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三章 転換点

 

 放課後、帰り支度をしていた愛理に、またも疫病神が話しかけてきた。

「ヘイヘ~イ!ご機嫌いかがですかぁ、メグチン?」

「とりあえず、お腹がすいてて、最悪ね」

「メグチンたら、食いしんぼさんな・ん・だ・か・ら♪」

 デコツンしてくる小春に、いい加減疲れてきた愛理は、無視して帰ることにした。

「ありゃ、ホントにご機嫌ななめだ。仕方がない、バイトがあるアタシはバイト先にむかうことにしよう」

 いちいち言わなくてもいいのに、そんなことを言いながら、愛理に追いついて、一緒に校門へ向かう小春。

 ちなみに、アルバイトは校則で禁止されているが、守っている人のほうが少なく、教師たちも半ば黙認しているような状態である。

「あなた、指導室に呼ばれてたんじゃなかった?」

「ん? 何のことかにゃ?」

 要するに、無視するらしい。まぁ、担任のほうも本気ではなかっただろう、と愛理も気にしないことにした。

「まったね~、メグチン」

 校門を出た小春は、そう言って、手を振りながら去っていった。愛理は、軽く手を振って返すと、商店街の方へ向かっていった。

 

(……鍋にでもしようかな、寒いし)

 商店街に着くと、愛理はまず、八百屋に向かうことにした。

 最近、大手スーパーが近くに出来たため、買い物時であるにもかかわらず、大して人はいなかった。が、愛理は人混みが嫌いなので、あまりスーパーの方を利用せず、こちらで買い物をすることが多かった。

(白菜、白菜)

 八百屋で愛理が、鍋の材料を選んでいると、

「この先で新しくオープンしました、《神城トラブルバスターズ》です! よろしくおねがいしま~す!」

 という声が聞こえてきた。

(《トラブルバスター》?)

 確か、食堂で、そんな単語を口にしていた馬鹿がいたな、と愛理は、あまり思い出したくもない昼休みの出来事を思い出した。

 愛理はなんとなく気になって、その声のする方を向いてみた。

 愛理の視界に映ったのは、ビラを配る、同年代ぐらいの少女であった。

(……随分、可愛い娘だな)

 女の子である愛理が、一目見ただけで、思わず口に出してしまいそうになった感想がこれである。別に、ビラ配りの少女が特別可愛い服を着ていたわけではない。少女自身の容姿に対しての素直な感想だった。

 ビラ配りの女の子は、十人が見たら十人全員が思わず見惚れてしまうほど、可愛い美少女だった。茶髪のショートカットで、後ろ髪が少し跳ねているのが特徴的で、それがまた、少女の雰囲気から感じ取れる無垢な印象を強調しているようで、とても可愛らしかった。

 女の愛理ですら、見惚れてしまうのだ。男から見たら、さぞかし魅力的であろう。現に、彼女が配るビラを受け取るのは男性ばかりで、中には、引き返してまでビラをもらっている人までいるほどだ。

(……?)

 しかし、愛理は、ビラをもらった後の男たちの反応に、不自然さを感じた。

 皆、もらうときは、下心が見え隠れする笑顔で受け取るのだが、ビラに目を落として、内容を見ると、そそくさと少女から逃げるように去っていってしまうのだ。

 中には、ビラを見て露骨に表情を変えて、少女を睨むような仕草をする人もいた。

 愛理は、その反応の理由が知りたくなって、少女に近づこうとした。

 そのとき、少女の後ろから、空き缶が転がってきた。

 少女はそれに気付かず、ビラを人に渡すために、半歩後ろに下がろうとした。

 半歩下がろうとした少女の足の着地地点に、空き缶がドンピシャのタイミングで転がってきていた。

 そして、少女は空き缶を踏んでしまった。

 空き缶がアルミ缶であれば、少女が缶を踏み潰しただけで終わったかもしれない。しかし、空き缶は、運が悪いことに、スチール缶だった。

 見た目からしても、体重が軽そうな少女の重さでは、スチール缶は潰れるわけもなく、丸みを帯びた形状のまま、見事に少女を乗せることになった、その結果、

「きゃあっ!?」

 少女は、見事に缶に足を滑らせてしまった。

「危なっ!」

 愛理は少女の体が、後方に倒れていくのを見て、思わず、そう叫んだ。

 しかし、予想外のことが起こった。

「っ! はっ!」

 後ろに倒れそうになった少女はビラを投げ出すと、気合を入れた掛け声を出して、後方に両手をつき、くるりとバック転をしてのけた。

(っ!)

 そのあまりに綺麗なバック転に、愛理は驚きを隠せない。まるで、体操選手のような身のこなしだった。

 着地も綺麗にまとめた少女は、それこそ体操選手のように、決めのポーズまでやりとおす。

 それを見ていた、商店街の人々からは、拍手が送られた。

「嬢ちゃんスゲーな!」

「かっこよかったぞー!」

 そんな歓声を送られ、恥ずかしそうにお辞儀をして、周囲に応える少女。

 愛理は、少女の無事にホッとしつつも、歓声を送らないで冷ややかに少女を見る目があることが気になっていた。

「あぁ! ビラが!」

 突如、少女は、投げ出したビラのことを思い出して、ワタワタと拾い集めだした。

(…………)

 愛理は自分の傍にあるビラを集めた。そのときに、内容も確認した。

『厄介ごと、解決します!』

 ビラにはそんなキャッチフレーズがでかでかと書かれていた。法律に反しない限り、成功報酬のみいただき、手数料など一切なしの低価格料金、など、昼休みに聞いたようなことも、そのビラには書かれていた。そして、愛理は、そのビラのある一点に、愛理の感じた不自然さを引き起こした原因を見つけた。

『スタッフ募集中』

 そう書かれている、求人の知らせの下には、募集資格として、

『天恵受者、大歓迎!現スタッフにも在籍しております!』

 という文字が躍っておいた。

 天恵受者に対する求人は、むしろ褒められたことである。彼らは、その力ゆえに、差別を受けており、就職などでも、天恵受者というだけで弾かれるケースも少なくない。

 これを問題視している人権団体などは、企業等にこのような差別をなくすことを訴えているのだが、なかなか差別は消えない。

 そんな世の中、このように、天恵受者を雇うことを明記している求人は珍しい。しかし、天恵を持たない人たちにとって、このような表記がある会社は、いわば化け物を飼っているようなイメージで見られてしまうことがある。それほどまでに、天恵を持つ人と持たない人との溝は大きい。十年前に、《天恵教団事件》と呼ばれる大事件が起こったことも、溝を深める一因となっている。

「あ! ありがとうございます!」

 愛理に少女が近づいてきた。

 愛理は集めたビラを少女に渡す。

(この娘も天恵受者じゃないか、って思われたのか)

 何故、ビラをもらった人々の反応が急変したのか、納得した愛理だったが、納得しきれない部分があった。

 何も悪いことをしていない少女を、犯罪者を見るような目で睨んでいた人もいる、ということが愛理はどうしても納得できなかった。

 愛理は、聖人君子ではないし、世界中の人々が聖人君子であることも望んでいない。何か被害を受けたなら、加害者を憎んで当然だろう、と思っている。

 だが、加害者と同じ部分があるからといって、共通した特徴を持つ人全員を恨んだり、差別するのは絶対におかしい。

 と、愛理が思考しているとき、愛理の視界の端に、こちらに何かを向け、身構える人物を捉えた。

 よく見ると、銃のようなものを少女に向けていた。

「っ!」

「えっ? ひゃあっ!」

 咄嗟に、愛理は少女の腕を掴み、自分の方へと引き込んだ。

パンッ!

瞬間、そんな音が聞こえた。

そして、何か小さなものが、先程まで少女がいた付近の地面に当たって跳ねる。

小さくて見えづらかったが、本物の弾丸ではなさそうだ。おそらく、BB弾だろうと、愛理は考えた。

エアガンを構えていたであろう人物の方を見ると、すでに姿は消えていた。

商店街の店主たちも騒ぎを聞きつけてやってきたが、どうしようもなかった。

 いくら、天恵受者の疑いがあるからといって、やりすぎだ。

 やり場のない怒りが、愛理に舌打ちをさせた。

「あ、あのぉ……」

「っ! あ、あぁ、ごめん」

 愛理は自分の方へ引き寄せた少女が、困ったような声をあげたので、いまだ掴んでいた腕を放して、少女に謝った。

「い、いえ、こちらこそありがとうございます! 助けていただいて」

 少女は、本当に嬉しそうにお礼をいう。続けて、

「何かお礼をしたいのですが……」

 と、少女が言い出したので、

「いや、いいよ。大したことはしてないし」

 と言って、愛理は立ち去ろうとした。

 しかし、今度は少女が、愛理の腕を掴んで、

「あの、せめてお名前だけでもお願いします!」

 と、強く懇願してきた。

 何かのドラマや漫画の台詞みたいだなぁ、と思いつつ、少女の瞳に強情さを感じ取った愛理は名乗ることにした。

「藤堂、藤堂愛理よ」

「藤堂さん……分かりました」

 少女は、掴んでいた腕を放すと、ビラを愛理に差し出した。

「私は、神城千風っていいます。何か、困ったことがあれば、連絡してください! いつでもどんなことでも無料であなたのお力になります!」

 そう力強く宣言して、千風は時計を確認する。

「すみません、本当に申し訳ないんですが、少し急ぎの用事があるんです。このお礼は、必ずさせていただくので、用がなくても連絡してください! 本当にありがとうございます!」

「う、うん……分かったわ」

 千風の必死さに圧倒されつつ、愛理はそう答えた。

 千風は、何度も何度もお礼を言いながら、雑居ビル群の方へ消えていった。

 愛理も、再び買い物に戻ろうとしたとき、あることに気付いた。

 もらったビラを確認してみる。

 そこには、《神城トラブルバスターズ》という団体名が記されていた。

(神城って、まさか、あの千風って娘のこと?)

 そんなことを疑問に思ったが、まさか、と愛理は打ち消すことにした。

 そして、ビラを鞄に入れると、今度こそ買い物の続きに戻った。


 思えば、このときが、日常の変化の転換点だったのかもしれない。


 買い物を終えて、マンションへと戻った愛理は、管理人に一声かける。

「ただいま、管理人さん」

「おや、お帰り。今日は、部活はなかったのかい?」

 小窓から管理人のおばさんが、聞いてきた。

 愛理は、エレベーターのボタンを押して、答える。

「えぇ、今日はお休みです」

 そして、エレベーターがやってきたので、乗り込む。

「では、また明日」

 と、挨拶して愛理は自身の部屋の階のボタンを押す。

 管理人も軽く手を振って答えた。


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