二十六章 新たな出発
「ただいま~! 焼肉弁当買ってきたよ~……って、あれ?」
そんなことを言いながら、スーツ姿の神城千風が入ってきた。そして、愛理の顔を見るなり、
「メグ! 来てたんだ!」
と、愛理に飛びついてきた。
あの夜の友達宣言以降、千風は愛理のことを『メグ』と呼ぶようになり、愛理への言葉遣いが親しい者に対するものへと変化した。ちなみに、呼び方については、千風の提案である。
「千風……あなた、ホントに犬みたいね」
懐かれている愛理は、心の底からそう思う。
「今日は何かあったんですか?」
愛理の言葉は聞こえてないのか、千風は自身の犬扱いをスルーして質問する。
少し呆れながらも、愛理は答える。
「この前のお礼を言いにきたのよ。あと――」
ここのバイトをやらせてもらうことになった、と愛理が口にする前に、
「おい千風! 早く弁当渡せ!」
と、拓真に遮られる。
「あ、は~い」
千風が拓真に弁当を渡しにいって、再び、愛理のもとに帰ってくるときに、拓真は、愛理に『黙っていろ』と、口に人差し指を当てて、ジェスチャーで伝える。
意外とノリのいい愛理は、その“所長命令”に従う。
「お礼なんていいのに……私のほうがお礼したいくらいなのに」
千風は、そんなことを言って、愛理を申し訳なさそうに見る。
「ううん、やっぱりお礼を言うのは私よ」
「でも――」
不毛な遠慮のし合いになりそうな雰囲気を、
ぐぅぅぅぅ~
と、千風の腹の音が消し去った。
「はうあっ!」
「……大きかったわねぇ、今の…」
笑いを堪えながら、愛理は言う。
千風は羞恥で真っ赤になっている。
「とっとと食えよ。お前も……」
呆れた顔で拓真が言う。彼は、もう弁当を食べ始めていた。
「う、うん……じゃあ、失礼して」
千風は、愛理の向かいのソファーに座って、弁当を取り出そうとする。
「メ、メグはもう食べてきたの?」
喋らないと羞恥でたまらないのか、千風は愛理に話しかける。
「うん。早めに済ませてきたわ」
千風は、唐揚げ弁当を取り出し、自分の前において、
「いただきます」
手を合わせて言う。
「あぁ、そうだ、千風」
突然、拓真から声がかかる。
「何ですか?」
「それ、食べ終わったら、ケーキ買ってこい。駅前にうまいとこ、あるだろ? あそこでな」
拓真の突然過ぎるお使いの命令に、
「な、何で? デザートでも欲しくなったの?」
少し、困惑しながら、千風は言う。
「そんなとこだ。所員全員分、俺がおごってやるから、ホールで買ってこいよ」
そう言って、拓真は一万円を取り出し、自身のデスクに置く。
「おごり? 何か良いことでもあったの? おにいちゃ……じゃなくて所長?」
よほど珍しいことなのか、拓真に質問する千風。
「まぁな。後で教えてやるよ。あぁ、そうだ。藤堂さん、時間があったら、そいつのケーキ選びを手伝ってやってください。そいつ、ケーキ選びのセンスがないんで」
「ケ、ケーキ選びのセンスって何ですかぁ!?」
千風のツッコミは無視して、話を愛理に振る拓真。
「え、えぇ。時間はありますけど」
そもそも、これからは何も予定がない。愛理には、断る理由がなかった。
その愛理の言葉を聞いた拓真は、デスクに置いた一万円を持って、愛理に近づく。
「では、これはあなたに渡しておきます」
そう言って、一万円を愛理に渡す。
「えっ!? そ、そんな、私に預けなくても千風に預ければ――」
愛理が慌ててそう言うと、拓真は、愛理にだけ聞こえるように小声で、
「あなたの好きなケーキを買ってきてください。新入所員歓迎用のケーキですから」
と、言った。
愛理は拓真の意図を理解して、拓真に感謝するとともに、そこまで妹をびっくりさせたいのか、と拓真の悪戯好きな一面に、少し呆れる。
しかし、愛理自身もノリノリなので、
「分かりました、お預かりいたします」
と言って、金を受け取る。
そのとき、
「あっ」
と、千風は何かに気付いたような声を上げる。
気付かれたか!? と、愛理と拓真は考えたが、
「じゃあ、メグとお出かけってことになるね」
気付いたのは、そういうことであった。愛理と拓真は、ホッと胸を撫で下ろす。
なんだか嬉しそうな顔をする千風は、
「お弁当、急いで食べちゃうね!」
と、愛理に声をかける。
「いいわよ。ゆっくり食べなさい。あなた、急いだら、喉に詰めそうで……」
「そ、そんなに子供じゃありません!」
愛理の言葉に、反論する千風。拓真は、仲の良い二人を見ながら、微笑む。
そして、ふと思った。
この二人なら、やってくれる。世界を、天恵受者に対する人々の考え方を、変えてくれる。
根拠は無いが、何故かそう感じたのだ。
(俺も、頑張らないと、な)
諦めかけていた理想を、もう一度抱いた拓真は、自身をそう鼓舞した。




