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死を招く秘宝を見つけてしまいました



 その後、数年をかけてエルステラは驚異的な発展の一途を辿った。

 

 帝国と共和国による実質的な支配から逃れたエルステラへ、大陸全土から虐げられてきた魔術師たちが亡命してきたのだ。


 もはやエルステラは単なる反乱軍の拠点ではなく、異能を持つ者たちの唯一の聖域となっていた。



 しかし、その繁栄は大国にとっての脅威に他ならない。


 業を煮やした帝国と共和国は、外交交渉という建前を捨て去り、武力を持ってこの地を再び従わせることを決定した。


 

 絶え間ない戦火が国境を赤く染める傍らで、エルステラ内では生き残るためのあらゆる研究が狂気的な速度で進められた。農業、水産業、工業、そして——失われた魔法の真理を解き明かす魔術考古学。

 

 文字すら奪われ、歴史を焼かれてきた魔術師たちの足跡を辿る作業は、砂漠で一粒の宝石を探すに等しい。

 

 残された文献も極めて少なかった。


 しかし、偶然にも発掘された断片的な記録をパズルのように繋ぎ合わせたとき、私たちはそれを見つけてしまった。

 

――――そしてそれこそが、後に私が命を落とす最大の元凶となる。

 



 


 ある日の朝。


 各研究室のリーダー及び役職持ちの魔術師たちが集まる会議室。


 会議も終盤にさしかかったその時、ひどく深く、真っ黒な隈を刻んだヴィクトリアが手を挙げた。

 

 彼女は普段、優秀な領主として領地運営に取り組んでいる。しかしそのかたわら、考古学に興味があるのか、よく考古部へ顔を出していた。


 進行役のユーティオティアスがアイコンタクトを送ると、ヴィクトリアは一冊の本を掲げて立ち上がる。

 

 

「……す、少しよろしいでしょうか、皆様。……かつて魔術師たちが人間を滅ぼそうとし、五つの宝石に封印されたという子供向けの御伽噺を、知っていらっしゃいますか?」

 

「何、それ……?」


 

 誰かが当惑した声を漏らす。すると私の左隣に座っていた建設部のリーダーが肩を竦めた。


 

「地上では有名な童話だよ。ただ、地下の魔術師たちの間では禁忌に近かったから、知らない奴も多いだろうね。『宝石王』という物語だ」


 

――――かつて、善良で勇敢な人間の王を倒そうと、五人の邪悪な魔術師が暗躍していました。

 

 彼らが呪文を唱えれば、帝国中に雷鳴が轟き、荒れ狂う風が大地を削り、月さえも空から消え去って、世界は永遠の夜に包まれたといいます。

 

王は天を仰いで男神に助けを求め、その敬虔な祈りに応えた神から一振りの聖剣を授かりました。

 

王は聖剣を振るい、悪しき魔術師たちをそれぞれの感情と共に、五つの石へと封じ込めたのです。


 

――苦悩のラピスラズリ。

――嫉妬のターコイズ。

――激昂のサファイア。

――孤独のダイヤモンド。

――そして、悲痛のアメジスト。

 

五つの宝石は魔術師の野望と共に、永遠に地の底へ封印されましたとさ……。めでたし、めでたし。


 

 

 ヴィクトリアはそれを読み上げると、古びた挿絵を指でなぞる。


 

「ええと、この場所の描写を私、見覚えがありましたの。シャーロットと共に、毎晩のように見回っていた城下町の外れに、酷似した地形があったので。それでミルヒ君に付き合ってもらって、アンデス川のほとりへ行ってきました」


 

 彼女が卓上に置いたのは、布に包まれた「何か」だった。

 

 剥ぎ取られた布の下から現れたのは、窓からの朝日を拒絶するように、鈍く不気味な輝きを放つ白銀の結晶。


 

「ただの石では……いや、どこか魔力と似た気配がすると言えばしますが…………」


 

ユーティオティアスが手を伸ばそうとするが、ミルヒオールが鋭く制した。


 

「やめときなよぉ。魔術師が触れたら何が起きるか分からない。ヴィクトリアが平気なのは、多分人間だからだしぃ……」

 

「ミルヒオール、君はこれが例の魔石だと確信しているのですか?」

 

「見れば分かるよぉ。これを媒介にすれば、一都市くらい跡形もなく吹き飛ぶ。そんな事も気づけないなんて、皆ポンコ……」


 

ミルヒオールの不敬な口を無言で塞いだが、彼の言葉が含んだ戦慄は全員の肌を刺した。


 

「……つまりこれは宝石というより兵器で、しかも他に四つ、存在しているということですね」

 


 ヴィクトリアの指先が、結晶を静かに撫でた。


 

「……孤独のダイヤモンド」


 

 誰かがその名を呟いた瞬間、会議室を支配していた熱気が一瞬で凍りついた。

 

 伝説の呪物が、今、実体を持って目の前にある。


 それは絶大な軍事力であると同時に、世界を壊しかねない厄災そのものだった。


 

「過分な力は、私たちの手に負えるものではないわ。元の場所へ戻しましょ」


 

 私は絞り出すように言った。魔術師風情には過ぎた力。     


 これに頼れば、私たちは本当の意味で道を誤りかねない。

 直感でそう思った。

 

 

 しかし、沈黙を切り裂いたのは、これまで黙って石を凝視していたヴェリアルの平坦な声だった。

 

 

「五つ、集めてみようか」

 

「……っ、ベル?」

 

「これがあれば戦況は確実に変わる。この終わりのない泥沼を、僕たちの代で断ち切ることができる」

 

「待って、ベル。どう変えるつもりなの……?たった一つでこれなのよ。五つ全てが揃ったら、どんな厄災が起こるか……」


 

 

誰も言葉に出さなかった。

 

 

けれど。

 ――――――世界が、ひっくり返る。

世の(ことわり)を変える事ができる可能性すら持ち得る。

 不気味な程光るその結晶の恐ろしさを、誰もが肌で感じる。

 会議室の雰囲気とは裏腹に、ヴェリアルの顔は朗らかだった。

 


「よく見つけた、2人とも。これを使ってこの無駄な戦争を終わらせよう」

 

「……それは、どういう形の『勝利』なの?」



 私の震える問いに、ベルは表情を一つ変えなかった。ただ、壊れ物を扱うような、どこまでも慈しむような眼差しで私を見つめる。


 

「大陸を征服する。非術師を、我々魔術師の管理下に置くんだ。そうすれば、もう誰も奪われない」



私の震える問いに、ベルは表情を一つ変えなかった。ただ、壊れ物を扱うような、どこまでも慈しむような眼差しで私を見つめる。

 


「……正気なの、ベル。それは、私たちがされてきたことの裏返しでしかないわ」


「帝国と共和国は今日も我々を殺しに来る。大勢の魔術師が怪我をして死んでいく。……このままでは、僕たちが求めた『平穏』など永遠に訪れない。君ならわかるだろう、シャーロット?」



 彼の言葉に、何人もの魔術師が表情を変えるのが見えた。

 

 決して負けているわけではない。

 

 けれど確実に、前線では死人が出始めている。

 

 対魔術兵器はどんどん進化していって、昨日侵入されなかった結界が今日破られていく。

 

 ベルの見据えたゴールでは、確かに魔術師は死なないかもしれない。


 

 けれど、けれども。


私たちが求めていたのは、誰かの苦しみの上で成り立つ幸せだったの?

 

 私とベルが見ていた終着地があまりにも違うことに、今更気がついてしまった。


 手が震える。氷のように冷たい。



 

「解決策がそれだと言うなら……ベル、私はあなたとは道を違えることになる。私たちは、友人ではいられなくなる」


 

「……シャーロット」



 まるで駄々っ子をあやすような口調で、彼は私を咎める。


 

 何処かで感じていた、ベルの怒り。穏やかで美しい微笑みの下の激情。


 大切な“先生”を目の前で殺された。

 魔術師というだけで命を狙われる。


 

 あなたは、ずっと世界に怒っている。

 そしてその怒りの矛先をずっと探しているのだ。


 

「僕たちが『支配者』にならない限り、その自由は永遠に訪れない」


 

 困ったように目を細めるベルの声は、冷たいほどに澄んでいた。


 

「連鎖を断ち切るには、彼らが二度と牙を剥こうなどと思えないほど、絶対的な力による恐怖と支配が必要なんだ」

 


 

 嗚呼、この人はもう、かつての未完成な優しさを持つ少年ではない。


 犠牲となった幾多の魔術師たちの思いを呪いのように背負ってしまった、冷酷な救世主なのだ。


 


「…………昔、貴方と共に道を歩むと約束した。道を違えたら、止めると言った。今がその時だと思う」



 視界が滲む。

 なぜだろう。

 潤んだ瞳に映るベルは、あまりに遠い。


 

「……貴方を、一人にはさせないと思っていた。でも……その石に手を伸ばすなら、私は貴方を止めなきゃいけない。……命に代えても」


「そう……。君はそういうと思った」


「ヴェリアル様……!おやめ下さい!」


 

 ユーティオティアスの制止を振り切り、ベルの手が孤独のダイヤモンドを掴んだ。

 

 石から一瞬、魔力が溢れ出した気配がした。闇色のオーラがヴェリアルの指先を華々しく侵食していく。

 

 彼は、一瞬苦しそうに目を細めた。しかし、その指が宝石を手放すことはなかった。 


 


 言葉は尽きた。

 

 その日の会議は平行線のまま、静かに幕を閉じた。

 

 

 










 

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