7 シエスタ
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「なにをそんな鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている?」
突然、出戻ってきたシスレーに対して、シエスタはコーヒーを啜りながら言った。
と、ドンドンと扉を激しく叩く音がした。
しかし、シスレーは扉を開けるどころか背中を押しつけて扉を押さえた。
「おい、おい、誰か来たぞ。意地悪してないで開けて上げなさいよ」
「リ、リ、リ……」
「リ、リ、リ……?」
シスレーはぶるぶると首を振る、懸命になにかを言いたそうだったが声にならない。
シエスタは意味が分からず首を傾げた。
「リビングデッドです!!」
ようやくシスレーが叫んだ。
「卒業パーティー会場へ行こうとしたらなんか人が騒いでたんですよ。
で、なんだろうと見てみたら、人が人に噛みついていたんですよ」
「人が人に噛みつく……?」
「ビクビク体震わせて、白目で歯をむき出しで、すごい勢いで走ってきて、そのままガブッて噛みついたんです。
それを止めようとしたら、今度はその人にも飛びかかってきて、もう見境いがないっていうか。
そ、それでですね。
その内、噛まれた人も様子がおかしくなっておんなじように周りの人に襲いかかり始めたんです。
もう辺りはしっちゃかめっちゃかです」
「……わけが分からん」
「僕もですよ!
どうしようと思っていたら1人が追いかけてきたから、もう、必死で逃げてきたんですって!」
扉を必死に押さえながらシスレーは状況を説明する。
「すると扉の向こうにはそのリビングデッドがいるってこと?」
シエスタの問いにシスレーはブンブンと激しく同意した。
「へぇ〜、ちょっと開けて見せてよ。見てみたい」
「絶対、お断りです!」
「なんだつまらない。
だけど、おかしな話だね。
走るリビングデッドなんて聞いたことない。
それも噛みついた人も同じようになるってのも……それ本当?」
「ほ、本当ですって!
ね、どうしましょう?!」
「どうしましょうと言われてもね……
状況が見えないからなんとも」
と言いながらシエスタは立ち上がるとテーブルをズリズリとシスレーの方へ動かし始めた。
「な、なにしているんです?」
「なにっていつまでもそうして扉をおさえているわけにもいかないだろう。
こいつで扉を押さえるんだよ」
■
ミランダたちはさらに使用人通路を進んだ。
2人とも無言だった。
とくにクレアは唇を噛み締めるように引き結び、沈黙したままだった。
助けられなかったメイドたちのことを思っているのであろうとミランダはあえて声をかけないでいた。
やがて廊下が終わった。その突き当たりには扉があった。
意を決するとミランダは扉をゆっくりと開けて様子を伺った。
「ここに出るのね」
それは見慣れた廊下だった。左がパーティー会場であった大講堂につながっている。
逆に右は教室がある本館につながっている。
本館の状況がどうなのか分からなかったが、左に行く選択肢はない。
幸い廊下にゾンビたちの姿はなかった。
「右へ行くわよ」
無駄口はなし、と付け加えようかと思ったがミランダは止めた。
2人は静かに歩き始めた。
□
「さ、これで良い。手を離してみてくれ」
シエスタに言われてシスレーはおっかなびっくり手を離した。
扉に接するように設置したテーブルは十分役目を果たしているようだった。
「これでひと息入れられるな。良かったらコーヒーでも飲むかい?」
「あっ、はい。実は喉がカラカラです」
「ならそこにあるから勝手に淹れてよいよ」
「えーー! 先輩が淹れてくれるんじゃないのですか?」
シエスタは片眉を上げる。
「なんでわたしが君にコーヒーをふるまわねばならんのだ?」
「……あー、はい、はい。自分で入れますよ」
「そうか。なら、わたしのもついでにお替りを頼むよ」
「……」
シスレーは無言でシエスタを見詰めたがシエスタは済まし顔で扉を見ていた。
と、ドンドンと扉を叩いていた音が止んだ。
「音……止みましたね」
「うん。止んだな」
「諦めたんですかね?」
「さあ、どうだろう。案外、扉のすぐ外でわたしたちが出てくるのを待っているかもしれない」
「もう! そんなこと言われたら外に出れないじゃないですか」
■
ミランダたちが少し廊下を進むとT字路に出た。
左が玄関に続いている。学園を脱出するのなら左が最短だ。
ミランダは迷わず左を選んだ。
エントランスに接続する所でミランダたちは歩みを止めた。
広くなったスペースに複数のゾンビがいたからだ。
ゾンビたちはゆらゆらとあてもなく徘徊しているように見えた。
会場で見せたような凶暴性は見られない。しかし、それも犠牲者が近くにいないからなんだろうとミランダは思った。
ゾンビたちの射程内に入ったら猛然と襲い掛ってくるのは容易に想像ができた。
「あの密度をかいくぐるのはとても無理ね」
どうしたものかと思案した。
いったん戻るかと考えみたが、戻ったとしても脱出ルートのあてがなかった。
「助けてくれ〜〜!」
唐突に後ろから悲鳴が聞こえ。
振り向くと3人の生徒がミランダたちの方へ走ってくるのが見えた。その後ろにワラワラとゾンビたちを引き連れている。
「ミ、ミランダ様!」
クレアに袖を引かれて前を向く。
理由を聞くまでもなかった。
クレアの肩越しに、エントランスにいたゾンビたちが叫び声につられてこっちに向かって歩き始めているのが見えた。
後ろからはゾンビの大群。
そして前にもゾンビたち。
ミランダたちは気づけばゾンビの挟み撃ちと言う最悪の状況に追い込まれていた。
周りを見回す。
すると2階への階段が見えた。
2階にゾンビがいないなんてことはあり得ない。
出口からも遠くなる。
そんなことは分かっていたが選択の余地はなかった。
「こっちよ!」
ミランダはクレアの手をひいて階段を駆け登る。
2、3人のゾンビたちがミランダたちを追いかけてきた。
「うがあ」
3階からもゾンビが姿を現した。
ミランダたちは2階の廊下へ方向を変える。
2階の廊下すぐのところに扉があった。
ミランダは反射的に扉のノブをひねり、押した。鍵はかかっていなかった。
やった!、と思ったが扉は少し開いただけですぐなにかに引っかかったように動かなくなった。
隙間からテーブルのようなものが見えた。
バリケード?!
誰かが、部屋の内側から入ってこれないようにバリケードを作っているのだ、とわかった。
ゾンビにバリケードなんかは作れないから、中にいるのは人だ。
ミランダは必死になって扉を叩いて、叫んだ。
「開けて、開けて、お願い。 助けて!」
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「そもそもがおかしいのだよ」と、シエスタは言った。
「なにがですか?」
「リビングデッドが走るなんて聞いたことがない。
そもそもリビングデッドというのは放置した死体に悪霊が乗り移って死体を動かしているのだよ。
だから操り人形のような不器用な動きになる。
それに噛まれたからといってリビングデッドになりはしない。リビングデッドになるにはまず死体にならなきゃならないからだ。順番が逆だよ」
「でも、だってそうだったんですから。
やっぱり先輩は僕の言っていることを疑っているんですね」
「違う。逆だよ。
君の言ったことが真実だとしての結論がそれなんだ。
仲間を増やすモンスターとなると、デーモンによる悪魔憑きとか、バンパイアの眷属化が思いつくんだけど、なんか違う」
「あー、でも噛みつかれた奴が同じようになるのってバンパイアっぽいじゃないですか」
「バンパイアのファミリアは魂を変質させる呪いのようなものなんだ。
ポゼッションもそう。
どちらもそれなりに時間が必要なんだよ。それが、君の話によると、ものの数分、数秒でかわってしまっている。
これは……」
その時、扉のノブがガチャガチャと音を立て始めたかと思うと扉が開いた。が、扉はテーブルに当たり、止まった。
次の瞬間、女の悲痛な声が響いた。
「開けて、開けて、お願い。 助けて!」




