sideエルステラ あの人の甘ったれた理想論が好きだった
「うわぁ、すげぇ。見ろよ、2人とも!たっくさん店があるなぁ!」
「流石は帝都。お祭り騒ぎだねぇ」
帝国に隣接する旧フェルディナントまで飛び、そこからは魔術師だと人間にバレて騒ぎにならないよう、馬車に揺られらること3日。
ようやく宿にたどり着いた頃には、体力の無いヴィクトリアはヘトヘトだった。
部屋に入り、籠もった空気を入れ替えようとミルヒオールが埃っぽいカーテンを開けると、窓の外には商業地区特有の常設された露店が広がっていた。
色とりどりの屋根が並び、活気づいた人々の喧騒が街を満たしている。初めて見るその光景に、キキの顔がぱっと輝いた。
「私は宿で休んでも構いませんか……?」
ベッドに半ば倒れ込むように横になるヴィクトリア。
普段はエルステラの女領主として外交やら研究やらでいつ寝ているのかと思うスケジュールを気丈にこなし、かつての気弱さはどこへやら、男たちからも恐れられる彼女。
けれど今は珍しく年相応の顔で。
そんな姿を可愛いと思って、ミルヒオールは思わず笑顔が溢れる。
「いいよぉ、キキは?」
「俺、外見てきていい?!」
ヴィクトリアとは対照的に、キキは体力が有り余っているようで、目を輝やかせている。
流石にまだ目覚めたばかり────エルステラの常識しか知らないキキを一人で放り出す訳には行かない。
「なら俺付いてくから、ヴィクトリアは寝てなぁ」
「貴方がそんな細やかな気遣いが出来るようになったなんて……」
「出来るでしょお、ガキじゃないんだからさぁ……」
いつまで経ってもヴィクトリアの中では自分よりずっと背が低い、幼い少年のままなのだ。
感極まるヴィクトリアを置いて、キキと連れ立って部屋を出た。
彼女がよく寝れるようにカーテンをしっかりと閉めてあげるのを忘れずに。
食べ物やら工芸品までたくさんの初めて見るものに、キキは色々な所へ興味を示し、走りよっていく。
ミルヒオールはその姿を見て、かつて特区で自分が面倒を見ていた小さな子供たちを思い出していた。
特区。ゴミ捨て場横の7番通り。
ミルヒオールはそこで、この世の地獄を見ながら成長した。
夜光症や寒さ、飢えで周りの人間は呆気なく死んでいく。
優しそうな顔をした大人が助けてくれるフリをして、何も持たない彼らたちから何もかもを搾取する。
そんな地獄の中で、シャーロット・ラヴィアンジュという存在は一等輝いていた。
初めは警戒していた。金持ちそうなドレスをきた、ふわふわの髪の毛のお姫様。憎らしくなって財布をスってやった。
そうしたら目を輝かせた彼女に、凄い勢いで魔術について問いただされた。それがミルヒオールが魔術師として生まれた瞬間だった。
初めてだった。
周りの大人から対等に接してもらったのは。
初めてだった。
心の底から、自分の身を案じてもらったのは。
初めてだった。
暖かい寝床と、目標を共にする仲間たちと、溢れんばかりの知識を与えられたのは。
ミルヒオールにとって、それは幸福そのものだった。
けれどその幸福の象徴はほんの少しだけ目を離しただけで、あっという間に消え去っていった。
あの頃、ヴェリアルとシャーロットは明らかにすれ違っていた。
人間を征服しようとするヴェリアルと、共存しようとするシャーロット。
共に歩めるはずがない道を、無理やり進もうとしていた。
あの日───シャーロットがこの世から消えてしまった日。ミルヒオールとヴィクトリアは残りの宝石を探しに鉱山へ向かった。
いや、正確に言うとヴェリアルによって強制的に向かわされていた。
その理由は間違いなく、2人がシャーロットに傾倒していたからだ。
人間を使役する為の第一歩。ヴェリアルはそれに反対を言いそうな魔術師達を遠ざけた。
そしてその日、あの悲劇が起こった。
全てが終わってミルヒオールとヴィクトリアが革命軍本部に戻ったあと。
ヴェリアルは、明らかに息を引き取ったであろうシャーロットを抱きしめ続けていた。
血まみれのカーペットに膝をついて、文字通り三日三晩、ただひたすらに。
ユーティオティアスがその瞬間近くにいたと聞いて、ミルヒオールは詰め寄った。
自分が傍に居たら命に変えても助けたのに。どうして助けてやらなかったのだ、と。
胸ぐらをつかみ、殴りかかる勢いのミルヒオールをヴィクトリアが泣きながら止めた。
「やっ、やめて、やめてあげてくださいミルヒオール……!ユーティオティアス様だって、傷ついているんです……っ」
その言葉に制され顔を上げると、ユーティオティアスの唇は、血が滲むほどに強く噛み締められていた。
─────そこから、随分遠くに来た気がする。
(10年。立ち直るのに十分な時間。けれど時々、彼女の甘ったれた理想論を聞きたいと思う)
皮肉なことに、二分しつつあったエルステラは、彼女の死によって一つに纏まった。
帝国を滅ぼすこと。
そして、シャーロットを目覚めさせること。
そのために、着々と準備が進められている。
目の前で楽しげに歩く少年もまた、その悲願を叶えるための努力の結晶なのだ。
ぼうっと物思いに沈んでいたミルヒオールの意識を、キキがある店の前で足を止めたことで現実に引き戻された。
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