18 多重詠唱
「ポイズンリフレッシュとボディリカバリーを同時にかけるって?!
ボディリカバリーは最高位の魔法だよ。
それをポイズンリフレッシュをかけながらやるなんて、それこそ無理でしょう」
今度は、シエスタが驚きの声を上げた。そして、続ける。
「それに今、あなたは相当消耗している。
ホーリーライトの詠唱すら耐えられなくなっているのだよ。
そんな状態で多重詠唱なんて無茶したら本当に命に関わる」
しかし、クレアはふるふると首を横に振った。
「わたくしが死ぬとは限らないじゃないですか。
だけど、ミランダさんはこのままなにもしなければ確実にゾンビになってしまいます」
「いや、さっきの話だって上手くいくとは限らない。
最悪、あなたが死んで、ミランダもゾンビになるというケースだってあるんだよ」
クレアはくすりと笑った。
「だから、言ったじゃないですか。
そんなのみんな、くそっくらえ、です。
まだやれることがあるのにやらないと、例え、生き残ったとしてもきっと後悔し続けることになると思うのです。
……大丈夫。
きっとみんな助かります。
だって、わたくし、聖女ですから」
シエスタは暫く、言葉を探すように黙り込んでいたが、やがて小さな声で「そんなのみんなくそっくらえ、か」と呟いた。
「わたしも大概だけど、聖女様も無茶苦茶だ……
いいよ、分かった。
あなたに賭けてみよう。
シスレーも、いいね」
シエスタの言葉にシスレーは無言で頷いた。
「分かっているとは思うけどイメージよ。
ウィルスがなんだかよく分からないけど、ミランダの中にあって増えているもの、それを削除するイメージ」
「分かっています。
その修練は積んでいます。大丈夫です。
ミランダさんの体に悪さするものを根こそぎ除去して、すぐに再生します」
クレアはにっこりと微笑む。
その微笑みも、言っていることも結構怖いな、とシエスタは思ったがなにも言わなかった。
「行きます!
ポイズンリフレッシュ!」
横たわるミランダにクレアは手をかざした。
左手が淡い黄色い光を放った。と、同時にミランダが苦しげに呻いた。
痛みを感じているのだろうか?
それともゾンビウィルスに侵食されていることによる苦痛なのか?
既に彼女の意識が無いため様子を聞くことができない。
それをシエスタは少し残念に思った。
「続いてボディリカバリー!」
今度は右手が眩い白い光に包まれた。
「くっ……!」
クレアの表情が険しくなった。
「大丈夫、クレア?」
シエスタの言葉にクレアは小さく頷くだけだった。
大丈夫でないのはクレアの額からみるみる滲んでくる玉のような汗を見れば分かる。相当な負担が体にかかっているのだ。
だが、シエスタたちにはどうすることもできなかった。
ただ、ミランダの体からウィルスを全て除去するまでクレアの体力が持つことを祈るしかなかった。
「うう……うぁあああ……」
ミランダが苦し気に暴れ始めた。
ゾンビ化が止まらないのか、それとも術自体がミランダの体を傷つけているのか、あるいは回復へ向けての兆候なのか、判断が難しかった。
「せ、先輩、大丈夫なんですか?
治療が効いているように見えませんよ。
クレアさんもかなりきつそうです。
これ、一体いつまで続けるんですか?」
シスレーの問いかけには、さすがのシエスタも答えを持ち合わせていなかった。
彼が言うように一体いつまで術を続けなくてはならないのか、シエスタにもわからない。
クレアが倒れるまで。あるいはミランダが死ぬか、ゾンビになるまで。
最悪、その両方か。
そんな嫌な予感しかしなかった。
「くっ……!」
突然、クレアががっくりと膝を折った。
魔法が中断する。
「クレア!」
「だ、大丈夫です」
慌てて近づこうとするシエスタたちをクレアは手で制する。
胸を押さえつつ、クレアはよろよろと立ち上がった。
そして、両手を広げと再び魔法の詠唱を始めた。
最初は噛まれた足がジンジンと痛むだけだった。
痛みはやがて、凍えるような痺れとなり全身へ伝搬していった。
全身が火に炙られるような熱さと悪寒を感じ始めると今度は激しい頭痛が襲ってきた。
視界が薄い幕のようなものに覆われ、耳に届く音全てが割れ鐘ように歪み、不快になっていった。
そして……圧倒的な飢えと渇きがやってきた。
不快な音を出すもの全てに襲いかかり、食らいついて、飢えと渇きを癒したい。
ただそういった純粋な欲望の奈落に意識がどんどんと落ち込んでいく。
暗い感覚に意識が侵食されていくのをミランダは感じていた。
このまま、どんどんと落ちていき、やがて、飢えと、渇き以外なにも感じなくなるのだろうか。
ああ、これがゾンビの意識か……
ミランダは理解した。
このまま落ちていく。
このまま落ちていき、やがて私という心は跡形もなく消え失せる。
それはそれでも良いとも思えるのが怖かった。おちていくことが心地よくさえ感じられる。自分が自分でなくなるのを嬉しく思えるのが怖かった。
プツンと自分のなにかが切れた気がした。
このまま、落ちていこう、消えてしまおうとミランダは思った。
……しかし、一向に自分の意識が消え去ることはなかった。
いや、いつの間にか落ちていく感覚が消え去っていた。
むしろ、感覚は浮上していくようなものに変わっていた。
悪寒と熱も徐々に消え、浮上している感覚が、どんどんと加速していく。
深い深海から一気に浮上していくような感覚。
飢えも渇きも既にない。
割れ鐘のような音はいつしか自分の名を呼ぶ声に変わっていた。
「……ン……」
「ミ……ンダ」
「ミラ……ダさ……」
「ミランダさん」
「ミランダ! ミランダ!」
ミランダは目を開いた。
目の前にシエスタとシスレーの顔をがあった。
「えっ? 私、どうしたの?」
「大丈夫? 正気? ゾンビじゃないよね?」
「……ああ、そうか、私、噛まれたんだ。
ゾンビになるはずだったんだ……でも、なんで……?」
「その様子なら大丈夫のようだね。
クレアがあなたをゾンビから救ったんだ」
「クレアが……?
でも、どうやって」
「聖女様が、ポイズンリフレッシュとボディリカバリーの多重詠唱って離れ業で治したんだよ。
クレアに感謝するんだね」
シエスタはそう言いながらミランダの視線をクレアの方へ導いた。
しかし、視線の先には床に倒れたクレアの姿があった。
「クレアさん!」
シスレーがすぐに駆け寄り様子を見た。
「大変です! クレアさんが息をしてません!!」
シスレーが叫び声を上げた。




