sideエルステラ シアワセノカタチ
宿に帰ってきた時、もう夜も更けていた。
キキは既に眠っていたようだった。
「ミルヒオール……?どうしたんですか?」
ヴィクトリアは暗い部屋の中、椅子に掛けてずっと俺の帰りを待っていてくれたようだった。
元々、何とかして皇太子ルキウス・アリュール・ルーファスを殺そうと画策していたのは俺じゃなくてヴィクトリアだ。
きっと、ヴェリアル様に命じられたのであろう事は、想像がついていた。
ルキウス・アリュール・ルーファス。
最近皇太子になったばかりの、ヴェリアル様の異母弟。
彼がヴェリアル様の覇道の邪魔になる事は、帝国に来てすぐにわかった。
既に魔術師達は、かつての帝国とは違うカタチをしだしていた。そして民も、以前より確実に活気づいている。
まるで彼はロティみたいだと、俺は思った。
生きているだけで誰かの希望になりうる男。
帝国は彼がいれば栄えてしまう。
エルステラの邪魔をする。
ロティを殺した帝国なんて、何より無様に死んでいかなければならないのに。
だから、殺しにいった。
自分の仕事だと、ヴィクトリアは最初そう言った。
けれど、俺はなるべくヴィクトリアに人を殺させたくなかった。
ヴィクトリアが魔術師になった代償。
そう────殺人鬼の心臓を移し替えたことによる殺人衝動。
優しい彼女がいつか別人に変貌してしまうのではないかと、その事実が俺を常に不安にさせた。
だから巧みに言いくるめて、俺が引き受けた。
簡単な仕事の筈、だった。
皇太子に反感を抱く貴族の手引きで王宮へ侵入し、彼の私物を盗み出して、その気配を魔術でたどる。
そして、対象に拷問用の呪術をかける。
そしたら、知らない女の子がその場にいて、一緒に術を掛けてしまった。
可哀想に、なんて運の悪いやつだ。そう思って近づいた時、ふと、あまりにも懐かしい気配に気づいた。
それは、孤独のダイヤモンドの気配。
彼女が盗んだのか、はたまた何か別の理由があるのか。
そう思って精神世界を覗きみれば、そこには見た事のある景色が広がっていた。
特区。
その地獄は、この貴族のお嬢さんが知りうる筈がなかった。
嫌な予感がした。
俺は走って走って、そしてようやく見つけたのは。
小さなキキと、その少女。
呆然と近づけば。
彼女は俺をミルヒと、そう呼んだんだ。
声も、顔も、年齢すらも違う。
それでも、その声色に宿る優しさが誰のものかなんて、気づくのに時間はかからなかった。
(ロティ。ロティ、ロティ)
────どうして、会いに来てくれなかったの?
俺は、会いたかったのに。
もう嫌いになっちゃった?
そうかも。怒ってたし。
おかしい。俺、ずっといい子だったよねぇ?
ロティがスリをしちゃだめって、そう言ったからやめたよ。
勉強を頑張って、そう言ったから、世界一の魔術師になったよ。
キキを目覚めさせてって言ったから、そうした。
あとは?あとはなにをすれば………!
「ミルヒオール!しっかりしなさい!」
はっ、と意識がハッキリとした。
ヴィクトリアはいつの間にか俺の前に立っていて、肩を強く掴んでいた。
息が苦しい。どうやら、暫く呼吸をするのを忘れていたようだった。
「ヴィクトリア……」
「何があったんです……?」
「あ……」
心配、させてる。
俺は前に、王宮にいっただけで倒れた臆病者だから。
それを無理を言ってヴィクトリアから仕事を奪ったのに、このザマだ。
「いや……なんでも、ない、んだよぉ」
「何でもないの顔ではありませんよ」
「……ごめん、多分皇太子殺し損ねたぁ。」
「……構いません。ヴェリアル様も、私を殺すことは恐らくしないと思います。一応これでも領主なので、エルステラの正当性がなくなってしまいますから」
ヴィクトリアは微かに苦笑を浮かべ、労わるように俺の頭を優しく撫でてくれた。
彼女の気遣いに甘え、俺は咄嗟に本当の理由を飲み込んだ。
なぜだろう。言葉にすればいいだけなのに。
ロティが生きてるよ、と。そう告げればいいだけなのに。
もしそれを知ったら、ヴィクトリアは歓喜の涙を流すだろうに。
「ねえ、ヴィクトリア」
「はい」
「ロティはさぁ、幸せだったかなぁ」
「……え?」
「女神の最後の末裔なんて大層な名前を背負わせちゃって、生きてる時は苦労ばっかり。ヴェリアル様がだぁいすきになっちゃったせいで、自由に歩けもしない」
ロティはいつも笑ってた。
けど、もし本当なら。
あれくらいの歳の普通の女の子なら、恋をして、友達と遊んで、家族と美味しいご飯を食べて。
それが普通だって、俺は本で読んだんだ。
………本で読んだだけ。俺もそんな平和を知らないけど。
「……なら次は、革命なんて知らないところで生きた方が、幸せなのかなぁ」
ふと、心の底に沈めておいたはずの言葉が零れ落ちた。
「何を知りましたか?」
「えっ」
「お願いします、教えてください。シャーロットに関わる事なら、全て……!」
まずい。失言だった。
ヴィクトリアは縋り付くような目で、じっと俺を見つめている。
「これは、仮定で!」
「ならミルヒオール。次って、なんですか?」
「……次って言うのはぁ、俺たちがロティを、あの冷たい棺から起こしたあとの話だよ」
まただ。反射的に嘘を重ねてしまった。
俺はいったい、何をそんなに隠そうとしているのだろう。
正直にすべてを打ち明ければいい。
これからロティを連れて帰るんだと。
そうすれば……その後の未来は?
「……シャーロットが目覚めたら……」
わずかに視線を落とし、ヴィクトリアは深く考え込んだ。
やがて彼女が紡ぎ出した答えは、俺が恐れていたものとよく似ていた。
「今度こそ、ヴェリアル様は閉じ込めてしまうかもしれませんね。あの人はシャーロットが消えてとっくに……狂ってしまったから」
シャーロットを連れて帰って、その後は。
きっと、彼女は見たくもない殺戮を特等席で見せられる。
普通に考えれば分かる事だ。
自分が救った大勢の命より、救えなかった少数の命の事ばかり考える彼女は、世界を征服したって喜ばない。
それでも、ヴェリアル様は信じている。
もう誰にも脅かされない世界で、シャーロットと幸せに暮らす未来を。
「……それは、ロティにとって、幸せ?」
「貴方は結構、意地悪な事を言いますね」
「シャーロットが戻ってくる。私達にとっては、最大の幸福です。それでも……」
(ロティにとって、何が幸せ?)
今まで深く考えないようにしていたのだ。
きっと虚しくなるから。
とにかくシャーロットを生き返らせることだけを考えていた。
シャーロットは生きている。
なら、今度は今まで逃げていたそれを考えなければならない。
「シャーロットが目覚めたら、一緒に逃げますか?」
「え?」
「ヴェリアル様は無くなってしまった孤独のダイヤモンドを探すのに必死。遠くの土地へ行っている間にシャーロットが目覚めれば、逃げられるかもしれません。……まあ、逃げ切れるとは言いませんが」
意外だった。
ヴィクトリアは真っ直ぐな瞳で、ヴェリアルに知られればそれだけで即座に処刑されかねないほどの禁忌を口にした。
「……ヴィクトリアは、何のためにエルステラにいるのぉ?」
「私がいる理由は昔も今も変わりません。シャーロットと一緒にいるためです。……貴方は?」
「……最初は美味い飯を食べるため、かなぁ。その後は、魔術を学ぶのが楽しくて……」
どうしようもない孤児が、天才の魔術師と呼ばれるまで。
勿論、辛いことも山ほどあった。簡単な道ではなかった。
「俺はさぁ、ただ……昔の、エルステラに戻ってほしいんだよ」
今のほうが、はるかに贅沢な生活を送っている。
魔術に心ゆくまで没頭できる極上の環境だって手に入った。
それなのに、どうしてだろう。
ちっぽけで貧しかったあの頃のエルステラのほうが、よっぽど愛おしく思える。
「……楽しかったなぁ」
いったい何が違うというのだろう。
違うのは、そこにロティがいないということだけだ。
それなのに、まるで部屋のすべての蝋燭を一気に吹き消されたかのように、俺の手元はずっと暗いまま。俺の世界には、もう二度と光が灯らない。
「……ヴィクトリア。明日帰ろっかぁ。」
「え?」
「伝令、届いてた。共和国に侵攻するらしい。帰ってこいだってぇ」
「……いいのですか?シャーロットの魔術の気配がすると、そう言っていたでしょう。」
「……ロティじゃないよ。ロティは、革命軍にいるでしょ ぉ。どっかの亡霊がロティの術を真似しただけぇ。キキも少し思い出す事もあったみたいだし、収穫はゼロじゃない」
「わかりました。それでは、明朝」
「……うん。帰ろう」
俺はまた嘘をついた。
ヴィクトリアが本当の事を知ったら、きっと俺を凄く怒るんだろう。
でも、まだ結論は出なかった。
「……お嬢様、お水を変えてきますね」
気づけば、「散歩に行ってくる」と口実をつくり、俺はまたあの宿を後にしていた。
そして今、ついさっきまで自分がいた王宮の部屋を、窓の外から密かに見上げている。
少女の従者が、熱に浮かされるロティの額に載せる濡れタオルを替えようと部屋を離れたその隙を突き、俺は気配を殺してそっと彼女に近づいた。
「……苦しそ」
アデライン・エセルリード。
ロティの魂が入った、エセルリードの子供。
自分で死んだなんて、知らなかった。
だから俺、ユーティオティアス様をあんなに責めたのに。
何でそんな馬鹿な事を。
そう思うけど、でもそれ程、頼りがいがなかった俺達も悪いんだ。
「ジュ・アテ・フィン・フィンドラーレ」
荒い呼吸がすっと、軽くなる。
苦痛に歪む、汗ばんだ額をそっと指先で撫でた。
「俺よりちっちゃい身体。しかもなんか、呪われてるし」
大方、エルステラのどこかに潜む熱狂的なシャーロット信奉者の仕業に違いなかった。
せめて呪いの進行をわずかでも遅らせられるよう、指先に魔力を込め、その額にそっと封印の陣を描き出す。
呪術───それは術者か、あるいは対象の命が絶えるまで決して消えることのない呪縛。
それでも、これならば少しは楽になるはずだ。
「……またね」
呪いの気配は覚えた。
帰ったら、呪った者を探してやろう。
別に意地っ張りのロティの為じゃない。
まだ話に決着がついてないのに、また死なれたら困るから。
あと1話で、アデライン10歳編完結となります!




