6 今、私たちの学園は
「な、なんだ、なんだ。
こいつら、一体なんなんだ」
ラブト王子は会場で暴れまわる生徒たちにパニックに陥っていた。
「王子を守れ!
不穏な奴は一歩も近づけるな」
近衛士隊隊長のランカートの指示で6人の近衛士がラブト王子を中心に円陣を組んだ。
「うがぁ!」
「ごごぐあ」
白目を剥き、泡を吹きながら襲いかかってくる生徒を近衛士たちは必死に撃退する。
「なんだこいつらは。本当にリビングデッドか?
それとも悪魔憑きか。
いや、どちらにしても、クレア様のホーリーライトが効かないはずがない」
周囲を観察しながらランカートは困惑しながら呟いた。
混乱しながらもランカートは必死に出口を探す。そして、この陣形を維持して東か西、どちらかの扉まで行くのが最善だと考えた。ところが
「ランカート! あっちだ!
壇の上の方が安全だ! あっちに僕を連れて行け」
「で、ですが王子……」
ランカートは王子が指し示す壇の方を見た。
確かに一段高くなっているから守りには適している。しかし、退路がない。決して良い判断とは思えなかった。
「つべこべ言うな! 早くしろ。僕を守るのがお前の役目だろう」
従者にとって主の命令は絶対だ。良くも悪くもランカートはそう教育されている。
ためらいは一瞬だった。
「はっ、分かりました。 チューレ!
先に壇に上がって王子をお助けしろ。
総員、少しずつ壇の方へ移動するぞ。
陣形を崩すな!」
チューレは軽い身のこなしで壇に上がると、王子に手を差し伸べた。
その横でランカート自らも自力で壇に上がった。そして、素早く指示を飛ばす。
「ようし、互いに援護しつつ、順番に上がってこい」
ランカートの指示で、近衛士たちは順番に段に上がっていった。
そして、最後に残っていたマグルとエイジェスが壇に登ろうとしたところにゾンビたちが襲いかかってきた。
「うあ」
マグルが間一髪ゾンビの攻撃を手で押さえる。血まみれの女生徒だった。体力的に絶対的に負けるはずがないのにマグルはじりじりと力負けしていく。
歯をむき出した口がマグルに迫る。
次の瞬間。
女生徒ゾンビの頭上半分が後ろに吹き飛んだ。
見上げるとランカートが左手を差し伸べていた。右手には剣が握られていた。
「しっかりしろ。
力自慢のお前が力負けしてどうする」
「す、すみません。しかし、信じられない力で……」
「まあ、よい。早く上がれ」
ランカートはマグルを引き上げる。
ちょうどエイジェスもゾンビを蹴り飛ばして壇に上がったところだった。
「全員、抜刀を許可する。
王子に危害を加えようとする相手には容赦するな」
そう指示をすると、ランカートはもう一度周囲を見回した。
一段高みに登ったおかげで会場全体を容易に見渡せるようになった。
しかし、さっきより状況が良くなったとは言えなかった。
暴れまわる生徒の数は、明らかに増えていた。
襲われた者は、例外なく――同じ動き、同じ唸り声で暴れ始めている。
「おい、ランカート。これからどうするつもりだ! 早く、どうにかしろ」
王子がイライラしながら言った。
「はっ! し、しかし……」
やはり、壇上は守りには有利だったが逃げるのはかえって難しい。
ランカートは正直困っていた。脱出経路がイメージできない。
その時だ、声がした。
「王子、王子! 奥に扉があります」
ミランダ侯爵令嬢と聖女クレアの2人がこちらに走ってくるのが見えた。
侯爵令嬢の言葉に、ランカートは壇の奥を見た。たしかに扉があった。
「そうか忘れていた。
おい、ランカート、あそこから逃げるぞ」
王子も同じように扉を見つけた。そして、そのまま扉に向かって走り出す。
「ミランダ様たちを待たないんですか?」
「あ? なにを言っているんだ。グズグズするな」
王子は振り向きもしなかった。
ランカートは一度、振り返る。ミランダたちはこちらに一生懸命走ってくるのが見えた。しかし、立場上、王子から離れるわけにはいかない。一瞬、口元をゆがめたが、ランカートは近衛士たちへ命令した。
「移動だ。王子とともにあの扉から逃げるぞ」
ランカートは扉を開け、通路を確認する。リビングデッドの姿も気配もなかった。
素早く通路へ入ると、王子を招き入れる。
後に近衛士たちが続く。
扉が閉められた。
「閉めたら、鍵をかけろ!
あ、あれが入ってこれないようにその扉を封鎖しろ」
ラブト王子が金切り声を挙げた。
「し、しかし、ミランダ様とクレア様がまだ来ていません」
ランカートが進言をする。しかし、王子はさらに言葉を続ける。
「ミランダたちが生きている保証などない。
それより、あれがここに入ってきたらどうする。
僕を守れ。それがお前たちの仕事だろう」
ランカートは心の中でため息をつくと、王子の指示にやはり従った。
「終わったか? 終わったら、さっさと行くぞ。ついてこい」
王子はそう言うと歩き出した。
「お、王子、待ってください。チューレ、ラボー、先導しろ。
マグル、エイジェス、殿を務めろ」
最後尾を歩くマグルが隣のエイジェスに小声で話しかけた。
「おい、お前、足を引きずっているみたいだが、大丈夫なのか?」
「あ、ああ、さっきな。
壇に上がるときに噛みつかれたみたいだ。
ま、大したことはないから、心配はいらない」
王子たち一行は粛々と通路を歩き続けた。
□□□
扉が開くとメガネをかけた少年が一人、部屋に入ってきた。
部屋の真ん中にテーブルが一つ。テーブルの上には何冊もの本が積まれていた。
「先輩。先輩、どこですか?」
その少年はきょろきょろとあたりを見回す。床にも本や紙が散乱していた。
少年は器用にそれらを避けながら、慣れた様子で部屋の中を歩き回った。
時折、本の山や、紙をどかして確認している。
やがて、部屋の片隅にこんもりと山ができているのに気が付いた。
「ああ、またこんなところで寝てる」
紙きれをどかすと、人の顔が現れた。すこし幼さが残る顔立ちの少女だ。
「先輩、先輩。起きてください」
「う~ん……、うん? ああ、シスレー君じゃあないか。どうした?」
「シスレー君、どうした。じゃないですよ。
卒業パーティー会場にいないと思ったらやっぱりこんなところで寝てましたね」
「は? 卒業パーティー……? 今日だったか」
少女は目をこすりながら半身を起こした。そして傍らに置いてあった杖をとり、立ち上がった。
「そうですよ。今日ですよ。忘れてたんですか?」
「ああ、忘れてた。それに、そもそも出る気がない」
「出ない? なんで、先輩、主役じゃないですか」
「あ? 主役じゃないよ。何十といる卒業生の一人でしかない。
それに、わたしなんて出なくても、まあ、誰も気づきはしないよ」
少女は、杖をつきながらひょこひょことテーブルまで歩いていく。
「僕は、気づきましたよ。先輩がいないことに。
それに先輩、意外と知名度高いですから。
なんたって、魔法学会の期待の星、シエスタ・ホーキング。医療魔法の天才!
多分、聖女クレア様の次ぐらいに有名ですよ」
「天才? わたしが? はっ、なにいってるの」
と言いながら、シエスタは自分の右足をちらりと見た。
「……自分の足を治すこともできない。ただのぼんくらよ」
「また、そういう自虐的なこと言う。それ先輩の悪い癖ですよ。
先輩すごい人なんだから。そんな拗ねないで一緒に行きましょうよ。
上手いもの食べ放題なんですよ。しかも、ただ。
僕ら、奨学生に与えられる年に1回の楽しみじゃないですか!」
シスレーの言葉に、シエスタは少しむっとしたような表情をした。
「行かない。行きたければ、君一人で行けばいいじゃないか」
「もう、僕は先輩と行きたいんですって。わかります? その意味」
「……わからないし、行かないって言ったら行かない」
「……ふう。
わっかりました。じゃあ、一人で行ってきます。なんかうまそうなもの見繕って、戻ってきますね」
「お、おい、わたしは別にそんなこと……、行っちゃった……」
答えを待たずにシスレーは部屋を出て行ってしまった。
シエスタは小さくため息をついた。
そして、すぐになんであんなに意固地になって拒絶したのだろうと少し反省をする。
別にシスレーと一緒に卒業パーティーに行くのはいい。
食べたり飲んだりしてもよい。
卒業式恒例の花火大会を二人で眺めるのも楽しいかもしれない。
きっと楽しいのだろう……
けれど、引っかかっていたのは途中に挿入されるダンスタイムだ。
自分の足ではダンスなんて踊れない。
シスレーはきっとそんなことは気にしないだろうけど、わたしなんかと一緒にいるせいで肩身の狭い思いをさせたくはない。
シスレーはあれで女子にもてるのだ。
自分なんかといる必要なんてない。
「ふう。コーヒーでも飲むかな」
寂しくなった気持ちを紛らすためにコーヒーを淹れ、途中まで読んだ身体復元に関する論文を読み始めた。
バタン
急に扉が勢いよく開いた。
見ると、シスレーだった。
顔が青く、目を丸く見開き、荒い息をついていた。
こんなシスレーをシエスタは見たことがなかった。
「……えっ、どうした? 卒業パーティーに行ったんじゃないのか?」
「行きましたよ。行きました。そしたらすごいことになってたんです!」
シスレーは息も絶え絶えにそう答えた。




