第三章:東京地下迷宮(マザーサーバー)奪還編 第28話:越えられない十九回目の死
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▼ 前話(第27話)のあらすじ
オブシディアンの心臓部へ繋がる通路で待ち受けていた、重装甲特化型『エリミネーター』。狂乱に飲まれかけるエリスをカズが抱きしめ、二人の力が完璧に「共鳴」を果たします。
エリミネーターを一刀両断し、殺意の象徴だった紅茶を「生きるための約束」へと昇華させた二人。長かった死のループを抜け、ようやく幸せな未来を掴んだかに見えましたが――。
――そして今回の第28話。
幸せな結末を迎えたかのように見えた前話から一転、物語はダークファンタジーならではの容赦ない展開へと突入します。
カズとエリスを待ち受ける、理不尽で残酷な『十九回目のループの真実』とは……。二人の身に一体何が起こるのか、ぜひその目でお確かめください。
(※ここから第28話の本文スタート)
「ああ。約束だ」
カズはエリスの銀髪を優しく撫でながら、力強く頷いた。
「お前の淹れる紅茶を飲むまで、俺は絶対に死なない」
冷たい鋼鉄の迷宮の奥深くで。
死のループに囚われ続けた二人は、初めて、本当の意味での「未来」を約束した。
カズの胸の中で、エリスが安堵の涙を流しながら小さく頷く。燃え盛る特務追跡者の残骸から上がる炎が、二人を暖かく照らし出していた。
これでもう、エリスがカズに銃口を向けることはない。
過酷な運命を乗り越え、ついに彼らは正解のルートを引き当てたのだ。
「……ふん。イチャつくのはその辺にしとけよ、二人とも。ここはまだ敵地のド真ん中だぜ」
数メートル前方を歩き出していたアダムが、肩越しに振り返ってニヤリと笑う。
「ええ、そうね。でも、少しだけ休ませてあげましょう。エリスも限界だったはずだから」
アリスが三日月宗近を帯に直し、優しく微笑みかけてくる。
「……悪い。すぐ行く」
カズが照れ隠しに笑い、エリスの肩を抱いて歩き出そうとした、その時だった。
――ズチュッ。
まるで、水風船に太い針を突き立てたような、ひどく間抜けで、生々しい音がした。
「……え?」
カズの口から、間の抜けた声が漏れた。
痛覚は、なかった。ただ、胸の中心が急激に熱くなり、直後に信じられないほどの「喪失感」が全身の神経を駆け巡った。
視線を落とす。
カズの左胸――心臓のど真ん中から、『漆黒の刃』が突き出していた。
光を一切反射しない、まるで空間のバグのように歪な、真っ黒な刃。それがカズの背中から心臓を貫き、前胸部へと貫通していた。
「ゴフッ……!」
カズの口から、大量の鮮血がゴボリと溢れ出した。
オーダースーツの純白のシャツが、一瞬にして赤黒く染まっていく。
殺気など、微塵もなかった。足音も、気配すらも。ただ唐突に、カズの命だけが刈り取られた。
「せ、……せん…ぱい……!?」
カズが前のめりに倒れ込む視界の端で。
真横にいたエリスが、悲鳴すら上げられず、極限の恐怖と驚愕に瞳を縮孔させながら、倒れゆくカズの身体を受け止めようと両手を伸ばすのが見えた。
ドサリ、と。カズの身体が冷たい鋼鉄の床に崩れ落ちる。
(……え? なんだ、これ)
薄れゆく意識の中で、カズの脳が必死に状況を理解しようと足掻く。
(誰に……刺された? アダムか? アリスか?)
違う。彼らは数メートル前方を歩いていた。
では、背後から? しかし、真横にはエリスがいた。エリスが気付かないほどの異常な速度と隠密性で、カズの心臓だけを的確に貫いたというのか?
いや、そもそも、たった今……俺はエリスと、生きて帰る約束をしたばかりじゃないか。
(……あぁ、また……死ぬのか。こんな所で……俺は……っ)
「カズ様ッ!?」
「おいカズ!! なんだ今の、どっから……!?」
アリスの悲鳴と、アダムの怒号が遠のいていく。
エリスの伸ばした手がカズの頬に触れる直前。
カズの意識は、底なしの暗黒へと完全に沈み込んだ。
*
「……ッ!! はぁ、はぁっ、はぁぁぁッ!!」
カズは、肺が張り裂けんばかりに酸素を吸い込み、跳ね起きた。
全身から噴き出す脂汗。左胸を、狂ったように両手で掻き毟る。
貫かれていない。血は流れていない。心臓は、けたたましい警鐘のようにドクドクと脈打っている。
「どうした、カズ? 急に胸なんか押さえて。……空気が綺麗すぎて吐き気がするか?」
すぐ横から、アダムの呆れたような声が聞こえた。
カズが視線を上げる。
そこは、白銀色の壁面と青いLEDラインが続く、巨大な円筒形の通路。
(……戻った、のか? 俺は……死んだ?)
激しい目眩がカズを襲う。
記憶は鮮明だった。エリスを狂乱から救い、見つめ合い、紅茶の約束を交わしたあの温もり。
そして直後、背後から心臓を貫かれたあの冷たい刃の感触。
夢じゃない。十九回目のループ(死)は、確かにカズの命を刈り取ったのだ。
シフティとの密約で「死に戻りを捨てる」と決意したはずだったが、その死はあまりにも理不尽に、有無を言わさずカズのセーブデータを巻き戻していた。
「……マスター・カズ。警戒ヲ」
最後尾のミオドロイドが、赤い瞳を点滅させる。
「前方、頭上ヨリ……規格外ノ高質量体、落下シテキマス!!」
(来る……!)
カズは瞬時にアルファ・レオンを引き抜き、周囲の『死角』という死角を睨みつけた。
エリミネーターの降臨など、もはやカズにとっては前座に過ぎない。彼が探していたのは、さっき自分を背後から串刺しにした『見えざる凶刃』の主だ。
ドゴォォォォォォンッ!!!
天井が崩落し、重装甲特化型のエリミネーターが舞い降りる。粉塵が通路を覆い尽くす。
ステルス迷彩か? いや、ミオのセンサーすら感知できない敵などあり得るのか?
『――不法侵入者ヲ確認。プロトコル【殲滅】ニ移行』
「させません……!」
カズの思考を置き去りにするように、エリスがメイド服のスカートを翻して前に出た。
「お姉ちゃん、アダムさんと先輩を連れて後ろに下がっていてください! こいつは……私がやります!」
一度目と、全く同じ光景。全く同じセリフ。
エリスから『狂乱』のドス黒い闇と紫電が噴き出し、彼女はエリミネーターの巨体へと特攻していく。
「エリス!! 駄目だ、お前一人じゃ……!」
カズが叫ぶが、狂乱の殺意に飲まれかけたエリスの耳には届かない。
ギュオォォォォォンッ!!
ガトリング砲の弾雨がエリスを削り、交差する刃が火花を散らす。
そして。
ドゴォォォォンッ!!!
「きゃあっ……!!」
プラズマ・キャノンの直撃を受け、エリスの小さな身体が壁に叩きつけられた。
「ゲホッ……ァ……っ……」
エリスが血を吐きながら、震える脚で立ち上がる。
メイド服の右肩が焼け焦げ、真っ白な肌から鮮血が飛び散っている。
(……殺せ!……すべて終わらせろ!……)
彼女の右目が禍々しい真紅に染まり、狂気が彼女の脳髄を蝕んでいくのが、カズには痛いほどにわかっていた。
「……ちがう……」
エリスが頭を抱え、血の涙を流しながら叫ぶ。
「私は……私はもう、先輩を殺さない……!! 私の命は、先輩を護るための盾……先輩のための、剣なんだからぁぁっ!!」
その痛切な叫びが、カズの胸を締め付けた。
カズは、周囲の空間への警戒をかなぐり捨てた。
見えない敵がどこかに潜んでいるかもしれない。
ここで不用意に動けば、またあの『漆黒の刃』に心臓を貫かれるかもしれない。
だが。
(……こんな姿を見せられて、立ち止まっていられるかよ……ッ!!)
理屈など関係なかった。
愛する少女が、自分を護るために心を壊そうとしている。
その事実の前では、自分の命の危険など塵芥にも等しかった。
「エリス!!」
カズは、弾雨のど真ん中へと走り出した。
「おいカズ、馬鹿野郎! 出るな!!」
『カズ! 行くでない! 今のあの娘は「殺戮の器」そのものじゃ!』
アダムとシフティの悲痛な制止を振り切り、カズはエリスの背中に追いついた。
「せ、先輩……!? 駄目です、離れて……私の中のバケモノが、先輩をっ……!」
恐怖に顔を歪めるエリス。
カズは、その華奢な身体を、背後から力強く抱きしめた。
「もういい、エリス。一人で暗闇と戦わなくていいんだ」
カズの身体の奥底から、圧倒的で温かい【アルファの光】が溢れ出す。
エリスを包むドス黒い闇が、純粋な光と混ざり合い、美しい「紫色の雷光」へと変質していく。
エリスの右目が、真紅から元の優しい青色へと戻り、二人の間に絶対的な『共鳴フィールド』が形成されようとした。
――その、完璧なタイミングだった。
ズチュッ。
「ゴフッ……!」
カズの口から、生温かい血の塊が零れ落ちた。
アルファの黄金の光が、唐突にフッと掻き消える。
カズは、信じられない思いで自分の胸を見下ろした。
エリスを背後から抱きしめるカズの、そのさらに背後。
何もない虚空から伸びた『漆黒の刃』が、カズの背中から左胸を、前回と寸分違わぬ角度で、無慈悲に貫き通していた。
「え……?」
カズの腕から力が抜け、エリスの身体に寄りかかるように崩れ落ちていく。
血飛沫が、エリスの白い頬を汚した。
「せ……先輩……? 先輩っ!?」
エリスが振り返り、カズの胸に突き刺さった漆黒の刃と、溢れ出す大量の血を見て、喉が裂けるような絶叫を上げた。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!? 先輩ッ、先輩、いやぁぁっ!!」
狂乱の殺意よりも深い、魂が砕け散るようなエリスの悲鳴。
(……なんで……)
カズは、薄れゆく視界の中で、自分の胸を貫く刃を見つめた。
気配はなかった。足音もなかった。
ただ、まるで『決められたプログラム』のように。
俺が、エリスを助けて、あの光の共鳴を起こした瞬間。
待っていたかのように、俺の心臓は貫かれた。
(……俺が、エリスを助けることが……死の条件だって言うのか……?)
そんな理不尽があるはずがない。
俺はエリスを愛している。エリスも俺を愛してくれている。
なのに、お互いが手を伸ばし合い、結ばれようとした瞬間に、必ず何者かに殺される。
これは、神の悪意か。それとも、越えられない運命の壁か。
「死なないで……っ、先輩、やだ、嫌ぁぁぁっ!!」
エリスの慟哭が遠のいていく。
(……クソったれが……)
カズの意識は、底なしの暗黒へと完全に沈み込んだ。
*
「……ッ!! はぁ、はぁっ、はぁぁぁッ!!」
カズは、肺が張り裂けんばかりに酸素を吸い込み、跳ね起きた。
全身から噴き出す脂汗。左胸を、狂ったように両手で掻き毟る。
貫かれていない。血は流れていない。心臓は、けたたましい警鐘のようにドクドクと脈打っている。
「どうした、カズ? 急に胸なんか押さえて。……空気が綺麗すぎて吐き気がするか?」
すぐ横から、アダムの呆れたような声が聞こえた。
絶望の秒針が、再び同じ時刻を刻み始める。
越えられない十九回目の、三度目の地獄が、幕を開けようとしていた。
第三章 第29話へとつづく
最後までお読みいただき、ありがとうございます……。作者のくろねこパパです。
皆様、いかがだったでしょうか?
前話の最高にエモい展開と、幸せな約束。からの、一切の慈悲もない理不尽な死の連鎖。
カズがエリスを助けようとする(共鳴を起こす)行動そのものが、カズの死の引き金になっているという、あまりにも残酷な罠です。
正体不明の『漆黒の刃』。なぜ殺されたのか? 誰に殺されたのか? そして、どうすればこの地獄の高速ループから抜け出せるのか?
▼ 次回予告:第29話
「エリスを助ければ、自分が殺される」。
その事実に気付き始めたカズ。しかし、目の前でボロボロになっていくエリスを見捨てることなど、彼にできるはずがありません。
極限の葛藤の中、三度目のやり直し(19-3回目)に挑むカズは、果たしてこの理不尽な死の運命を打破する『正解』を見つけ出すことができるのか!?
※「嘘だろ!?」「作者鬼畜すぎる」……ごめんなさい、でもこれが私の描くシナリオ(ダークファンタジー)なんです。
「エリスが可哀想すぎる……」「でもほんとうに誰がカズを!?」と少しでも心が揺さぶられましたら、ぜひページ下部の**【★】での評価や【ブックマーク】**での応援をよろしくお願いいたします!
皆様からの熱い応援が、この絶望を書き切るための最強の原動力になります!!




