9 分岐点
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「なるほど、見た目はリビングデッドみたいだけど動きは速いし、ホーリーライトも効かない。
その上、噛まれた者も同じようになると……
その辺は悪魔憑きとかバンパイアの眷属化に似てる」
一通り説明を聞いたシエスタは、指を顎に当てててぶつぶつと反芻する。
そこに、クレアが補足する。
顔色はだいぶ良くなってきていた。
「でも、リムーブカースは効果がありませんでした」
「ほう。ではポイズンリフレッシュは?
……なるほど。それは試していないのですね」
黙って首を横に振るクレアに、シエスタはふんふんと頷いてみせた。どこか楽しそうだった。
「病気回復も試していない?」
「はい。それも試してはいません。
あれは病気なんですか?」
「分かりません。私もそんな病気聞いたことない……
あっと、あるかもしれない。
確か……そうそう、ちょっと待った」
シエスタはそういうと杖をつきながら本棚へ移動するといくつかの本をとっかえひっかえ調べ始めた、
やがて、一冊の本を抱えて戻ってきた。
「これだ、これ。
遠い大陸の方の風土病。
蝙蝠に噛まれた人や家畜がかかる病気……多分病気と言われている現象がありました。
この本によると、噛まれた人や動物は震えたり暴れたりすると書かれています。
面白いことに、これにかかると水を怖がるから、現地の人は恐水病と呼んでいるそうです。
これに噛まれた人もやはり恐水症になる……
これ! 今回の現象によく似ている」
それは狂犬病だわ。とミランダは心の中で思った。
たしかに似ているけど、今回のこれは多分違うと思った。
けれど、それを言い出す勇気はなかった。
「じゃあ、ライジングディジーズなら治せるんですか?」
「いや、残念だけど無理だと思う。この病気にはライジングディジーズもリムーブカースもポイズンリフレッシュも効かないそうだ。
そもそも、今回の現象……ゾンビだったけ?
それがずばりこの恐水病ってわけじゃないから何ともいえないけど、同じように効かない可能性は高いんじゃないかな」
「病気でも毒でも呪いでもないっていったいなんなんでしょう?」
「なんだろうねぇ。でも、ライジングディジーズが効かないからと言って病気じゃないとは言い切れないよ」
「ええ、それは存じています」
そのクレアの言葉にミランダは引っ掛かった。
「それってどういう意味? 病気ならライジングディジーズで治るんじゃないの?」
ミランダの素朴な疑問にクレアは首を横に振った。
「ライジングディジーズは難しいのです。
なんというのでしょう。
ライジングディジーズで治る人と治らない人がいるんです。その違いが実は良くわかっていないのです。
それにライジングディジーズやポイズンリフレッシュはその病気や毒がどんなものかをイメージできていないと効果が薄いんです。
だから治療師さんは患者さんの容態とか、どのような経緯で病気や毒にやられたかを調べて判断する教育や訓練をしています。
私はまだ勉強不足で……」
つまり、細菌でお腹が痛いのか、細菌の出した毒素でお腹が痛いのかとか、ヘビなのかクモの毒なのかとかをちゃんと見極める必要がある、ということかとミランダなんとなく理解した。
「……思ったより、魔法って面倒くさいのね」
そう呟いた後、ミランダは3人の顔を一度見て言った。
「ところでそろそろ、ここから逃げる方法を考えましょうか」
○○
「うががぁ」
「きしゃあ」
襲いかかってくるゾンビをチューレとラボーは慣れた手並みで盾で防ぎ、切り捨てた。
「頭を狙え。或いは足か手だ。手加減するな反撃を許すな」
ランハートは冷静に指示を飛ばす。
王子一行は最初は戸惑ったが大分冷静に対処できるようになっていた。
動きは早いがリビングデッドに対する対応は同じだ。頭を破壊するか、手足を切断して無力化すれば良い。
相手が痛みや恐怖で怯む、と油断するから手痛い反撃を受けるのだ。
それがなければ厳しい訓練を積んだ自分の部下たちががむしゃらに突っ込んでくるだけの相手に遅れをとるなどあり得ない。
そうランハートは自信を深めていた。
「おい、大丈夫か?」
背後で声がしたので振り返る。
エイジェスがうずくまっていた。
「どうした?」
「すみません。エイジェスの奴が足が痛むらしくて」
ランハートの問いにマグルが答えた。
「エイジェス、怪我をしたのか?」
「は、はい、先ほどの混戦で少しばかり足を……」
エイジェスは額に玉のような汗を滲ませながら答えた。
「相当悪そうだが、痛むのか」
「いえ……それほどでも……ありません。大丈夫です」
とても大丈夫そうには見えないが、とランハートは思った。
ここは一度休憩を入れてエイジェスの手当てをすべきと思った。その時だ。ラブト王子の不機嫌そうな声が飛んできた。
「なんだ? どうした?
なにをグズグズしている」
「はっ、すみません。
少し、エイジェスの手当てをしたいと思います」
ランハートの答えに王子は眉間にしわを寄せた。
「なにを言っている。こんな危ないところで待てと言うのか?
一刻も早く僕を安全な所へ連れて行くのがお前たちの役目だろう。
足手まといなら置いて行け」
「し、しかし……」
ランハートは口を閉ざした、エイジェスが腕を引っ張り首を横に振ったからだ。
「大丈夫です。行けます」
エイジェスの声は少し震えていた。
ランハートは軽く頷くと小さな声で言った。
「すまんな。安全なところへ行ったらすぐに手当てをする。それまで頑張れ」
□■
「色々な状況を分析した結果。わたしはここに残るよ」
とシエスタは言った。
「なんですってぇ〜!!」
シスレーが大声を上げて立ち上がった。
「あー、うるさいな君は。声が大きいよ」
「当たり前です!
先輩が分けのわからないことを言い出すからでしょう」
「わけならある。
わたしは足が悪い。
走れない。
杖を使うから音もうるさい。
どう考えても足手まといだ。
だからわたしは残る。
それが最適解だ」
「残ってどうするつもりですか?」
「幸いここには水や多少の食べ物がある。
二、三日は問題ない。
だからみんなで逃げて、助けを連れて戻って来てもらえば良い」
「なら、僕も残ります!」
「いや、断る。
君が残ったらわたしの食料が減るじゃないか」
「じゃあ、食べません」
「わけのわからんことを……」
「わけわかんないのは先輩の方です!」
シスレーはぷいっと横を向いて頬を膨らませた。
そこにクレアがおずおずと手を挙げて言った。
「わたくしも反対です。
シエスタさんを置いていくなんてできません」
シエスタは、なんでわかってくれないかなぁ、とため息をつくとミランダの方へ顔を向けた。
「ミランダ様、あなたが決めてくれ」
「えっ? なんで私?」
突然振られてミランダは面食らったように答えた。
「あなたが今一番この状況を正確に理解できている気がするからです。
私たちが知らないことをまだたくさん知っている……なんとなくそんな気がするからです」
うっ、と、心の中でミランダは呻いた。
なんとなく見透かされいるかも、と、驚きもした。
「そんなことを決めろって言われても私には……」
荷が重い、と言いかけてミランダはその口を閉ざした。
3人の視線が自分には注がれていたからだ。
ミランダは目を閉じ、記憶を探る。
この手の話で残った者の運命は大抵同じだ。
戻ってこれるなんてほとんどないし、戻ってこれても、変わり果てた姿を目撃するだけ。
どれもこれも後味の悪い終わり方ばかり。
一度、深呼吸をするミランダははっきりした声で宣言した。
「連れていきます」
シスレーとクレアの目が輝き、シエスタは大きなため息をついた。
「はぁ〜、やれやれです。
あなたはもっと合理的な判断ができる人だと思ったのに」
「私たちを助けてくれた理由を聞いた時のこと覚えている?
コーヒーが一生飲めなくなるって言ったのよね。それと同じよ。
上手く逃げられたとしてもあなたを助けに戻ってこれるとは限らない。
戻って来られたとしも、あなたが生きているとは限らない。
そうしたら私たちは一生後悔するわ。
だからみんなで逃げることを考える。
誰も置いては行かない」
「そんなことしたら、助かる者も助からなくなる」
不機嫌そうに呟くシエスタにミランダは笑顔で応える。
「だからみんなで考えましょう。知恵を出し合って、みんなが助かる方法を」
○○
エントランス。
何人もの生徒だった者がふらふらと歩いていた。
「よし。これより円陣を組み、王子をお守りしながら校庭を突破する。互いに守り合い、陣形を乱すな!」
ランハートは部下たちへ激を飛ばす。
一瞬、エイジェスへ視線を向ける。先ほどより具合が悪そうだった。
ランハートはいざとなれば自分がエイジェスのポジションへ入る覚悟を決めた。
「進め!!」
王子を守る円陣はエントランスへ突入した。
途端に生徒たちが襲いかかってきた。
しかし、王子を守る近衛兵たちの守りは固く、生徒たちを薙ぎ払いエントランスを抜け、グランドへと出た。
グランドにはさらに多くのゾンビたちがひしめいていた。
それらが群がるように王子たちの円陣に襲いかかってきた。
「怯むな!
恐れるな!
陣形を乱すな!!」
ランハートは必死に叫び、円陣はゾンビたちの圧に耐えながらじりじりと校門に向け進む。
グランドの半分ぐらいのところに到達した時、エイジェスの体が突然弛緩した。
両手をだらりと下げる。剣と盾が音を立てて地面に落ちた。
「エイジェス、何をやっている!」
いち早く異変に気づいたランハートが素早くエイジェスのポジションへ移動する。
「お前は下がっていろ!」
エイジェスを陣形の中へ押し込み、襲いかかってくるゾンビを必死に押し返し、斬りつける。
と、その首筋に鋭い痛みが走った。
見るとエイジェスが噛みついていた。
「なんだと……?!」
必死にエイジェスを振り払い、投げ飛ばす。地面に投げ出されたエイジェスは直ぐに立ち上がると今度はマグルに襲いかかる。
「エイジェス、なにを……ぐぅあ」
突然、悪寒とともに全身に激痛が走った。体が不規則に震えだし、止められない。視界が暗く狭まる。意識が落下する。
陣形は崩れ、一瞬でゾンビの圧に飲み込まれた。
「ランハート、ランハート! なにをやっている」
遠くの方で誰かが叫んでいるようだ、とランハートは思う。
誰だったか思い出せない。
余り思い出したくない名前だった気がした。
「ああ、来るな、来るな。
僕は王子だぞ。触るな、無礼者たちが!」
必死に叫ぶ者が目の前現れた。
「お、う……じ……」
「ああ、ランハート! 僕を助けろ!」
ランハートは目の前の見知らぬ者の喉笛に噛みつき、噛み千切った。




