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4 悪役令嬢のサバイバル講座

「それは……」


 本当のことを言っても分かってもらえないだろう、とミランダは思う。

 とはいえ、このままクレアがあれをのろのろ動く死体(リビングデッド)と思い続けるのもまずいと思った。

 たぶん、それはいつか致命的になる予感がした。

 だからミランダはゾンビの最低限のルールを教えることにした。

 

「……なにかの本で読んだことがあるのです。

あれはゾンビです。

一般の悪霊にとりつかれてのろのろ動く死体(リビングデッド)とは別のものです。

クレアさんは、あんなに走るリビングデッドなんてみたことないでしょう?」

「……それは、そうなんですけど……」


 まだ、少し納得していない。

 クレアはそんな表情だった。


「ゾンビで一番危ないのは噛まれることです。

噛まれた人はゾンビになります。だから絶対に噛まれないでください」

「……そんな。そんなことが……。

それはヴァンパイアの呪いのようなものでしょうか?

それならわたくしの解呪(リムーブカース)で治せると思います!」

「だからそういうのじゃないんですって」

「……どういう意味です?

つまりわたくし……、信用されていないのですね。

たしかに先ほどのホーリーライトは効きませんでしたけど……」


 しゅんとするクレアになんといえばいいか、ミランダは悩んだ。

 呪いじゃなくウィルスによるものだと説明しても、多分余計混乱するだけだろうとミランダはため息をつく。

 ホーリーライトが効かないのも、クレアのせいではないことをミランダが一番よく分かっていた。

 とは言え、これ以上話をしても時間の無駄だと判断したミランダは話題を変えることにした。


「とにかく! 今は逃げることを考えましょう」


 話題を変えると、持っていたナイフで膝から下のドレスを切り始めた。


「な、なにをされているんですか?!」

「なにって、こんな服じゃ走ったりするのに邪魔でしょう。躓いたら最悪ですよ。

ほらクレアさんのも切ってあげますね」


 クレアが抵抗する前にミランダはクレアのドレスを切り取ってしまった。そして切り取った布を折りたたみ、簡易のバックパックを2個作り上げた。


「す、すごい。そんなことができるなんて思いもしませんでした」

「おばあちゃんが……い、いえ祖母からいろいろ教えてもらったのが役に立ちましたわ」


 素直に驚くクレアにミランダは少し顔を赤らめた。そしてこっそり風呂敷の包み方を教えてくれた前世のおばあちゃんへ感謝した。


「さて、準備もできたので行きましょうか」


 ミランダはそう言うと廊下を歩き始めた。

 廊下には点々と松明が設置されていたので薄暗いが真っ暗ということはなかった。廊下の幅は二人の人間がすれ違えるぐらいで、壁も床もむき出しの石材でつくられていた。


「使用人用の通路なんて使ったことないから、どこにつながっているかさっぱりわからないわ。

クレアさん、わかります?」


 ミランダの問いに、クレアは首を横に振る。

 彼女も貴族であり学園の生徒なので使用人の通用路に詳しくないのは当然だった。

 歩きながら、ミランダは別の質問をした。


「先ほどのホーリーライトですけど、あれは何度でもつかえるものなの?」

「いいえ、あれはとても神の恩寵を使うものなのです。

安全に使うには後1回か2回ぐらいです」


 安全に、という枕詞に引っかかりを覚えながらミランダは質問を続けた。


「そうですか。じゃあ、温存しておくのがよいですね。本当にピンチの時だけ使うようにしないと」

「いえ、全然役に立たなかったではないですか」

「そんなことありません。その場にいるゾンビを一瞬でも動けなくできるのはすごいことですよ」


 ミランダの言葉にクレアは微妙な表情を浮かべた。

 褒められているのか嫌味を言われているのかわからないといった風だった。

 ミランダとしては本当に褒めたのだが、言葉を重ねても今のクレアには逆効果と思えたのでそれ以上はスルーすることにした。


 暫く歩くと、ミランダは手でクレアを制した。

 廊下の壁に扉を見つけたからだ。

 そっと近づくとミランダは扉に耳を押し付けて中の様子を探った。

 特に音は聞こえなかった。

 二人は無言で頷きあうと、扉をそっと開いた。

 ミランダが中を覗いてみる。

 そこは倉庫のようだった。


「誰もいない……みたい。中に入りましょう」


 入ってみれば、そこはやはり倉庫だった。

 棚には飲料用の瓶や缶詰がたくさん置かれている。

 それを見て、クレアは残念そうな顔をした。

  

「これ……コルク抜きも缶切りもないからどうにもならないですね」

「ああ、これね。

こういうのはね……」


 ミランダは無造作に瓶を取るとナイフの柄をコルクに当て、ぐっと押し込んだ。

 するとコルクはスポンと瓶の中に落ちんだ。

 ミランダはそれをクレアに渡す。


「え、そんなやり方が……目からうろこです。でも缶詰はさすがに……」

「缶詰のほうは、こうよ」


 と言うと、ミランダは缶詰を逆さにすると床に金属の縁をこすりつけ始めた。

 がりがりと金属が削れる音がして、その内、缶の中身が染み出たきた。上下を元に戻して、そっと缶の蓋を外す。


「はい、どうぞ」


 缶詰を差し出されて、クレアは目を丸くする。


「ミ、ミランダ様、そんなことをどこで覚えたのですか?」

「え? これも、なんていうのかしら、淑女の嗜み、っていうのかしらね」

「さ、さすがです。さすが、皇太子妃候補です」

「あーー。それさっき、あなたに奪われたけどね」


 ミランダは少し遠い目をする。


「え? なんのことですか?」

「だった、さっき、私はあのクソ……、いえ、ラブト王子から婚約破棄されて、代わりにあなたが新しい婚約者になるって話の流れだったと思うのだけど。

王子に呼ばれて横に並んでいたでしょう」


 ミランダの指摘に、クレアは手と首を同時に振って否定した。


「いえ、あれは王子に呼ばれたからお傍にいっただけで、わたくしもあの時、突然、名前を呼ばれて、なにがなんだかよく分からなかったんです」

「へ? そうなの。てっきりあなたが新しい王子の婚約者だと宣言するのだとばかり……」


 そこまで喋って、ミランダははたと気づいた。

 クレアは本当に何も知らなくて、単に王子の姦計に乗せられるところだったのだと。

 クレアがどう思っていても、公衆の面前で婚約宣言してしまえば、そのまま既成事実として押し切れると考えていたのだろうか。


「まったく、本当のクズだわ」


 ミランダは婚約破棄されて心底良かったと思った。


「ま、あいつのことはもう考えないでおきましょう。

とりあえず喉とお腹を満たしたら、移動しましょう。さっき作ったバックパックに瓶とか缶詰を少し持っていきましょう。

今回みたいな幸運が何度もあるとは思えないから」

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