第三章:オブシディアン地下迷宮(マザーサーバー)奪還編 第30話:深淵の死神と、喪われた面影
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▼ 前話(第29話)のあらすじ
カズの決死の作戦と信頼に応え、ついに『狂乱』の呪いを自力でねじ伏せたエリス。彼女の闇の双剣は神々しい【光の聖剣】へと進化し、見事エリミネーターを粉砕します。
ついに越えられなかった19回目の死のループを突破したカズたち。しかし、彼らを待ち受けていたのは、安息ではなく「更なる地獄の入り口」でした。
――そして今回の第30話。
マザーサーバーの最深部へと足を踏み入れたカズたちの前に、一人の小柄な少女が立ちはだかります。
その顔を見た瞬間、カズの心臓は凍りつきました。
「嘘だろ……なんでお前がここにいるんだ!?」
ループ脱出の歓喜から一転、カズの精神を容赦なく抉る、ダークファンタジーの真骨頂。最大の絶望が、巨大な『死神の大鎌』と共に目を覚まします。
(※ここから第30話の本文スタート)
特務追跡者を撃破し、十九回目の死のループを完全に突破したカズたちは、マザーサーバーのさらなる深部へと足を踏み入れていた。
そこは、これまでの無機質な通路とは全く異なる、異様な空間だった。
見渡す限りの広大なフロア。天井の見えない暗闇に向かって、青白い光を明滅させる巨大なサーバー群の柱が、まるで墓標のように無数にそびえ立っている。
空気は凍てつくように冷たく、何万台もの冷却ファンが低く唸る『ゴォォォォ……』という重低音だけが、絶え間なく鼓膜を震わせていた。
「……ここが、オブシディアンの心臓部。東京の地下を支配するマザーサーバーのメインフロアね」
アリスが、日本刀の柄に手を添えながら油断なく周囲を見渡す。
「ああ。……だが、妙だな。防衛兵器はおろか、クローン兵の一匹もいねえ」
アダムがアサルトライフルを構えながら、訝しげに眉をひそめた。
カズもまた、アルファ・レオンを握る手に汗を滲ませていた。
静かすぎる。あのエリミネーターの先にある最重要区画だというのに、まるで『誰か一人のため』に、あえて他の防衛機構をすべて排除しているかのような――。
「……先輩、あそこ……」
突然、前を歩いていたエリスが足を止め、前方の巨大なサーバー群の隙間を指差した。
カズたちが視線を向ける。
薄暗い青い光に照らされた通路の中央。
そこに、小柄な『誰か』が立っていた。
サイバーパンク風の、ネオンラインが走るオーバーサイズの黒いフード付きパーカー。背丈は、エリスよりもさらに一回り小さい。
どう見ても、十代半ばの『女の子』の後ろ姿だった。
「……なんで、こんな所に女の子が?」
エリスとアリスが、不思議そうに顔を見合わせる。
「おいおい、オブシディアンの連中、ついに迷子センターまで地下に作ったのか?」
アダムが軽い口調で言いながらも、銃口はしっかりと下げたまま、その背中に向かって声をかけた。
「そこのお嬢ちゃん。ここは遊び場じゃねえぞ。怪我したくな――」
アダムの声に反応し、黒いフードの女の子が、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
「――っ!?」
その顔を見た瞬間。
カズは、心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃を受け、驚愕に両目を見開いた。
全身の血の気が一瞬にして引き、呼吸の仕方すら忘れる。
(なんだ……この感覚。前にも、たしか……!)
カズの脳裏に、強烈なデジャヴがフラッシュバックした。
それは――あの時のショッピングモールからの帰り道、夕暮れの街角で、死んだはずのミオ(のクローン)が突如として目の前に現れた時の、あの理不尽で暴力的なまでの絶望感と全く同じだった。
(……ミオ、だ)
あり得ない。信じられない。だが、カズの網膜に焼き付いているその顔立ちは、紛れもなく妹の『一ノ瀬 澪』のものだった。
(ばかな……あの1月の夜、俺はこの手でミオのクローンを浄化したはずだ。なら、目の前にいるミオは……またオブシディアンが新しく作ったクローンなのか!?)
いや、違う!
カズの直感が、全力で否定していた。
かつてのミオのクローンが持っていたような、無機質で機械的な『偽物感』がない。彼女の身体から発せられる生体エネルギーは、あまりにも生々しく、そして――ひどく淀んでいた。
だが、本物の澪はとうの昔に死んだはずだ。
(あの夜、俺が浄化したのは間違いなくクローンだった。でも、本物は死んだんじゃなかったのか……? まさか、本物のミオはずっと生きていて、今までオブシディアンの地下深くに囚われていたっていうのか!?)
カズは思考を巡らせながら、目の前のミオを見つめる。
何より、その顔つきだ。
カズが知っている、いつも「お兄ちゃん」と笑いかけてくれた、優しくて無邪気なミオの面影はそこにはなかった。
カズの記憶の中のミオは、春の光のような笑顔と、少し垂れ目の優しい瞳をしていた。彼女の身体からは、いつも温かくて甘い紅茶のような匂いがしていたはずだ。
だが、目の前の少女は――フードの奥からカズたちを見据えるその瞳は、すべてを嘲笑うような冷たさと、退屈を持て余したような『小生意気さ』に満ちていたのだ。
毒蛇のようなその笑みには、カズを愛おしむ光など、塵芥ほども残ってはいなかった。
(な、なんだ……あれは!)
カズは息を呑んだ。
ミオが狂気に満ちた笑顔で笑った瞬間、フードの影から覗いた彼女の首元。
彼女の首に、黒と銀色の金属と青白く光るインジケーターが走る奇妙な**『デバイス』**が、悍ましい寄生虫のように食い込んでいるのを、カズは発見したのだ!!
(間違いない。あの首元のデバイスが、彼女の淀んだ魔力と直結し、彼女の『意志』を無理やりオブシディアンのプログラムで上書きしているんだ……!)
「……ミオ、なのか?」
震える声が、無意識にカズの唇からこぼれ落ちた。
その声を聞いた黒いフードの少女は、くすんだ茶色の瞳をわずかに細め、ひどく面倒くさそうに『はぁ』とため息をついた。
「……お兄さん達、誰ですか? 特に、私の名前を知ってる貴方!」
感情の欠落した、氷のように冷たい声。
その言葉が、カズの胸に深く突き刺さる。
分からないのか? 俺の顔を見て、分からないというのか。
「俺は……一ノ瀬 和だ。澪、俺だよ、お前のお兄ちゃんだ! 分からないのか!?」
カズが、武器を下ろして一歩踏み出そうとする。
「先輩! 駄目です、近づかないで!」
エリスが鋭く制止するが、カズの耳には届かない。
「……あぁ〜。『一ノ瀬 和』」
ミオは、まるで教科書で読んだ偉人の名前でも思い出したかのように、無感動に呟いた。
そして、その形の良い唇の端を吊り上げ、ゾッとするような狂気を孕んだ笑みを浮かべる。
「聞いたことありました。……この世で排除しなきゃいけない、いちばんの『敵』だって。大好きな【お姉ちゃん】から、そう教わっています!!」
「お姉……ちゃん、だと……!?」
カズの足が、床に縫い付けられたように止まった。
ミオがお姉ちゃんと呼ぶ存在。それは一人しかいない。一ノ瀬 桜。
姉も、生きているというのか?そして、オブシディアンに記憶を改竄され、カズを『敵』として教え込まれている……!?
「お前は、排除しなきゃならないいちばんの敵。だから――」
ミオが、ゆっくりと自分の真後ろの『虚空』へと右手を伸ばした。
バチィッ!!と、空間が紫色にバグったように歪む。
カズたちが息を呑む中、ミオはその空間の歪みから、彼女自身の身長よりも遥かに巨大な、禍々しい漆黒の『大鎌』をズルリと引きずり出した。
「……ミオと、楽しく遊ぼうね!!」
狂気じみた笑みを浮かべ、小生意気な口調で言い放つミオ。
彼女は、その細腕には不釣り合いなほど巨大で重厚な死神の鎌を、片手で羽虫でも払うかのように軽々と持ち上げた。
「――行くよ!!」
ドンッ!! と、ミオの足元の強化フロアがクレーターのように陥没した。
消えた。
いや、違う。あまりの初速の速さに、カズの動体視力すら置き去りにされたのだ。
「なっ……!?」
カズがアルファ・レオンを構えるよりも早く。
殺意の塊となった巨大な黒い刃が、カズの首を刎ね飛ばすべく、真横から迫っていた。
――死ぬ。
その直感がカズの脳を支配した、その刹那。
――ギャギイィィィィィン!!!!!
火花が弾け飛び、凄まじい金属の衝突音がマザーサーバーの空間に轟いた。
鼓膜が破れんばかりの衝撃波が吹き荒れ、カズの髪が激しく煽られる。
「……っ!?」
カズは、ただただ目を見開き、その場から一歩も動けないでいた。
カズの目の前、わずか数十センチの距離。
ミオの振り抜いた死神の大鎌を、真っ向から受け止めている『光の刃』があった。
「……遅いです。私から、先輩の命を奪えると思わないでください」
エリスだ。
彼女は、金色の雷光を纏う【光の聖剣】を両手で構え、ミオの異常な膂力から放たれた大鎌の一撃を、完璧なタイミングで防いでいた。
「へぇ……。メイドさんが、私の遊びの邪魔をするんだ?」
大鎌を押し付けながら、ミオがフードの奥で不機嫌そうに目を細める。
「エ、エリス……!」
「先輩!! 下がっていてください!」
エリスが、カズを庇うように背中で庇いながら叫んだ。
「この子……またあの時のクローンとは違います! もっと暗くて、冷たくて……ひどく『嫌な気』を感じます!!」
ギリギリギリッ!!と、光の聖剣と死神の大鎌が鍔迫り合いを起こし、黄金と紫の火花が周囲に飛び散る。
エリスの腕が、微かに震えていた。
狂乱をねじ伏せ、光の聖剣を覚醒させたエリスをして、力負けしそうになるほどの異常なパワー。
それが、この小柄な少女の細腕から出力されているのだ。
「ウフフッ、ねぇ? 重い? じゃあ、もぉ~っと重くしてあげょっかぁ!?」
ミオが楽しそうに笑うと、大鎌の刃から紫色の電撃が迸り、エリスの体勢がさらに押し込まれる。
「くっ…あぁぁぁ………!!」
「エリス!!」
カズは、アルファ・レオンを構え、銃口をミオに向けた。
だが。
引き金に掛けた指が、痙攣したように動かない。
(撃てない……っ)
相手は、オブシディアンのクローン兵ではない。
間違いなく、血の繋がった本物の妹だ。
オブシディアンに洗脳され、記憶をいじられ、無理やり武器を持たされているだけの、被害者だ。
あの時サクラのクローンを泣きながら撃ち抜いた、あの手の感触が、フラッシュバックしてカズの心を締め付ける。
もう二度と、家族を撃ちたくなんてない。
「やめろ……ッ!!」
カズの口から、悲鳴のような叫び声が響いた。
「やめてくれ、ミオ!! お前と戦いたくないんだ!! 頼むから、思い出してくれ!!」
血を吐くような兄の願い。
だが、その声を聞いたミオは、大鎌を振るう手を止めるどころか、ますますその冷たい笑みを深めた。
「思い出して? ……ウケる。私には最初から、お前を『殺す』記憶しかインプットされてないの!!」
ブォンッ!!
ミオが、弾かれたように後方に跳躍し、エリスとの距離を取る。
そして空中で身を捻り、遠心力を乗せた大鎌を、今度はカズとエリスの二人ごと両断すべく、容赦なく大上段から振り下ろした。
「させませんッ!!」
エリスが光の聖剣を輝かせ、迎え撃つ。
再び激突する、黄金の光と漆黒の刃。
冷たいマザーサーバーの深淵で、絶対に戦ってはならない者同士の、残酷すぎる死闘の火蓋が切って落とされた。
第三章 第31話へとつづく
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!作者のくろねこパパです。
皆様、いかがだったでしょうか……!
ループを抜けてホッとしたのも束の間。カズたちを待っていたのは、「生きて、そして洗脳された本物のミオ」との最悪の再会でした。
記憶を奪われ、カズを「いちばんの敵」と呼んで無邪気に笑うミオ。巨大な『死神の大鎌』を振るう彼女の姿に、胸を締め付けられた方も多いのではないでしょうか。
かつての優しかった妹はもういない。そして、絶対に殺してはならない相手との、絶望的な死闘が始まってしまいました。
▼ 次回予告:第31話
光の聖剣でミオの猛攻を防ぐエリスですが、異常な膂力と魔力を持つミオに徐々に押し込まれていきます。
「殺せない。でも、このままでは全滅する」。
極限の葛藤の中、カズがミオを救うために見出した、たった一つの、そして最も危険な『突破口』とは!?
※「本物のミオ生きてた!?」「オブシディアン外道すぎる……」「カズ、どうやって助けるの!?」と、カズたちと一緒に絶望し、ハラハラしていただけましたら幸いです。ぜひページ下部の**【★】での評価や【ブックマーク】**での熱い応援をよろしくお願いいたします!
皆様の応援が、カズがこの地獄を覆すための最大の力になります!!




