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消えてしまったわたしの女神様




 午前は歴史書に刻まれた血生臭い魔術師の歴史を。

 

 午後は一挙手一投足に神経を削る、息の詰まるような作法を。

 

 そして、遥か頭上の「地上」に夜の帳が下りる頃、修行

はさらにその過酷さを増していく。

 

 

 舞台は屋敷の地下深く。対魔封印の呪符が幾重にも貼られた、重圧の立ち込める特別練武場だ。


 常夜の特区の中でも、ひときわ濃厚な闇が沈殿するそこは、私の未熟さを突きつけるための檻のようでもあった。


 

「いいですか、シャーロット。我々は呪文という『鍵』を使い、身体の中に眠る魔力を外へと放出します。それが空間に満ちる物質の魔力と結合し、初めて事象が形を成す。つまり、何よりも大切なのは『イメージ』です」

 

「イメージ……」


 

ユーティオティアスの冷ややかな声が、石壁に反響する。


 

「そう。鮮明なイメージさえあれば、私たちは万物を使役できる。それはやがて、言葉の枷を外した無詠唱魔術にも繋がるでしょう……。まあ、今はそんな高みよりも、君が魔術の端くれでも使えるようにならなければ、話になりませんがね」


 

その言葉を聞くたび、胸の奥がチリりと焼ける。


 ママが教えてくれた魔法は、もっとずっと、陽だまりのように優しかった。


 コップの中に小さな水たまりを作ったり、指先からぽっと温かい蝋燭の火を灯したり。植えたばかりのカボチャの種を魔法の歌で早く芽吹かせたり、古びたテディベアの綿に命を吹き込んで、可愛らしく歩かせたり。

 

 そんな温かな魔術は、過酷な地上で肩を寄せ合って生きる私たち親子の、ささやかな希望そのものだった。

 

 それなのに。


 

「まずは、この一本の蝋燭に火を灯しなさい」


 

 目の前に置かれた、一本の白蝋。ユーティオティアスが指を鳴らすと、訓練場の魔石灯が消え、視界を深い闇が塗り潰した。ただ一つ、私の目の前にある蝋燭の芯だけが、標的のようにそこにある。


 

「……ジュ・アテ・フィン・フィンドラーレ……!」

 


 私の放った言葉は、冷たい闇に溶けて消えた。

 

 一切の熱も、光も生まれない。指先はまるで凍りついた石のように動かず、魔力が通り抜ける感覚すら掴めない。


 

「イメージを。君の身体の中を流れる魔力を言葉に乗せて放出する。それが空間を伝い、蝋燭の芯に火種を結ぶ様子を……もっと具体的に描きなさい」

 

「イメージは……できてる! できてるのに……っ!」



 焦れば焦るほど、内側の魔力は冷たく、硬く閉ざされていく。かつては呼吸するように扱えていたはずの感覚が、今は泥の中に沈めた宝石を探すように、いくら手を伸ばしても指先をすり抜けていく。


 

「……あの日以前は、確かに使えていたんですよね?」

 

 

 暗闇の中で、ユーティオティアスの銀縁眼鏡が冷徹な光を反射した。

 

 

「……使えた」


 

 短く答えるのが精一杯だった。


 キキを生き返らせたい。飛び回っているヴェリアルの、革命の力になりたい。

 

 その想いが強くなればなるほど、私の魔法は底の見えない深淵へと沈んでいく。


 あの日、火の海になってしまった大聖堂とともに、私の魔法も一緒に燃え尽きてしまったのかな。

 

 重苦しい沈黙の中で、私はただ、火の灯らない冷たい芯を祈りを込めて見つめ続けていた。

 

 

 早く、早く出来るようにならなきゃ……!



 焦燥感は、消えない微熱のように私の内側に居座り続けていた。

 

 全ての授業が終わった後も、私は重い足取りで図書室へと通い詰めた。


 

「焦りは禁物です。集中力を欠いた状態では、魔力は御せません。よく眠り、明日に備えなさい」

 

 

 ユーティオティアスに耳にタコができるほど聞かされた助言。

 

 正論だ。

 正論だけれども。

 


そうは言っても目を閉じればキキの苦しむ顔や、炎に包まれる友人達の背中が鮮明に浮かんできて、どうしても眠りにつけないのだ。

 

 早く、一刻も早く、あの優しかった魔法をこの手に取り戻さなきゃいけないのに……!

 

 


 数時間が経過した。


 図書室の重苦しい静寂と古びた紙の匂いが、疲労の溜まった身体に堪え、抗えないほどのまどろみを誘った。


 何度も文字の上を滑る視線を上げ、私は溜息とともに本を閉じた。

これ以上、知識を詰め込んでも、私の指先が火を灯すことはないだろう。


 逃げ出すように図書室を抜け出し、吸い寄せられるように玄関へと向かった。


 重厚な扉をわずかに開き、その隙間から滑り出る。


 玄関の石造りの階段に腰を下ろすと、一ヶ月以上もの間、遠ざかっていた外の空気が一気に肺を支配した。


 

「外にはまだ帝国軍が控えているかもしれない。不用意な外出は避けるように」


 

 保護という名の軟禁生活が始まってから、初めての外の世界。

 

「……あ」

 

 夜の闇から舞い落ちてきた白いひとひらが、熱を持った私の頬に触れ、一瞬で涙のように溶けた。


 雪だ。

 

 久しぶりに触れる冷たさに、焦燥で煮え繰り返っていた頭が、しんと静まり返っていく。


 

「ジュ・アテ・フィン・フィンドラーレ…………ル・ヴェルディ・ラヴィアンジュ」

 

 

 祈るように、縋るように、唇を震わせてその言葉を紡ぐ。

 

 ママが教えてくれた導きの言葉。けれど、私の前には光も熱も現れない。ただ、吐き出した白い息が夜の闇に吸い込まれていくだけだった。

 

 

「……っ」

 

 私は膝を抱え、その間に顔を伏せた。

 

 女神様、私は……あなたに嫌われてしまった?

 

 それとも、あの火の海の中で、私は魔術師としての魂まで焼き尽くしてしまったのかな。

 

 視界がじわりと滲み、冷たい雪が私の孤独を埋めるように降り積もっていった。


 


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