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五章 まだ変化は無きまま


 その日も、朝はいつも通りだった。いや、正確にいうと、ちょっとした違いはあった。

 愛理は、その日、とても珍しいことに、

 寝坊した。

(とりあえず、ご飯だけでも食べていこう)

 愛理は、マイペースな性格をしていたが、時間にルーズということはない。むしろ、無遅刻無欠席で皆勤賞をもらったことがある中学時代のことからしても、時間には厳しいほうだった。

 そして、寝坊といっても、普段のようにのんびりする時間がないだけであり、きびきびと行動すれば十分間に合う時間でもあった。

 愛理は、慌てず焦らず、昨日の残りのご飯を茶碗についで、食べていた。

(食器を洗う時間はないなかなぁ……ご飯粒は時間が経つとこびりついて、とりにくいんだけどなぁ……)

 とりあえず、朝食の白米を食べ終わり、茶碗をシンクに突っ込み、身だしなみを整えると、すぐさま出かけようとしたが、

(おっと、鍵の確認!)

 と、重要なことを思い出し、やはり、慌てず焦らず施錠の確認をする。ガラス戸には鍵がかかっている。ベランダには、今朝、干したばかりの洗濯物が風で揺れていた。

(帰ったら、これも取り込まなきゃ)

 そう思いつつ、確認を済ませた愛理は玄関に向かう。

 そして外に出て、入り口のドアにもしっかり鍵をかけると、少し急いで登校することにした。

 エレベーターで一階まで降り、いつものように、

「いってきます」

 と、管理人に声をかける。

「今日はいつもより少し遅いね」

 管理人の声に、

「ちょっと寝坊しました、では……」

 と、短く返す。そして、愛理は走って学校に向かった。

 学校へ向かう途中も、愛理が気にしていたのは、茶碗についたご飯粒と洗濯物のことだった。


「今日はギリだったみたいだな」

 朝錬で小春にも言われたことを、教室で青井原にも言われた。

「寝坊したのよ」

 もう何回目になるのか分からない台詞を、愛理は告げる。

「そんなにぐっすり寝ちゃうほど、昨日は疲れたのか?部活はなかったのに」

 鞄の中から筆記具や教科書を取り出そうとしている愛理に、青井原が問いかける。

 そして、愛理は鞄の中に、とあるビラを見つけた。

「まぁ、ね」

 そのビラを手に取り、昨日のことを思い出す。

 

 ――何か、困ったことがあれば、連絡してください!――


 そう、昨日出会った少女――神城千風は言った。

 愛理には、特段、困ったことなどはなかった。

 むしろ、愛理は、千風のことを心配していた。

昨日のエアガンの件は、いたずらにしてもやりすぎだろう。今更ながらだが、警察に被害を訴えてもよかったのではないか、と思えてきた。

 彼女は、天恵受者なのだろうか。

 天恵受者だから、あんなことをされたんだろうか。

 もし、あの娘が天恵受者だとして、私がそのことを知っていたら、私は、あの娘に対する態度を変えただろうか。

 考え始めたら、止まらなくなってしまった。

 しかし、そんな思考をストップさせてくれる変な生き物が、この学校には生息していた。

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……

 ドドドドドドドドドドドッ!

 ガララッ!

「くぅおらぁぁぁ! メグチンのアホォォォッ!!」

 思考は止まったが、代わりに頭痛がしてきた愛理。

 突然、教室にやってきた珍獣は、愛理を目指して一直線に突き進む。

 進路上の生徒は皆、退避している。

「さっきは死ぬかと思ったんだぞぉぉぉっ!」

「落ち着きなさい、何の話よ」

 興奮している珍獣を、どこぞの動物博士のごとく、宥める愛理。

「メグチンが先に行っちゃうから、アタシは急いでおにぎりを食べようとした! だけども!ちょっと急ぎすぎて、おかかのおにぎりを喉に詰まらせてしまったんだよ!」

 小春は、朝錬が終わったあと、いつも更衣室で朝食を食べる。今日も、おにぎりを食べていたことを愛理は思い出した。

 なるほど、更衣室を出る前の「んぐぐぐぅっ!」という奇声は、何かの気のせいではなく、喉に詰まらせたという悲鳴だったらしい。

「……自業自得じゃない」

「人が助けを呼んだのに無視して去っていったのは誰だよ!」

 と、言われても、いつも何らかの奇行を行うか奇声を発している珍獣のSOSのサインを見抜くのは至難の業である。

「水を飲ましてくれた人がいたから助かったものを……!」

 誰だろう、そんな余計なことをしたのは。珍獣を保護するために遣わされた、動物愛護団体の差し金だろうか。

「メグチンには、アタシへの愛が足りていない!」

 ダンッ!

 と、愛理の机の上に飛び乗り、ビシッ! と愛理を指差すポーズまで決めて、そう宣言する珍獣こと小春。

「……どうでもいいけど、あなた、今日はジャージ忘れたの?」

 愛理の突然の一言に『?』を空中に出現させる小春。

「何でそんなこと聞くのさ?」

「今、飛んだときに、パンツ見えたわよ」

 途端にあたりがシーンとなる。特に、男子からは、嬉しいやら気まずいやら、よく分からないオーラが漂っている。

「………………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」

 愛理と小春も無言だ。

 そこに、担任が遅れてやってきた。

「みんな、すまん、すまん。遅くなっ――? どうしたんだ?」

 教室の異様な雰囲気を感じ取った担任は、原因であろう人物たちの方を見る。

 やがて、静寂は崩された。小春が突然、スカートの裾を掴み、叫びだした。

「パンツぐらい少年週刊誌ですら見られるんだから恥ずかしくも何にもないわぁぁぁっ!! 何ならもっと見せてふぎゃん!」

「朝っぱらから何つーこと叫んでんだぁぁぁぁっ!」

 かこーんっ!

 担任の手から放たれた出席簿が、小春の頭を直撃した。しかも、角だった。

 倒れこむことはなかったが、小春は激痛で愛理の机の上でうずくまった。

 恥ずかしさのあまり暴走すると、さらに過激な発言が飛び出る、それが小春クオリティ。

(まだ羞恥心は残っていたのね)

 愛理は、小春がかろうじて人間であることを、確認することとなった。

「で、いい加減どいてくれない?」

 いまだ、自分の机の上で、頭を抱えてうなる小春に、愛理は言う。

 本鈴前には、何とかどかしたものの、小春は一時間目途中までずっとうなっていた。


 ちなみに、青井原実親は、鼻血の海で溺れていた。


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