二十二章 激闘
《雷撃》を避けられた高峰は、逃げた二人を追うことを焦らない。
(あいつらは、散々俺を舐めてかかった)
彼は、千風が分析したとおり、熱くなりやすく、調子に乗りやすいタイプではあった。付け加えるならば、執念深く、悪趣味でプライドが高いサディストでもあった。
(追い詰めて、追い込んで、執拗に恐怖を感じさせて、殺してやる)
自分を散々馬鹿にしてきた奴らが相手である。彼は、そんな奴らには何より恐怖を与えることを優先する。
(泣き喚くまでいたぶって、命乞いをするまで殺さない…俺の気が晴れるまで、嬲って、嬲って、嬲りつくしてやる……)
彼にとって、今から行われるのは、ストレス解消のための『狩り』だ。逃げても追いつき、抵抗しても踏みにじり、心も折れたところで殺す。彼にはこれが、自身の一番の『趣味』といえるものだった。
(そう、これは『狩り』。俺が考えることは相手とどうやって戦うか、じゃない。相手をいかにして殺すか、だ)
いたぶり方や殺し方を考えるだけで、興奮で意識が飛んでしまいそうになる。
それを堪えて、高峰は教会の外に出る。
しかし、妄想は止められない。
(スーツの娘の天恵……あれは良いものだ。何せ、死ぬ一歩手前で、痛めつけるのをやめたら、永遠に遊べるってことに……)
下卑た笑いが抑えられなくなる。
(スーツのほうは捉えて俺専用の玩具にしよう。逃亡生活中は自重してたからな。早く、遊びてぇ)
教会の外を見やる高峰。
今の彼は、人間を狩る一流の猟師だ。この状態の彼は、普段より感覚が研ぎ澄まされる。その鋭敏な感覚と、猟師としての勘が告げている。
獲物は、近くに潜んでいるぞ、と。
(逃げずに潜んでいる……?)
その意味を考え、高峰は思わず、噴き出してしまいそうになる。
(まさか、俺に挑むつもりかよ。獲物のくせに)
それはそれで楽しいと、高峰は考える。
相手が何かを仕掛けてくるなら、それを全て破ってみせる。
そうすることで、自分との実力差をはっきりさせ、骨の髄まで染み渡らせる。
そのときに見せる、諦めの表情。それは、とても甘美な刺激を自分にもたらすであろう。
高峰は、その場から動かず、奇襲を待つ。
(どこからでもかかってこい。どうせ、俺の《雷霆》に死角はない)
自身の天恵に絶対の自信を持つ高峰は、自分の勝利を確信している。
《雷霆》を絶え間なく、体から放出している状態の高峰は、近接攻撃ではダメージをほとんど受けない。攻撃を受ける前に、《雷霆》の稲妻に弾き飛ばされるか、感電死してしまうからだ。現に、先程から千風は、《雷霆》を纏った高峰に一発も攻撃を当てることが出来なかった。
遠距離攻撃も、物理的なものなら、たいてい《雷霆》の稲妻に止められてしまう。ゴムなど、絶縁体のものならば、《雷霆》を突き抜けることも可能だろうが、愛理たちがそんな特殊な武器を持っているとは思えない。遠距離攻撃が可能な天恵でも、同じことが言える。もし、遠距離攻撃が可能ならば、もう使っているだろう。
この勝負は、高峰自身の中では、もはや勝敗の決した勝負なのだった。
「隠れても無駄ですよ! いるのは分かっているんです!」
一声かけるが、別段動きはなく、時間だけが経過する。
(攻撃が来ないな)
その場から動かない高峰への奇襲はないようだ。
高峰は、獲物が姿を見せるように、前へ歩き出す。
(どこかに何か仕掛けたか? それとも、奇襲する場所でも打ち合わせたか?)
いずれにせよ、高峰には真っ向からその策をぶち破る自信がある。
なので、獲物が仕掛けたかもしれない道を、わざわざ通る。
しかし、その予想に反して、
奇襲も罠も仕掛けず、
千風は、高峰の目の前に姿を見せた。
「やあ、スーツの娘さん。君も、本当に我々の仲間になる気はないんだね?」
念のために、高峰はもう一度、勧誘しておく。
しかし、
「あるわけありませんし、命乞いもしません。あなたをコテンパンにするだけです」
千風は、またも完全な拒否を表す。
「――そうですか。君は連れのお嬢さんよりは賢いと思ったのですが……」
高峰は残念そうな顔を見せた後、すぐさまとても嬉しそうだが、下卑た笑いを見せ、
「では、殺すしかないなぁぁぁぁっ!」
即座に、手のひらから《雷撃》を放出する。
「くっ!」
千風は、何とかギリギリで避ける。しかし、先程と同じく、一定距離から高峰は動かず、《雷撃》を連射してくる。
「もっとしっかり踊れや、ひゃっはぁ!」
下卑た笑いが高峰から発せられる。慇懃な態度を示していた外面を完全に忘れ、本性がそのまま、剥き出しになっている。
「っ! はっ!」
何とか連射もかわし続ける千風。その表情に余裕はない。しかし、彼女は、敵である高峰に声をかける。
「何故――」
「あ?」
高峰も攻撃の手を緩めず、千風の話を聞く。
千風は、《雷撃》の射程から遠く離れて、続きを話す。
「何故、十年前、あそこでテロを起こしたんですか?」
それは、千風にとって、十年前からの謎だった。
国立体育館の近くには、特に政治的に重要な拠点があったわけでもなく、《天恵教団》の集会所も近くにはなかった。各地で、暴動が起きていたのは確かだが、それには明確な理由があった。役所への攻撃や、極端な天恵受者差別をした者への報復といったものだ。
しかし、千風の遭遇した事件は、はっきりとした理由がなかった。
「理由? あぁ、理由ね……」
高峰は考える。
テロを起こした理由を、ではなく、あれだけの啖呵を切っておいていまだに姿を見せない愛理の考えを、だ。
(こいつが囮になっている間に、何か仕込んでいるのか?)
そこまで考えて、高峰は気にするのを止めた。
あの娘はどうでもいい。何をしてこようが、自分の天恵が破られるわけがない。
そんな、傲慢ともとれる自信が、彼に愛理のことを考えるのをやめさせた。
今は、目の前の娘を蹂躙することを最優先する。
「教えてやっただけだよ。天恵受者が神に選ばれたものだ、ってことを」
射程から外れた千風を追うことはせず、高峰は千風の質問に答える。
高峰は千風に絶望を叩き付けたい。そのためには、千風に、自分の全力を以ってしても高峰には及ばない、という事実を突きつける必要がある。
「俺たちはいわば神の化身だ。そんな俺たちを差別し、迫害する奴らに、俺は力を示した」
千風に怒りを感じさせて、全力を出させるために、高峰は真実のみを話す。
「……っていうのが表向きの理由だ」
「表向き?」
千風が食いついてきたことで、高峰は邪悪な笑みを浮かべつつ、続ける。
「信者相手には、こんなことを言って正当化するのさ。本当の理由はな……」
そのときのことを思い出しながら語る高峰。
「ただ、俺の力を試したかっただけだよ! 警察が来るまでに、何人狩ることができるかなぁ?って疑問に思って、ちょいとやってみただけ! あのときが今までで一番楽しいときだったぜぇ! 最高の時間だった!」
その目は当時の愉悦を思い出して、
その口は当時の快楽を思い出して、
その顔は当時の全てを思い出して、
高峰は高笑いを上げる。
「ひゃーはっはっはっはぁっ! 楽しいぜぇ! 無力な獲物を狩るときのあの感覚! 病みつきになっちまうよ! ただ、ここ最近、逃亡生活を続けていたせいで、目立つ行動ができねぇから自重してたんだけどよ。お前みたいな獲物を見つけちまったもんだから、我慢できねぇ!」
笑いながら、鋭い目つきで千風を睨む高峰。
千風は、真っ向から睨み返して、
「……下衆!」
と、吐き捨てる。
「その下衆に殺されんだよ! お前は!」
今まで以上の激しい稲妻が、高峰の体から発せられる。
千風は、高峰の挙動に注意しながら思い出す。
愛理の考えた、ある策のことを。




