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二十五章 とある決断

 あの事件から、二日たった日曜日の昼下がり。

《神城トラブルバスターズ》事務所の所長である神城拓真は、事務所の給湯室で、コーヒーを淹れようとしていた。

 千風以外の所員は、仕事で出払っており、その千風も現在、コンビニに拓真と自分の昼食を買いに出かけていた。今、事務所に残っているのは、彼一人である。

 すると、事務所の入り口をノックする音が聞こえた。

「はい、ちょっとお待ちください!」

 拓真は、一旦、火を止めて入り口に向かう。

「いらっしゃいませ」

 と、ドアを開けて出迎える。

 そこにいた訪問者は、藤堂愛理だった。

「おや、今日はどうされたんですか?」

 拓真は、愛理を事務所内に招き入れつつ、質問する。

「一昨日のことのお礼を言いに」

 愛理は、事務所内に入ると、すぐに拓真にお辞儀をして、礼を言う。

「ありがとうございました。おかげで、悩みは解消されました」

「……っ!」

 お礼を言われた拓真は、驚いたような表情で、立ち尽くしている。

 それに気付かず愛理は、続けて話す。

「本来なら、昨日のうちにお礼を伝えようかと思ったんですが、警察の事情聴取などで時間が取れなくて……? ど、どうしましたか?」

 ようやく、拓真が驚きの表情のまま、自分を見つめていることに気付いた愛理。

 拓真は、愛理の言葉でようやく反応を取り戻し、

「い、いえ。――今までに、わざわざ事務所までお礼に来たお客はいなかったもんで、驚いてしまいまして……」

 と、自ら驚いた理由を説明した。

「立ち話もなんですから、どうぞお掛けください」

 拓真はソファーに座るよう、愛理に勧める。愛理は、お辞儀をして、言われたとおり、ソファーに座る。

「今、コーヒー淹れますんで」

「いえ、お構いなく……」

 愛理は遠慮したが、

「いえ、どうせ私は飲みますし、遠慮せず、どうぞ」

 と、拓真に言われたので、お言葉に甘えることにした。

 湯を再度、沸かすために、給湯室に入り、コンロに火をつける。そして、カップをもう一組用意して、愛理のところへ戻る。

「湯が沸くまで、少々お待ちを」

 愛理は、頷いた後、あることを尋ねた。

「千風はどうしたんですか?」

 事務所にいない、拓真の妹であり、自身の友達である千風ついて、尋ねる。

「あいつは今、買出しです。私と自分の昼食を買いに、コンビニに」

「自炊はしないんですか?」

 愛理の何気ない質問に、

「私は、そもそもやる気がありません。愚妹は、やる気はあるものの、作る料理は独創的を通り越して、殺人的です」

 拓真は、大真面目にそう答えた。

「そ、そうですか……」

 渇いた笑いしか返せない愛理。

 給湯室から、ピィ~!と、湯が沸いたことを知らせる音がする。

 拓真は、再び給湯室に戻り、湯を使って、インスタントコーヒーを淹れる。

 愛理の分まで淹れて運ぶ。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 愛理は礼を言って、カップを受け取る。

「砂糖やミルクは?」

 と、問いかける拓真。

「いえ。結構です」

 ブラックのまま、一口、愛理は飲む。

 その愛理を拓真は見つめながら、

「あなたは、不思議な人だ」

 と、呟いた。

「そうですか?」

 愛理はカップを置いて、聞き返す。

 今度は拓真が一口すすった後、答える。

「うちの所員は、私以外の全員が天恵受者ですからね。普通の依頼者は、困っているときは、藁をもすがる、といった感じで助けを求めてきますが、いざ解決すると、今度は天恵受者などとは関わりあいたくない、といった感じで、お礼を直接言いに来ることなんてしないんですよ。だから、依頼が完了したことは書面で確認するだけになっています」

 愛理も警察の事情聴取の後に、千風から依頼完了確認のための書類を渡され、それにサインをして返した。

「書面を提出したら、もう関わりは無し。依頼者たちは、また何か面倒ごとが起きない限りは、うちに顔を出すことなんて今までなかったんです」

 拓真は、もう一口、コーヒーをすすって、続ける。

「まして、あなたは自分までもが天恵受者になってしまった身だ。自分のこれからのことを考えるだけでも大変でしょうに……」

 拓真は愛理のことを心配している。

 彼は、千風が天恵受者になったときのことを思い出している。千風は、一時期、実の兄すらも信じられない、という酷い人間不信に陥った。それは、結局、幼い千風が勝手に描いてしまった妄想であることを 拓真の努力と触れ合いによって、千風自らが理解して回復した。

 しかし、愛理には今、支えてくれる人間が近くにいない。

 拓真はそのことを心配していた。

「――確かに、これからどうしていこうか、ということには悩みました……」

愛理はなにやら自身の鞄を探っている。

「でも、もう決めたことがあります」

そして、何かを取り出すと、それを拓真に渡した。

 拓真はそれを受け取る。

「これは……履歴書?」

 拓真に渡されたそれは、紛れもなく履歴書と呼ばれるものだった。

「年齢制限も書かれていなかったんで、高校生のアルバイトも可能だと判断したんですが……」

「これは、つまり……?」

 拓真が驚きの表情を浮かべながら、愛理に尋ねる。

「ここで働かせていただけませんか? 冬の間だけでも、バイトとして……」

 愛理は、はっきりと口にする。自分が決めた、これからのことについて。

「志望理由の欄にも書いてありますが、私は今まで、考えが甘かったんです。天恵受者と天恵を持たない人は、同じ人間だ、共生できるんだ、と言っておきながら、その実、何もしてなかったんです。自分から、天恵受者の人に歩み寄ることもなく、私は普通の人間だから、私は天恵を持ってないから、って、天恵受者を自分と同じとは見ていなかったんです」

 うつむきそうになりながらも、愛理はしっかりと拓真の目を見ながら、話す。

「自分が天恵受者になってから、そんなことが分かりました。自分が天恵受者でないときには何もせず、天恵受者になってからは差別をなくしていきたいなんて、都合が良すぎると自分でも思います。それでも、それでも……!」

 愛理は、決意の言葉を口にする。

「都合が良すぎる、と言って何もしないよりは、自分のためであっても、誰かを助けられるようなことをやっていきたいと思ったんです。頑張るあの娘の姿を見て……!」

 愛理の語りに圧倒されてか、思わず聞き入ってしまっていた拓真に、愛理は、今度は不安げに尋ねる。

「――やっぱり、自分勝手ですよね?」

 その言葉に、拓真は少し考え、

「……実を言うと、私は諦めかけていたんですよ」

 自分の話をすることにした。

「? 何をですか?」

「私たちの仕事を天恵受者の差別をなくすための足がかりにしようってことを、です」

 愛理の質問に対する拓真の答えは、予想外なものだった。

「さっきも言ったとおり、誰かのために動いても、誰かを助けても、相手はお礼にすら訪れない。私の、私たちのやっていることは、無駄なんじゃないか、って思い始めていたんですよ」

 拓真は、愛理から目を逸らしながら語る。

「依頼主の中には、天恵受者の方もいたんですが、やはりお礼などには参りませんでした。私たちのやっていることは、天恵受者からしても、普通の人間に媚びを売っている、と思われているようです」

拓真が、悲しそうな表情を見せる。

愛理は拓真の言葉を否定したかったが、今度は愛理が拓真の語りに圧倒されてしまっている。

「誰からも理解を得られないこんな仕事になんて意味はない! もはや、私の目標は、達成できないものだと、今の今まで、考えていました」

 しかし、拓真は、目線を愛理の方に戻し、愛理の目を、今度はしっかりと見つめて言う。

「ただ、今回、あなたがお礼にきてくれたことで、希望が湧いてきました。あなたの行動が、考えが、私を救ってくれました。本当に感謝しています!」

 突然、お辞儀までする拓真に、目を丸くする愛理。

 慌てて立ち上がり、愛理は拓真に言う。

「ちょ、ちょっと、神城さん! 大げさですよ」

「大げさでも何でもありません」

 身を起こして、拓真は言う。

「あなたのおかげで、私は本当に救われた。あなたが、自分自身のためにここを訪れたことが、私の悩みを解消してくれた。自分の為になり、誰かの為にもなる。あなたの行動は、自分と他人を救うので、他人の為だけにする行動より、確実に一人多く救えるものなんですよ」

 そこまで言われて、愛理は気付く。

 拓真は、愛理のことをフォローしてくれているのだ、ということに。

 彼の言っていた話は、もしかしたら嘘なのかもしれない。本当は、愛理の行動がなくても、目標に向かって突き進んでいたかもしれない。

 しかし、愛理は、拓真の気遣いに深い感動を覚えた。

 思わず、お礼の言葉が出てくる。

「ありがとうございます。神城さん」

 その言葉に拓真は、ある訂正を要求する。

「あぁ、これからは、『所長』と呼んでくれますか。藤堂さん」

「!」

 その言葉の意味するところを理解した愛理は、満面の微笑みで、先程と同じ言葉を繰り返す。

「ありがとうございますっ!」

 拓真は、コーヒーカップを持って自分のデスクに移動し、履歴書をデスクの引き出しに入れる。

ちょうどそのとき、事務所のドアが開かれた。


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