
「……別に『おっさん』が『臭い』って言ったわけじゃないわよ、ていうか、あなたからのカレー臭の方がきついわ……」
今日も、平和な昼休みだった。




