目立つのは君のせい
「ねえ、あれって……」
「……きっとそうよ」
気合いを入れ直してホールへ向かう。
そんな私たちを迎え入れたのは、鋭い矢のように降り注ぐ視線だった。
社交界というものに顔を出すのは実に六年ぶり。
ルキウスと初めて顔を合わせたあの夜会以来だった。
というのも本来なら貴族の令嬢として優雅にお茶会で交流を深めていくというご令嬢の王道は、秘書官として雑務やら政策やらに追いまくられていた私には叶わなかったからである。
……たまに結婚前のルチアが気を遣って、社交の場に引っ張り出そうとしてくれたりはした。
けれど、その度に何かしらの大事件やトラブルが発生して、もれなくルキウスに引きずり戻されるのがお約束だったのだ。
……その度に、ルチアのルキウスに対する好感度が下がっていったような気がしたけれど。
そんな訳で、現在の私はというと。
同世代の華やかなご令嬢達、その親世代と思しき貴婦人、さらには人生経験の豊富そうな老練の紳士淑女に至るまで。
彼らはまるで珍しい動物でも見つけたかのように、頭のてっぺんからつま先まで、遠慮なく視線を滑らせている。
ドレスの仕立て、髪型、宝飾品、立ち居振る舞い。
そして─────隣に立つ男との関係。
視線の一つひとつが、まるで値札をつけるように私の価値を測っている気がして、居心地が悪い。物凄く。
……でも、それもそのはず。
今をときめく『傾国の美貌を持つ帝国魔術師団長』と、名前だけは都市伝説のように囁かれていた『エセルリードの特別秘書官』という異色の2人が揃い踏みしているのだから。
注目を集めるなと言う方が無理だった。
しかも────。
隣から、ひやりとした空気が漂ってくる。
ユリウスは帝国魔術師団長として、市民から憧れの視線を向けられるようになって久しいというのに、未だ人目に晒されることに慣れていない。
いや。
正確には───慣れる気がないのだと思う。
向けられる視線を一つ、また一つと感じ取るたび、その美しい青の瞳が冷たく細められていく。
……怖い。ものすごく怖い。
ただでさえ傾国の美貌などという物騒な二つ名を持っているのに、その本人が露骨に周囲を威嚇しているものだから、近くにいたご令嬢が慌てて視線を逸らしている。
「ユリウス」
「……何でしょう」
「怖いわ」
「……え?」
「気がついてなかった?」
「……私は、どんな顔を?」
「こう」
私はユリウスの真似をした。
眉間に皺を寄せ、唇をきゅっと引き結ぶ。
我ながら見事なまでのしかめっ面だ。
しばしの沈黙。
ユリウスは目を丸くしたまま、私の顔をじっと見つめている。
どうやら、本人にはまったく自覚がなかったらしい。
「…………」
「…………」
やがて、その青い瞳がふっと細められた。
けれど今度は、先ほどまでの冷たさとは違う。
「ふっ……」
肩が小さく震える。
「ふふっ……すみっ、すみません」
「……言っておくけど、貴方の真似よ。これ」
「いえ……っ、だって……」
堪えきれなくなったらしい。
ユリウスは顔を背け、口元を手で覆いながら笑い始めた。
その姿に、先ほどまで彼を恐れていた周囲から、今度は一斉に「きゃあ」と黄色い声が上がる。
……極端ね。
さっきまであんなに人を寄せつけなかったくせに、少し笑っただけでこれなのだから。
本人はそんな周囲の反応など気にも留めず、しばらく肩を震わせていた。
「……そんなに面白かった?」
「ええ。……とても」
私が恨めしげに睨むと、ユリウスはようやく笑いを収めた。
それでも、青い瞳の奥にはまだ微かな笑みが残っている。
そんなやり取りをしているうちに、やがて私たちの目の前に、ひときわ大きな扉が現れた。
扉の向こうに広がっていたのは、王宮の中でも一際贅を尽くされた、絢爛たるボールルーム。
両脇に控えていた侍従が、ゆっくりと扉を押し開く。
その瞬間、煌びやかな音楽が、一気に押し寄せてきた。
幾重にも連なる美しいシャンデリアが、天井から無数の光を降らせている。
大理石の床は、光を反射してまるで水面のように煌めき、その上を色とりどりのドレスを纏った貴族たちが、花が舞うように行き交っていた。
香水の甘い香り。
グラスの触れ合う音。
楽しげな笑い声。
ひそやかに交わされる噂話。
「――エセルリード公爵令嬢、アデライン・エセルリード嬢!並びに、ティリス子爵家ユリウス・ティリス殿――!」
会場を揺らすような高らかな呼び上げに姿勢を正し。
贅沢なワルツの調べに導かれ、無数の美しいシャンデリアが眩い光を投げかける王宮一の広間に足を踏み入れた瞬間────。
「まあ、可愛らしいこと。あなたが噂のアデライン・エセルリード嬢ね」
まっすぐ視線の先。
玉座に優雅に腰掛けていたのは、この国の頂点に君臨する皇后シシィ・ルートヴィッヒ・ルーファスその人だった。




