二十七章 少女たち
「今日は比較的、暖かいね。コートが要らないくらい」
「そう? 私は寒いわ」
「本当に寒がりなんだね、メグって」
「駅前の美味しいケーキ屋って、さくら屋ってとこ?」
「そうだよ。メグは食べたことあるの?」
「ううん、食べたことはないわ。噂好きの知り合いがいて、そいつから美味しいって聞いたことがあるだけ」
愛理と千風は駅前に向かって、そんなことを話しながら歩く。
「でも、おにいちゃんも珍しいこと言うなぁ。甘いものが好きなわけでもないのに、いきなり、ケーキ買ってこい、なんて」
拓真の言動に疑問を感じている千風。
「急に、食べたくなったんじゃない? あるでしょ? 何故だか分からないけど、無性にカレーが食べたくなるとか」
「まぁ、あるけど……あぁ、カレーって聞いただけで、無性にカレーが食べたくなってきちゃった」
「そう、それに似たようなことが、お兄さんにも起こったのよ」
そんなことを言って、千風の疑問を、いつの間にか雲散霧消させる愛理。
二人の目の前の信号が赤になる。二人は、そこで止まって、信号が変わるのを待つ。
「そういえば、さっきの話に出てきた、噂好きの知り合いってどんな人なの? お友達?」
千風が話を変えてきた。
「……友達、なのかなぁ~……」
愛理は、真剣に悩みこむ。アレを友達と呼んでいいのか? 十七年、生きてきた中でも最大の疑問に対して、愛理は考える。
が、
「うっしろからしっつれぇいっ!」
愛理は、背中から奇妙な声と、背中にのしかかる何かによって、考えに集中することができなくなった。
突然の出来事に驚いている千風をよそに、愛理は自分の身に何が起きたか、理解していた。自身の肩にかかっている手をつねりあげる。
「あいだだだだだだっ! ギブ! メグチン、ギブッ! マジ痛いぃぃぃぃっ!」
愛理の背中にしがみついてきた何かは、悲鳴をあげて離れた。
愛理は後ろを振り向いて言う。
「いきなり何すんのよ! 危ないでしょ! 瀬尾!」
「うぅ、だってぇ……」
そこにいたのは、先程の話に出ていた噂好きの人物、瀬尾小春だった。よっぽど痛かったのか、涙目で手の甲に息を吹きかけている。
「ごめんな~、藤堂。止めたんだけど、聞かなくて」
そう言いながら、男が走ってきた。
「――珍しいツーショットね、青井原」
男は、瀬尾小春に恋する、理解不能な男、青井原実親だった。
「デートかしら?」
「いや、まぁ、ケーキバイキングの割引券が余ってたから、瀬尾を誘ってみたんだよ」
愛理の質問に、照れながら答える青井原。
「そぉぉんなことは、どぉぉでもいいんだよっ!」
そこに、激怒した様子の小春が割り込んでくる。
「メグチン! 何で、こんなとこにいるの! 一人ならともかく、男と一緒に!」
小春は、ビシッ、と千風を指差し、そう叫ぶ。
千風は男物のスーツ姿なので、後ろからだと男性に見えなくもない。
「もしかしてデートか!? デートなのか!? アタシもやったことのないことを、メグチンは先に経験しようとしているのかぁぁ!」
さり気に、今あんたとはデートなどしていない、と宣告された青井原。ショックで、地面になにやら文字を書き始めている。
「くっそぉぉぉぉぉっ! メグチンはアタシのものだっ! お前みたいななよっちい男には、メグチンは渡さないぞ……?」
そこまで叫んで、ようやく正面から千風の顔を見た小春は、一瞬の硬直の後、
「……?」
何かおかしいことに気付いたようだ。
それを確かめるためにか、小春は千風の方に手を伸ばしたかと思うと、
もみもみもみもみ……
「きゃあっ!?」
いきなり千風の胸を揉みだした。
「っ!」
そして、その感触からなにやら確信したような顔をして、
「女だっ!」
と、大真面目に叫びだした。そして、さらに激しく千風の胸を揉み始める。
「ちょっ! んあっ! だ、だめです! や、やめっ、あんっ!」
「女だ! 紛れもなく、女だ! しかも、この揉み心地っ! お前! 柔軟剤を使っていぶぅはぁっ!」
ガツンッ!
愛理の凄まじい拳骨で大人しくなる小春。
「公衆の面前で豪快なセクハラしてんじゃないわよ」
愛理は一喝するが、小春からの返事はない。まるで、ただの屍のようだ。
息を荒くして座り込んでしまった千風だったが、何とか愛理に問う。
「あ、あの、メグ? その人は……?」
愛理は、深い、深いため息をつきながらも答えてやる。
「これが、さっき言ってた噂好きの『知り合い』よ」
わざわざ『知り合い』の部分を強調する愛理。
いつの間にか、信号は変わっていた。
ちなみに、青井原はというと、
目の前で行われた激しいセクハラによるダメージで、鼻から大量出血を起こし、倒れてしまっていた。
復活した二人とともに、近くの公園に入って、そこで話をすることにした。
「なんだ、女の子だったのかぁ~。ごめんね、勘違いしちゃって」
「謝るのはそこだけじゃないでしょ」
小春は、千風を男と間違えたことは謝ったが、セクハラについては謝らなかった。愛理はそれを注意する。
「いいじゃんか、胸ぐらい~。減るもんじゃないし、むしろ増えたはずさ」
全く反省の色がない小春。
「千風。殴っていいわよ」
「い、いえ。いいですよ、別に。気にしてませんし」
「ほら見ろ。ちーちゃんは優しいなぁ~。メグチンとは大違いだ」
いつの間にか千風に愛称を付けている小春。
「ていうか、あなたたち、自己紹介とかしてないじゃない」
「あ、そうだった」
勝手に愛称を付けた小春は今更ながらに気付く。
「アタシは瀬尾小春。メグチンとは同じ学校の同級生さ!」
小春は自分を指差し、自己紹介を始める。
「んで、アレは青くん。以下同文。以上さ!」
「ちょっと! 俺にも喋らせてよ!」
なんとか復活できた青井原は、自身の紹介の投げやり具合に異論を唱える。
「んじゃ、自己紹介時間として三秒あげるよ。はい、スタート」
「え!? えっと――」
小春のいきなりの宣言に困惑する青井原。
「っ! 青井原実親です!――以下同文!」
「はい、ジャスト三秒でした~」
結局、フルネーム以外はほとんど喋れていない青井原は、また落ち込んでしまう。
「じゃあ次の人! どうぞ!」
小春がノリノリで千風に振る。
「えぇ!? わ、私も三秒ですか?」
「いや、付き合わないでいいから。こいつのおふざけには」
青井原と同じように困惑する千風に、愛理が助け舟を出す。
「ぶーぶー、ノリが悪いぞぉ、メグチーン」
「自己紹介の時くらい、本人のペースでやらせなさい」
「その台詞、何故俺の時には言わなかった……」
恨めしそうに言ってきた青井原を
「あんたはいいのよ。男なんだから」
と、よく分からない理屈で一蹴する。
「ほら、千風。自分のペースで喋っていいわよ」
さらに深く落ち込んだ青井原は無視して、愛理は千風を促す。
千風は若干、青井原のことを気にしつつも、自己紹介を始める。
「え、えっと、神城千風といいます。よろしくお願いします、瀬尾さん、青井原さん」
そう言って、二人にお辞儀をする千風。
「やっだな~、ちーちゃん。さん付けなんていいよ。っていうか、むしろ名前で呼んで。メグチンや青くんはいつまで経っても名字でしか呼んでくれないんだよ~」
小春は自分の呼ばれ方に対する希望と不満を千風に訴える。
「だって、あなたのことを名前で呼んだら、まるで友達みたいじゃない」
「友達じゃないってか! ほら、聞いた!? メグチンはあんな奴だから、せめてちーちゃんだけでもアタシを名前で呼んでおくれ!」
小春に泣きつかれる千風は、困ったように笑いながら、答える。
「わ、わかりました。では、小春。よろしくお願いします」
「みーとぅー♪」
小春は上機嫌に千風と握手する。
「あぁ、俺のことは好きに呼んでくれていいよ、神城さん」
青井原が、今度は千風に話しかける。どうやら落ち込むことも飽きたらしい。
「で、では、青井原さん。よろしくお願いします」
「よろしく~」
同じように握手を交わす。
そのとき、小春は何かに気付いたようだ。
「んん~? カミシロってことは……もしかして、最近、商店街の先の雑居ビルにできた《神城トラブルバスターズ》となんか関係あったりする?」
「アレか? 探偵だか何でも屋みたいな……天恵受者を雇ってるとか聞いたなぁ~」
どうやら青井原も聞いたことがあるようだ。
「は、はい。兄がそこの所長をやっています。私も社員です」
千風が、事実を正直に伝える。
青井原が驚きの声をあげる。
「ってことは、神城さんって天恵受者?」
「……はい。そうです」
千風は、自分を偽ることはしない。天恵受者が、天恵受者だと普通に言うことが出来る世界を千風は望んでいる。そのためにも、自分が天恵受者であることを隠したりしない。千風の決意を分かっている愛理は、黙って小春と青井原の反応を見守る。
「へぇ~。大変だなぁ~……俺らと同い年で仕事してんだ」
「仕事してるってことは、学校は?」
二人の反応は、千風にとっては驚くべきことだった。
「え、えっと、中学までしか行ってなくて……その後は、すぐに仕事を――」
「マジ!? ちーちゃんは中学卒業したら、すぐ働いてたの!?」
「俺には、まず想像すらできねぇよ」
今まで、自分が天恵受者であることを知らせた後、自然と会話が続くことなどなかった。
「あ、あの……」
「ん?」
「どしたの? ちーちゃん?」
思わず、千風は尋ねていた。
「気にならないんですか? 私が、その……天恵受者ってこと……」
聞かれた小春と青井原は、お互いに顔を見合わせる。
やがて、小春が答えた。
「気にはなるよ、そりゃあ。何せ、初めて会ったしね、生の天恵受者に」
青井原も答える。
「俺もそうだな。天恵受者に会ったのは初めてだから、気になるっちゃ気になる」
「でも……」
小春が続ける。
「怖くはないよ。そこは勘違いしないでね」
「っ!」
天恵受者を拒む理由の一つに、自分たちが持たないものを持っている、という恐怖、が挙げられる。未知なるものへの恐怖が、天恵受者を遠ざける要因となっているのだ。
しかし、今、その大きな要因を感じないと、小春は宣言した。
このことは、千風にとって、大きな衝撃を与えた。
「怖いのは犯罪を起こすような人たちだけよ。大体、犯罪者なら天恵を持ってようが、持ってなかろうが、怖いもんだし」
小春の言葉に頷いて、同意見であることを示す青井原。
千風は、二人に、今まで感じたことのないほどの強烈な衝撃を与えられ、そして、その衝撃を受けたことを嬉しく思った。
(こんな人たちがいるんだ)
そのことを知っただけで、これからも頑張っていける。千風は、そう感じた。
「ありがとうございます。お二人とも……」
思わず、感謝の言葉が口から出た。
「えっ? 何が?」
小春は真剣に聞き返す。青井原も疑問を顔に出している。本人たちは、自分たちが、当たり前だ、と思っていることを述べただけなので、千風の礼の意味が分かっていない。
ここまで、何も口を出さずに見守っていた愛理は、こうなるであろうことが分かっていた。
小春は、天恵受者への差別意識を全く持っていないということを、前回の会話で知っていた。青井原に関しては、小春に惚れるような人間である。天恵受者であることくらいを気にするような、小さい男ならば、小春に惚れることなど出来まい、と思っていた。
まさに、愛理の思っていた通り、彼女らは天恵受者が友達になるとしても、全く拒まない人間だった。
「そうそう、聞きたいことがあるんだけど」
いつの間にか、小春が千風に質問していた。
「は、はい。なんですか?」
「何があって、メグチンとちーちゃんは知り合ったの? すごく仲良さげだけど」
「え、えっと……」
千風は愛理を見る。
話してもいいものか?とその目は語っていた。
「私が話すわ」
愛理はそう言って、千風の代わりに答えようとする。
しかし、小春の質問に答える前に、愛理は、まず、あることを二人に告げようと考えた。
「その前に、瀬尾と青井原には、言っておくことがあるから、先にそれを言うわね」
「ん? なんだい? メグチン?」
「何だ?」
小春と青井原は、愛理の話を聞こうと近寄る。
愛理は、この二人には言っておこうと決めていた。
「私……」
言っても、問題ないことは分かりきっていたから。
自分の変化について話そう、と決めていた。
「天恵受者になったの」
藤堂愛理の日常は変化することになった。
それは、天恵受者になったからだ。
だが、それでも、変わらないものは確かにあった。
少女たちは、その、変わらない大切なものを守りながら、
変えなくてはならない世界を生きていくのだ。




