二十一章 取引
「っ!」
自分も《雷撃》の餌食になってしまう。
愛理がそう思った、そのとき、
「んっ?」
何かの気配に気付いて、高峰が後ろを振り返ろうとしたが、
ドコンッ!
「ぐはっ!?」
と、顔面に強打を受け、凄い音をたてて、横に吹っ飛ぶ。木で出来た長椅子を壊して、高峰は倒れる。
《雷撃》で受けた傷を《再生》した千風が、強烈な回し蹴りを放ったのだ。
「千風っ!」
愛理は、千風の無事を喜び、声をかける。
「愛理っ!」
千風は、愛理の腕を掴むと、自分のほうに引き寄せて言う。
「逃げてください! 早くっ!」
「え? でも……」
てっきり、今の一撃で決着がついたと思っていた愛理は、次の瞬間、自分の認識が甘かったということを知る。
バチバチバチバチッ!
凄まじい音とともに、高峰は起き上がる。全身から電気が迸っているようだ。
「……」
無言で、コキコキと首の調子を整える高峰。鼻から出る血を拭い、そして、千風を睨みつけて、
「――やってくれるじゃねぇか、このクソアマァァァァッ! ぶち殺してやらぁっ!」
と、さっきまでの笑顔はどこへやら、激怒の表情を浮かべ、荒々しい態度になる。
そして、手をかざして、即座に《雷撃》を撃つ。
千風は、愛理を出口のほうに突き飛ばして、自らは逆方向に飛んで、《雷撃》を避ける。
「早く逃げて! 警察に連絡を!」
千風は、愛理に向かって叫ぶ。
「で、でも、千風が――」
「私なら、大丈夫ですから早く!」
「逃がさねぇよ!」
しかし、高峰は、愛理に向けて手をかざす。
「っ! させるかぁっ!」
千風はそれを阻止するために、高峰に飛びかかる。
無防備な後頭部を狙った一撃を繰り出す千風。
しかし、
「無駄だっ!」
と、高峰は叫び、全身から稲妻を放出する。
「がっ!」
千風の攻撃は、稲妻に阻まれ届かなかった。
「お前の攻撃はもう俺には届かねぇよ! この電撃の鎧、《雷霆》がある限りはな!」
ここぞとばかりに自身の力を誇示する高峰。
(っ! 頭に血が上りやすくて、調子に乗りやすいタイプ……)
高峰のことをそう分析した千風は、すぐさま立ち上がって、軽く肩を回して言う。
「んっ? どうやら肩こりが治ったようです、ありがとうございます」
見え見えの挑発だった。
「はっ! 強がりもそこまで言えれば立派ですが、そんな挑発に乗るほど、私も馬鹿では……」
冷静に、そんなことを言う高峰に対して、
「挑発っていうのは、策ですよ。策を使わなければ、あなたを倒せないとでも? 逃亡生活でずいぶん、脳が腐ってきたようですね。あぁ、すみません。腐っているのは、最初からでしたね」
と、さらなる挑発を行う。
「――分かった。大人しく挑発に乗ってやるから、とっとと死ねぇ!」
高峰は、千風に向かって突進してくる。その体には、先程の《雷霆》が纏われていた。
千風は、今のうちに逃げるよう、愛理にアイコンタクトを送る。
(で、でも……)
千風の意図は理解できたが、千風を囮にして逃げることが、愛理には出来なかった。
千風は、距離を取って、《雷撃》を避けながら、隙を窺っている。
しかし、高峰は、《雷撃》で攻撃しながら、常に《雷霆》を纏い、防御も完璧である。
どちらがジリ貧になるか、愛理でも分かることだった。このままでは、愛理が助けを呼びに行っている間にも、千風はやられてしまうだろう。
それでも千風は、目で何度も訴える。
早く逃げろ、と。
しかし、愛理は逃げない。
代わりに考える。二人であの男を倒す策を。
(あの《雷霆》ってのが厄介ね……)
攻防一体の役割を果たしており、千風は防戦一方になっている。
サポートしようにも戦いの素人である愛理が、加わっても足手まといにしかならないだろう。
天恵を使おうにも、愛理の天恵は、いまだ不明な要素が多い。果たして、《雷》に《破壊》が通じるとは思えない。
そんなことを考えている間にも、刻一刻と戦況は悪くなっている。
千風が、《雷撃》を避け切れていない。このままでは、直撃を受けるのも、時間の問題だ。
そんなことを愛理が考えた、そのときだった。
バチイィィッ!
「がはっ!」
ついに《雷撃》の直撃をくらってしまう千風。その反動で愛理の近くまで吹っ飛ばされてしまう。
「千風!」
愛理は千風に必死で呼びかける。
「め、めぐ、り……はやく、逃げてくだ、さい……」
千風は、即座に立ち上がったが、足元がふらついている。
「逃げられるわけないでしょ!」
「逃げ、ないと、あな、たは、殺されて、しまう……」
「だからって、千風を見殺しにしろって言うの!? 出来るわけないじゃない!」
「大丈夫、私の天恵を知っているでしょう? 死にはしませんよ……」
「それでも! 友達を放ってなんていけない!」
「っ! 友達……っ!」
会話中にも撃ち込まれる《雷撃》の連射を二人は、なんとか避ける。
「もう友達でしょ? 依頼も終了してるんだから……」
愛理は、《雷撃》を避けて、長椅子の陰に隠れながらも、同じように隠れた千風に言う。
「とも、だち……」
愛理の言葉を繰り返す千風。
すると、何故か《雷撃》の連射が止み、
「素晴らしい友情を、わざわざ見せていただきありがとうございます」
パチパチと拍手をしながら、愛理と千風の会話に高峰の忠告が割りこんでくる。
「お喋りとは、余裕ですね、お嬢さん方。まぁ、逃がすつもりはなかったんですが、追う手間が省ける分、じっとしていていただけるのはありがたいですが……」
《雷霆》による稲妻を迸らせながら、高峰が近づいてくる。
「愛理! 私の後ろに!」
攻撃を警戒した千風は、自ら盾になって、愛理の前に立つ。
しかし、警戒した攻撃はこなかった。
不思議に思いつつ、高峰の挙動を注意深く観察する千風。先程の《雷撃》のダメージからは完全に回復しているようだ。
高峰は何かを考えているようだ。千風の間合いを避け、自身の《雷撃》の攻撃範囲であろう位置で、千風を見る。
やがて、高峰が口を開いた。
「スーツの方の娘さん。あなたは、なかなか素晴らしい天恵をお持ちですね」
突然の賛辞に眉をひそめる千風。
「いきなり何を――」
千風が言い切る前に、高峰からとんでもない言葉が飛び出した。
「どうです?我々の教団に入団なさいませんか?」
「「なっ!?」」
この誘いには、千風だけでなく、愛理も驚いた。
「馬鹿なことを言いますね。もしかして、本物の馬鹿ですか?」
「私は本気で言ってますよ」
高峰は続ける。
「あなたのような回復系の天恵を持つ天恵受者は、重宝されるんですよ。やれ、不死を得られる力だ、死を退ける力だ、と言って宣伝すれば、その恩恵を浴びようと、金持ちが資金援助をしてくれる。教団としては、喉から手が出るほど欲しい天恵です。我々が、いまだ捕まっていないのも、そんな道楽金持ちの権力やら金やらを使っているからですし……」
本気だということを示すためなのか、わざわざ説明してくれる高峰。
「そういうことは、警察に捕まった後に、洗いざらい吐いてください」
千風は聞く耳を持たないといった感じで言う。
「あなたは、《天恵教団》は、私の両親の仇です。そんなところに入団するわけない!」
千風は、はっきりと拒絶した。
高峰は、大仰に残念がる。
「そうですか……それは、それは、とても残念なことです」
残念がったが、意地の悪い笑みを浮かべながら、続ける。
「あなたさえ、入団していただければ、後ろのお嬢さんの命は助けることを約束するのですが、本当に残念です」
高峰のこの言葉に、愛理と千風に明らかな動揺が起きる。
「う、嘘だ! そんなこと言って、千風が入団した途端、約束を破る気でしょ!」
愛理の言葉に、高峰は首を振って答える。
「いいえ、そんなことは致しません。そちらのスーツの娘さんが私たちの仲間になれば、あなたは我々のことを、迂闊に話せなくなる。何せ、お友達が『私たちの仲間』ですからねぇ」
「ぐっ……」
つまり、千風が教団入りした後に、愛理が警察に駆け込んで、高峰のことを暴露したら、千風も教団員として追われることになる。間接的に口封じが可能ということだ。
千風は、表情には出さないが、迷っていた。
(愛理が助かるな、口だけの入団をして、こいつを倒すことも可能……)
そのように考えていたが、
「あぁ、君がもし、約束を違えた場合は、そっちの娘に関連する人物全員を殺しますから、そのつもりで。これでも幹部でしてね、数百、数千の団員への命令権は持っていますし、十分可能ですよ」
先に釘を刺されてしまう。
「あと五秒で返事をどうぞ。はい、い~ち」
さらに勝手にカウントダウンまでする高峰。
(どうする……?)
千風は考える。高峰の言うことを信用するかどうか。
「に~い」
(どうする?)
愛理の命を最優先するべき、それは分かっている。だが、決断しきれない。
「さ~ん」
「五秒もいらない!」
愛理が突然、叫ぶ。
「め、愛理!?」
千風は、驚いて愛理を見る。
「千風が教団の仲間になんか、なるわけないでしょ!」
「ほう……」
高峰は、愉悦を浮かべた顔で聞き返す。
「ならば、君たちは死ぬことになるが、いいんだね?」
高峰の最終警告を、
「あなたが、私たちを殺すの? それは無理じゃない? だって、私たちにコテンパンにやられちゃうんだから」
と、挑発混じりに返す愛理。
「――分かった、じゃあ死ねぇぇぇっ!」
途端に怒りを面に出し、《雷撃》を浴びせてくる高峰。
「っ!」
「きゃっ!」
二人は、同時に駆け出して、教会の外へダイブして攻撃を回避する。
そして、すぐさま資材の陰に隠れる。
千風は小声で話しかける。
「愛理! なんであんなことを……!」
「だって、私を出汁に、千風を仲間にしようって態度がむかついたのよ」
愛理は、事も無げに答える。持ち前のマイペースがこんなときにでも、遺憾なく発揮されている。
「だからって! このままじゃ、最悪、共倒れですよ! どうやって、あいつをコテンパンにするんですか!?」
「それを今から考えるのよ、二人であいつを倒す策を」
千風は、愛理の真剣な目を見て、彼女の説得は不可能と判断した。
そして、愛理の言うとおり、二人で高峰を倒す策を考えることにした。
「愛理の力を借りるといっても、今のあなたの天恵は、不確定なことが多すぎますよ……触れたものを《破壊》する天恵、としか、分かってないんですから……」
「触れたものを《破壊》……」
と、愛理は言った直後、あるものの存在に気付く。
「千風……一瞬でも、あいつの《雷霆》だっけ? あれを無効化したら、勝てる?」
愛理は、千風に疑問を投げかける。
「何か策があるんですか?」
愛理は、千風に耳打ちする。今、即興で思いついた作戦を。




