第二章:偽りのぬくもりと錆びた心臓 第18話:泥の瞳と、静かなる世界の終わり
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!作者のくろねこパパです。
▼ 前話(第17話)のあらすじ
ヒロイン戦争から一転、明日香たちの口から語られたのは「2102年の絶望的な未来」でした。イデアのクローン技術を強奪した軍事企業『オブシディアン・ミリテック』の襲撃を阻止するため、過去へ来た明日香たち。しかし、歴史のバグによる圧倒的な敵の増援の前に、コアデータは奪われ任務は失敗。
未来へと帰還した彼女たちと別れた数日後……平和に見える繁華街で、エリスが人々の『瞳』の異常に気づきます。
――今回は、その続きとなる第18話。
派手なSFバトルからジャンルが変わり、今回は日常が静かに乗っ取られていく『侵蝕』の恐怖を描きます。行きつけのカフェでカズたちを襲う、背筋の凍るような違和感。そして、明らかになる世界の絶望的な状況とは……。
少しホラーテイストな展開、ぜひお楽しみください。
(※ここから第18話の本文スタート)
灰色の雲が、重く垂れ込める冬の空。
オブシディアン・ミリテックによる旧イデア施設襲撃事件から、数日が経過していた。
カズとエリスは、隠れ家の物資を補充するため、数駅離れた大きな繁華街へと足を運んでいた。
駅前のスクランブル交差点には、いつもと変わらない喧騒が溢れている。大型ビジョンからは流行りのアイドルの新曲が流れ、早歩きで打ち合わせ場所に向かうサラリーマンや、笑い合う学生たちがひしめき合って歩いていた。
「……先輩」
ふと、隣を歩いていたエリスが足を止め、カズのコートの袖を軽く引いた。
彼女の美しい青い瞳が、交差点を歩く名もなき人々を、射抜くように見つめている。
「どうした、エリス?」
「……なんか、この人達……変です」
エリスの言葉に、カズも歩みを止め、行き交う群衆へと意識を集中させた。
一見すると、何の変哲もない日常の風景だ。だが、カズの研ぎ澄まされた【アルファ】の知覚が、エリスの言う『違和感』の正体を徐々に言語化していく。
横を通り過ぎていく女子高生のグループ。彼女たちは楽しそうに笑い合っているが、その笑顔の筋肉の動きが、ひどく不自然だった。まるで、プログラミングされた『笑顔のモーション』を定期的に再生しているかのような硬さ。
すれ違うサラリーマンの集団。彼らの会話のトーンは一定で、何より――誰も、瞬きをしていない。
そして、決定的な異常。
カズが意図的に、向かいから歩いてくる初老の女性と目を合わせた瞬間だった。
その瞳の奥には、人間が持つべき『生気』が微塵も存在しなかった。光を反射しない、冷たく濁った泥のような瞳。精巧に作られたマネキンが、ただプログラムに従って歩行しているような、強烈な『不気味の谷』の感覚がカズの背筋を凍らせた。
(……間違いない。こいつら、人間じゃない)
カズの脳裏に、明日香が語った未来の地獄――2102年の情景がフラッシュバックする。
だが、この街を歩いているのは、アビスに降下してきたような異形の兵器(メナス級)ではない。これは、人間の社会に溶け込み、内側から世界を乗っ取るために作られた『潜入・置換型』のクローンだ。
「……エリス、確認するぞ。ついてこい」
カズは声を潜め、エリスの手を引いて大通りから裏路地へと足を踏み入れた。
向かったのは、以前カズが何度か足を運んだことのある、個人経営の小さなアンティークカフェだった。マスターはコーヒー豆の焙煎に異常なこだわりを持つ、気さくでお喋りな初老の男性のはずだ。
カラン、とドアベルを鳴らして店内に入る。
漂うコーヒーの香りはいつも通りだった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
カウンターの奥から、マスターが完璧な笑顔で出迎えた。
だが、その声を聞いた瞬間、カズとエリスは同時に息を呑んだ。
声のトーン、抑揚、間の取り方。それは、以前録音した音声を、高品質なスピーカーから寸分違わず再生しているような、無機質な均一さを持っていたのだ。
「……ブレンドを、二つ頼む」
カズはカウンター席に座り、あえてマスターの目の前で注文をした。
「かしこまりました。少々お待ちください」
マスターは一切表情を変えず、サイフォン式のコーヒーメーカーの前に立つ。お湯がボコボコと沸騰し、ガラス玉の中で湯気が激しく舞っている。
マスターが、沸騰した熱湯の入ったポットを持ち上げた。
その時だった。
マスターの手元が狂ったのか、あるいは『空間認識能力』が欠如しているのか。
傾けられたポットから注がれた100℃近い熱湯は、コーヒーの粉ではなく、マスター自身の左手の甲へと滝のように降り注いだのだ。
「なっ……!?」
カズが思わず腰を浮かす。
だが――マスターは、一切の反応を示さなかった。
熱湯が皮膚を焼き、真っ赤に爛れさせ、無数の水ぶくれが一瞬にして膨れ上がって弾けているというのに。マスターは『いらっしゃいませ』と言った時と全く同じ、穏やかで完璧な笑顔を顔面に貼り付けたまま、熱湯を自身の手に注ぎ続けているのだ。
ジュゥゥゥ……という肉が焼ける嫌な音と、立ち昇る白い蒸気。
痛覚が存在しない。いや、人間としての本能そのものが欠落している。
「お待たせいたしました。当店のオリジナルブレンドです」
マスターは何事もなかったかのように、火傷でドロドロに溶けかけた左手でソーサーを持ち、カズの前にコーヒーを差し出した。
「……マスター。あなた、誰ですか?」
耐えきれず、エリスが冷たい声を放った。
メイド服のスカートの陰で、彼女の細い手が虚空へと伸び、黒いオーラを纏う『闇の双剣』の柄を固く握りしめる。すでに彼女の右目は、殺意で赤く(オッドアイ)発光していた。
エリスの問いかけに対し、マスターはゆっくりと首を向けた。
メキッ、ゴキッ……!
人間の頸椎ではありえない角度。首が真横に90度折れ曲がり、その泥のように濁った瞳が、至近距離でエリスを見つめる。
「私ハ、マスターデスガ、何カ?」
完全に同期のズレた機械音声。
そのおぞましい光景に、カズの中で無意識のうちに抑圧していた【アルファ】の黄金の魔力が、恐怖と怒りによって微かに漏れ出した。カズの全身を、淡い金色のオーラが包み込む。
――ピタリ、と。
店内に流れていたクラシックのBGMが途切れたわけではない。
だが、空間そのものが凍りついたかのような、異様な静寂が落ちた。
奥のテーブル席で談笑していた三人のOL。新聞を読んでいた初老の男。
彼らが全員、食事の手を止め、全く同時に首をゴキリと捻り、カズの方を向いたのだ。
それだけではない。窓の外、裏路地を歩いていた数人の通行人たちまでもが、ピタリと足を止め、ガラス越しに一斉にカズを見つめている。
全員の瞳が、黒い泥のように濁っていた。
『――ターゲット【アルファ】ノ波長ヲ確認。コレヨリ、捕獲フェーズヘ移行』
店内の客、マスター、そして外の通行人。
全く違う年齢、性別の人間たちの口から、寸分違わぬタイミングで、多重録音されたような機械音声が発せられた。
「ッ……!! エリス、目くらましだ! 逃げるぞ!!」
カズが叫ぶ。ここで彼らを吹き飛ばせば、一般市民を虐殺したテロリストとして、完全に社会から抹殺される。それが奴らの狙いでもあるのだ。
「承知いたしました!!」
エリスが双剣を交差させ、オメガの闇を爆発させる。漆黒の煙幕がカフェの店内を一瞬にして飲み込んだ。
カズはエリスの手を強く握り、視界を奪われたクローンたちの隙を突き、厨房の裏口を蹴り破って路地裏へと全力で駆け出した。
背後からは怒声も悲鳴も聞こえない。ただ、無数の足音が、無機質に、しかし確実にカズたちを追跡してくる不気味な音だけが響いていた。
*
どれだけ走っただろうか。
複雑な地下水路のルートを抜け、追跡を完全に振り切ったカズとエリスは、息を切らしながら郊外の廃棄された地下倉庫――彼らの新たなセーフハウス(隠れ家)へと転がり込んだ。
「遅かったな、二人とも……無事か?」
「アダム……アリスも」
薄暗い隠れ家の中で、大量の火器を手入れしていたアダムが、青ざめた顔で立ち上がった。その横では、アリスが腕を組み、壁際で冷たく目を伏せている。
「カズ、街はどうだった?」
「……終わってる。あいつら、完全に街の人間と『入れ替わって』やがる。痛覚もない、完全に統率されたバケモノだ」
カズが息を整えながら報告すると、アダムはギリッと奥歯を噛み締め、壁に設置された複数の大型モニターを指差した。
「街だけじゃねえ。……カズ、これを見ろ」
カズとエリスは、モニターの映像に釘付けになった。
そこには、複数のニュースチャンネルが同時に映し出されていた。
国会で力強く演説をする総理大臣。
経済の動向を深刻な顔で解説する著名なニュースキャスター。
連続殺人事件の捜査状況を発表する、警察庁の幹部。
一見すると、いつもの報道番組だ。
だが、全員の顔を同時に並べて見た時、その『異常性』は一目瞭然だった。
総理大臣も、キャスターも、警察幹部も……画面に映る彼らの瞳は一様に濁り、そして、全員が「きっちり12秒ごと」に、コンマ一秒の狂いもなく同時に瞬きを繰り返していたのだ。
「……中枢はもう、オブシディアン・ミリテックに落とされているわ」
アリスが、腰の愛刀『三日月宗近』の柄にそっと手を添え、静かに告げた。
「あの2月2日のデータ強奪から、たった数日で。この国の……いや、もしかしたら世界のトップ層が、すでにクローンと『入れ替わった』のよ
背筋が凍るような絶望。
巨大なミサイルが撃ち込まれたわけでも、未知のウイルスのパンデミックが起きたわけでもない。
ただ静かに、隣にいる人間がすり替わり、社会の機能そのものが乗っ取られていく。これこそが、未来を地獄に変えた【インベージョン(侵略)】の真の姿だった。
この狂った19回目の箱庭は、もはやカズの家族の因縁だけの問題ではない。
音もなく、人類の世界そのものが終わろうとしているのだ。
「……上等だ」
重苦しい沈黙を破り、カズが低く、しかし確かな熱を帯びた声で呟いた。
その瞳には、恐怖を完全に塗り潰すほどの、激しい黄金の光が宿っていた。
「未来の明日香たちが地獄を見てるってのに、過去の俺たちがここで膝を突いてちゃ、顔向けできねぇだろうが」
カズはモニターに映る『偽物の権力者たち』を睨みつけ、拳を強く握りしめた。
「俺たちが、全部ひっくり返す。……オブシディアンのクローン工場を見つけ出し、底の底まで叩き潰すぞ」
静かなる世界の終わり。
その絶望の底から、最強の器による反逆の狼煙が、今、静かに上がった――。
第二章第18話
いつも『19回目の殺意を紅茶に添えて』をお読みいただき、本当にありがとうございます!作者のくろねこパパです。
今回は、派手な爆発やモンスターの咆哮ではなく、「笑顔のまま熱湯を被るマスター」や「一斉に同じタイミングで瞬きをするニュースキャスター」といった、日常に潜む静かな恐怖を書いてみました。
書いていて作者自身も少しゾッとしましたが、皆様にもこの『不気味の谷』の恐怖が伝わっていれば嬉しいです……!
すでに国家のトップ層すらクローンに入れ替わっているという絶望的な状況。しかし、カズの瞳の光はまだ失われていません。
▼ 次回予告:第19話
「俺たちが、全部ひっくり返す」
反撃の狼煙を上げたカズたち。しかし、敵はもはや巨大な化け物だけではありません。すれ違う通行人も、警察も、政府も……社会のシステムそのものが『敵』へと変貌した極限状態。
世界を救うため、カズたちは元凶である『オブシディアン・ミリテック』のクローン製造工場の特定と破壊へと動き出します。
見渡す限りすべてが敵の包囲網の中、最強の器による絶対不可能の潜入作戦が幕を開けます!
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