第二章:偽りのぬくもりと錆びた心臓 第23話:喪失の覚悟と、涙の理由
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▼ 前話(第22話)のあらすじ
「殺戮の器」として特務追跡者を圧倒するエリス。そして、彼女の共鳴に惹かれて目覚めた雷の精霊と共に、アリスが神速の抜刀術【雷閃・紫電一文字】を放ち、強敵を完全に一刀両断しました。
――今回は、その続きとなる第23話。
激闘を終えた静寂の中、トランス化を強制発動したエリスの身体に「残酷な代償」が襲いかかります。
己の無力さに涙するエリスと、彼女を護るためにカズが下した、あまりにも重い「男の決断」。
バトル回から一転、キャラクターたちの想いが交差する、第二章屈指の感情揺さぶるエピソードです。正直私は書いてて泣きました。
(※ここから第23話の本文スタート)
圧倒的な雷鳴の余韻が、鼓膜の奥で微かに鳴り続けていた。
天井の岩盤が吹き飛ばされ、猛吹雪が容赦なく吹き込むドーム状の訓練施設【アーク・セクター01】。その中央で、アリスの『雷閃・紫電一文字』によって真っ二つに両断された特務追跡者の巨体が、完全に沈黙し、黒焦げた鉄塊と化して燻っている。
氷点下の風が、アリスの美しい銀髪を揺らす。彼女は鞘に納めた三日月宗近から手を離し、傍らで浮遊する雷の精霊に小さく頷きかけた。
戦闘は、終わったのだ。
「……あ、ぁ……」
その直後。静寂を取り戻した空間に、小さく、ひどく掠れた少女の悲鳴が落ちた。
「エリスッ!」
カズが弾かれたように振り返る。
瓦礫の山の前に立っていたエリスの身体を覆っていた、あの禍々しいドス黒い闇のオーラが、まるで風前の灯火のように激しく明滅していた。
彼女の白磁の頬や、華奢な腕、そして白い太腿に呪いのように刻み込まれていた黄金と紅の術式が、ジュッ、と肉を焼くような不快な音を立ててショートし、強引に皮膚の下へと潜り込んでいく。
「きゃ、ぁっ……!」
トランス化(核心共鳴)の強制解除。
それは、人間の限界を超えた魔力回路を無理やり遮断する、引き裂かれるような苦痛を伴うものだった。エリスは手からオメガの双剣を取り落とし、糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちそうになる。
「エリス!!」
カズは神速の踏み込みで距離を詰め、冷たいコンクリートの床に激突する寸前で、彼女の華奢な身体を強く抱きとめた。
「はぁっ、はぁっ、く、ぅ……っ」
カズの腕の中で、エリスは荒い息を吐きながら身をよじっていた。
彼女の身体は、雪山の外気よりも異常なほど冷たかった。まるで、体内の熱という熱、生命力という生命力が、先ほどの「殺戮の器」としての戦闘でごっそりと削り取られてしまったかのように。
「しっかりしろ、エリス! 大丈夫だ、敵はもうアリスが倒した。もう無理しなくていい……ッ!」
カズは自身の奥底で極限まで圧縮した【アルファ】の温かな魔力を、少しずつエリスの背中へと流し込む。暴走気味だった彼女の冷たい闇を、陽だまりのような光で優しく包み込み、鎮静化させていく。
やがて、エリスの呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻し、痙攣していた細い肩の震えが止まった。
ゆっくりと、長い睫毛が震え、オッドアイの瞳がカズの顔を見上げる。
そこには、先ほどまでの感情を排除した冷徹な「兵器」の面影はなかった。痛みに耐え、主の胸にすがりつく、いつもの健気で愛らしい少女の瞳がそこにあった。
「……せん、ぱい……」
ひび割れた声が、カズの胸を締め付ける。
「あぁ、俺だ。怪我はないか? どこか痛むところは……」
「先輩……ごめんなさい……っ」
エリスはカズの胸板に顔を押し付け、小さな両手で彼の服の裾をギュッと握りしめた。その手は、まだ微かに震えていた。
「私……また、先輩の足手まといに、なっちゃいました……」
「なっ、何を言ってるんだ! お前が身を挺して俺を庇ってくれたから、俺はこうして無事なんだぞ! お前がいなけりゃ、俺はあのブレードで切り裂かれてた!」
「違います……っ」
エリスの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
彼女は痛む身体を無理に動かし、カズを見上げて首を横に振る。
「私の中にある、この嫌な力……『オメガ』の力が目覚めれば、もっと先輩の役に立てると思ったのに。敵を、全部一瞬で消し去れると思ったのに……途中で、身体が動かなくなって……結局、アリスお姉ちゃんに、倒してもらって……っ」
悔しさが、彼女の小さな唇を震わせていた。
自分が「最強のメイド」であり、「カズの隣に立つにふさわしい存在」でありたいという強烈な願い。それが果たせなかった無力感が、彼女の心をナイフのように切り裂いていたのだ。
「私……もっと強くなりたいです……。誰よりも強く……先輩の、前の敵をすべて排除できるくらいに……っ」
ボロボロと溢れる悔し涙が、カズの頬に熱く伝わる。
「エリス……」
カズが言葉に詰まったその時。
ザクッ、ザクッ、と瓦礫を踏みしめる音が近づき、アリスが二人の傍らに膝をついた。彼女は自身の雷の精霊をすでに胸の奥へと納め、いつもの優しい「姉」の顔になっていた。
「エリス。そんな風に自分を責めないで」
アリスは、泣きじゃくる妹の銀髪を、慈しむように優しく撫でた。
「あなたが一人で敵の動きを止め、カズ様を護り抜いてくれた。だからこそ、私は刀を抜く隙を完全に作ることができたの。……あなたは、十分に強かったわ。私の、誇り高き自慢の妹よ」
「お姉ちゃん……っ、でも、私……っ」
「それにね、強くなるのはこれからよ。カズ様も、私も、そしてあなたも。一人で背負い込む必要なんて、どこにもないんだから」
アリスの温かい言葉に、エリスは堪えきれずに姉の肩に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。カズとアリスは、そんな彼女の背中を、ただ静かに、優しく撫で続けた。
だが、その美しい姉妹の絆を、厳格な声が断ち切った。
『……美しい姉妹愛じゃが、勘違いするでないぞ、エリスよ』
カズの胸元から眩い黄金の粒子が吹き上がり、精霊・シフティが具現化した。彼女は腕を組み、いつになく真剣で、どこか心配そうな瞳でエリスを見下ろしている。
「シフティ……どういうことだ?」
カズが鋭く問う。
『エリス。お主の力……オメガの「トランス化」は、すべての闇と負のエネルギーを吸収し、圧倒的な破壊力に変換する規格外の能力じゃ。じゃが、その出力の代償が何であるか、お主の身体が一番よく分かっておるはずじゃ』
エリスがビクッと肩を震わせ、アリスの腕の中で顔を伏せる。
『その力は、お主自身の【生命力】を削って燃料にしておるのじゃ。制御が不完全なままあのような出力を出せば、いずれ闇に呑まれ、お主自身の存在が消滅する。……エリスよ、お主が死んでしまえば、本母体である我もこの世界から消えてしまうのじゃ。あまり無理はするものではない』
シフティの言葉は、氷のように冷たく、そして残酷なほどに真実だった。
強くなりたいというエリスの願いが、彼女自身の命を削っているという事実。
「……っ」
カズは奥歯を強く噛み締めた。
シフティの本母体は、エリス。
そして、自分はあくまで『アルファ』の因子を持つ「仮の契約者」に過ぎない。
カズは、シフティの黄金の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、声に出して問うた。
「……なぁ、シフティ。もしお前が、仮の契約者である俺から離れて、本母体であるエリスの中に戻ったら、エリスのその『命を削る反動』はどうなる?」
カズの問いに、アリスとエリスがハッと息を呑む。
『……ふむ。我がエリスのコアに戻り、直接その魔力回路を保護し、制御の補助を行えば、生命力を削る反動は劇的に抑えられるじゃろうな。少なくとも、今日のように自滅寸前になることはなくなる』
「だったら……!」
『じゃが、よく考えるのじゃな、カズ』
シフティが、冷酷な宣告を突きつける。
『我がエリスに戻れば、お前との仮契約は切れる。そうなれば、お前の最大の武器である【死に戻り(タイムリープ)】の能力は、完全に消滅する。仮にこの先の戦闘でお前が死ぬことがあれば、そこで世界は終わりじゃ。二度と、やり直すことはできん』
死に戻りが、消える。
それは、明日香や夏帆がいる未来を救うための、唯一のセーフティネットを失うことを意味していた。
絶望的な数のクローンプラント。圧倒的な力を持つ特務追跡者。これから先、どれほどの死の危険が待っているか分からない。その中で、「たった一度の死」すら許されなくなるのだ。
『じゃが、悲観することはない』シフティが続ける。
『仮契約が切れても、お前の中に芽生えた【アルファ】の光の因子そのものが消えるわけではない。お前のこれからの鍛錬次第では、死に戻りに頼らずとも、アルファの力をフルで発揮し、世界を統べることは可能じゃろうて』
「先輩……ダメです!」
エリスが、カズの腕を強く掴んだ。涙で濡れた瞳が、必死に首を振っている。
「私のために、先輩がそんな危険を冒すなんて……絶対にダメです! 私の命なんて、どうなったって構いません。先輩が生き残って、世界を救うことが……っ」
「バカ野郎」
カズは、エリスの小さな両手を、自分の大きな両手で優しく、だが力強く包み込んだ。
「お前が死んで救われる世界なんて、俺はクソ食らえだ。明日香も夏帆も、お前やアリスも……全員が笑って生き残らなきゃ、意味がないんだよ」
カズはエリスに優しく微笑むと、視線をシフティへと戻した。
そして、口を開く代わりに、己の精神の深淵から、シフティの意識へと直接【テレパシー】を飛ばした。それは、仮契約者としての権限をフルに使った、強烈な念波だった。
(……シフティ。聞こえるか)
『……なんじゃ。わざわざ念話など使って』
(……約束しろ。これから先、もしエリスが本当にヤバい時……あいつの命の炎が消えそうになった時は、迷わず俺を見捨てて、お前はエリスの元へ戻れ)
『……カズ。それは、お前自身の「絶対の死」を招くやもしれんのだぞ? あの地獄のような惨劇を、やり直せなくなるんじゃぞ』
(分かってる。……でもな、俺は男だ。護りたい女を、自分の能力のために犠牲にするなんて、それこそ死んでもごめんだ。……俺自身の命より、エリスだ。エリスだけは、絶対に死なせない。だから、お前はあいつを護れ)
カズの放つ念波には、微塵の迷いも、死に対する恐怖もなかった。
ただ純粋な、狂気にも似た自己犠牲の覚悟。それは奇しくも、エリスがカズに向けている狂信的な愛情と、酷く似ていた。
『…………』
シフティは、テレパシー越しに伝わるカズの魂の熱量に、ほんの少しだけ目を見開いた。
数千の時を生きる精霊にとって、人間の寿命など瞬きほどのものだ。だが、この「19回目の器」は、これまでのどの器とも違う、異質な輝きを放っていた。
『……ふっ。やれやれ、本当に世話の焼ける主たちじゃ。揃いも揃って、自分より他人の命ばかり優先しおって』
シフティは呆れたように肩をすくめると、カズだけに見えるように、口元に不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いた。
(……承知した、愚かな器よ。エリスの命、確かに預かった。じゃが、その代わり……お前は絶対に、死ぬなよ?)
(ああ。誰が死ぬかよ。アルファの力で、全員ぶっ飛ばしてやる)
カズは心の中で強く頷き、エリスの頭をポンと撫でた。
「さて……感傷に浸ってる暇はなさそうだ」
カズが立ち上がり、猛吹雪が吹き込む天井の穴を見上げる。アリスの雷撃と追跡者の戦闘の余波で、アーク・セクター01の強固な岩盤は至る所に亀裂が入り、今にも崩落しそうだった。
「ミオ! 追跡者の残骸から、何かデータは引き出せたか!?」
「肯定」
無傷だったミオドロイドが、いつの間にか追跡者の残骸にプラグを接続し、淡々と報告を上げた。
「敵ノメモリー領域ヨリ、暗号化サレタ座標データト、ハッキング・キーヲ抽出。次ナル目的地ハ……日本ニオケル最大のクローン生産拠点、『東京地下迷宮』デス」
「……東京、か。いよいよ本丸だな」
カズはアルファ・レオンをホルスターに納め、決意に満ちた瞳で仲間たちを見回した。
「ここはずぐに崩れる。車に戻るぞ。……もう、隠れて力を蓄える時間は終わりだ。俺たちから、奴らの喉元に食らいついてやる」
涙を拭い、しっかりと立ち上がったエリス。
静かに三日月宗近の柄に手を添えるアリス。
そして、すべての光を背負う覚悟を決めたカズ。
彼らの見えざる戦争は、極寒の雪山を後にして、いよいよクローンに支配された巨大都市・東京の深淵へと、その舞台を移していくのだった。
第二章 第24話へとつづく
いつも『19回目の殺意を紅茶に添えて』をお読みいただき、本当にありがとうございます!作者のくろねこパパです。
今回は、強くなりたいと願いながらも涙を流すエリスと、彼女の命を護るために『死に戻り』という唯一のセーフティネットを捨てる覚悟を決めたカズの姿を描きました。
普段は冷静で最強のメイドを演じているエリスが、カズの胸の中でだけ見せる弱い女の子の顔。そして、声に出さずシフティとテレパシーで密約を交わすカズの不器用な男気……。
▼ 次回予告:第24話(第二章・最終話)
特務追跡者のメモリーから得た次なる目的地は、日本最大のクローンプラント【東京地下迷宮】。
しかし、いざ東京へ出発しようとした一行に、崩壊するアーク・セクター01の雪崩と、まだ終わっていなかったオブシディアンの追撃が迫ります。
次回、いよいよ第二章のフィナーレ!そして物語は、激動の第三章(東京奪還編)へと繋がっていきます!
「エリスの涙に泣いた!」「カズの覚悟、カッコよすぎるだろ!」「姉妹の絆が尊い!」と少しでも心が動かされましたら、ぜひページ下部の**【★】での評価や【ブックマーク】**での応援をよろしくお願いいたします!
皆様からの熱い応援が、カズたちの次なる戦いへの最大のエネルギーになります!!




