17 現代知識チートと聖女の矜持
「なんのこと……かしら」
「ああ、今は時間ないからそう言うのはいいの。
そこにあなたが拘るならもういいわ。
あなたが転生者なのかどうかはどうでもいい。
重要なのは、あなたがこの現象についてわたしたちが知らないことを知っているって事実よ」
「なんで私があなたが知らないことを知ってるなんて思うの?」
ミランダの抵抗にシエスタはやれやれと首を横に振った。
「最初からよ。
あいにく私は魔法や魔物の知識についてはこの学園一の天才って言われている。
その私がゾンビなんて魔物、それに近い存在すら知らなかった。それなのにあなたはやけに詳しい。
それがとってもおかしいと思っていた」
「だからそれは、たまたま読んだ本に書かれていたのよ」
「ゾンビウィルスってのもその本に書かれていたと?
でも、さっきそんな話をしてなかったわよね。
つまり知っていたのにあえて秘密にしていたってこと。
なんでって聞きたいけれど、それも今は置いておく。
一番重要なのは、あなたが、これは魔法では治せない、って口走ったことよ。
治す方法がないなら、単に治せないって言うだけで事足りる。
それなのに魔法では、なんて言葉をつけた。
つまりそれは魔法以外でなら治せる可能性を知っているってこと。
さあ、わたしたちには時間がないの。
あなたがゾンビになる前に知っていることを洗いざらい話しなさい。
どんな突拍子もないことを口走っても構わない。
わたしたちはあなたの話をまるっと飲み込むわ。
それに賭けるしかわたしたちには残されていないのだからね」
シエスタに諭されながら、ミランダは考えた。
この話を話題にしなかったのは、要らぬ情報を与え、みんなを混乱させたくなかったからだ。そして、話しても理解されないと、思ったから。
だけど……
ミランダは改めてシエスタを見つめた。
あるいはシエスタなら理解できるかもしれない。そして、仮にシエスタたちが生き延びたとして、その助けになる知識を全て伝えておくのが自分にできる最後の事かもしれない、と思い直した。
「私の元いた世界でもゾンビなんて映画……、絵空事だったわ」
ミランダはゆっくりと話し始めた。
「そんな絵空事の中でよく言われていたのがウィルスによる伝染よ。
だから私は、今の現象はゾンビウィルスによるものじゃないかと思っている。
それでウィルスって言うのは……、なんて言えばいいかしら。目に見えない小さなものよ。
それでコイツらは自分単独では増えることができなくて、細胞、……私たちの体を作っているすごく小さな部品みたいなもののことだけど、とにかくその細胞に入り込んで自分と同じものをたくさん作るの。
その際、ウィルスたちは入り込んだ細胞を壊したり、作り替えたり、毒を生産する。
その結果、人はゾンビという病気になる、と私は思っている」
「病気なら病気回復で治せます!」
クレアが勢いよく叫んだ。しかし、ミランダは首を横に振った。
顔色が青ざめ、額にうっすらと汗がにじんでいた。
「それは、ちょっと期待薄だとおもう。
私の元いた世界の知識と、こっちの世界の魔法の知識を突き合わせるとね、ライジングディジーズっていうのは、人の免疫……、人の体には外から入ってきた悪いものを排除するような働きがあるんだけど、その働きを強くしてくれるだけなんだと思う。
で、免疫っていうのは、悪いものでも初めて見るものにはうまく働かないの。
だからきっとライジングディジーズでは私は治せない、と思う」
「そんなのやってみないと分からないじゃないですか」
クレアはミランダに向かい手をかざす、その手は淡く黄色い光を放ち始めた。ライジングディジーズの魔法だ。
シエスタとシスレーは二人の様子を見守っていた。やがて、ミランダが苦しそうな唸り声で上げた。
「うう、駄目よ。
やっぱり。どんどん気分が悪くなる。
今にも吐きそうよ。
それに寒い。
寒くてたまらなくなってきた。
クレア、離れなさい。いつまで正気を保っていられるか自信がないわ」
「そんな……
なんで、なんで、効かないんですか?!」
クレアは悲痛な叫び声をあげた。
「もういいわ。クレア、あなたはよくやった。もう十分よ」
ミランダの苦し気な声に突然鋭い声がかぶった。
「ポイズンリフレッシュだ!」
シエスタの声だった。
「魔法はイメージだよ。聖女クレア。
人の体がそのウィルスを退治できないっていうのなら、魔法で直接除去すればいい。
つまりウィルスを毒だと考えればいいんだ」
「……なるほど。それなら、その免疫でしたっけ、関係ありませんものね」
クレアの表情が、理解した、という風にぱっと明るくなった。
しかし、その言葉をしゃがれたミランダの言葉が遮る。
「駄目だと思う。
言ったでしょう。ウィルスは細胞に入り込んで、細胞を書き換えちゃうって。
細胞は毒じゃないからポイズンリフレッシュでは除去できない」
「じゃあ、ウィルスが入り込んだ細胞も含めて毒として除去する!」
すかさずシエスタが反論した。
それを今度は、シスレーが慌てて止めてきた。
「いやいや、待ってください、先輩。
そりゃいくらなんでも無茶ですよ。
ミランダさんの話だと細胞って僕たちの体そのものなんでしょう。それを除去するって、それ体を傷ついちゃうんじゃないですか?」
「完全にゾンビ化してしまったら駄目かもしれないけれど、ゾンビ化していない今なら、まだ間に合うと思う」
「先輩らしくないです。
根拠がないです。
ミランダさんが死んでしまわないって言いきれますか?」
シスレーの言葉にシエスタは黙り込んでしまった。
倉庫に重苦しい沈黙が訪れた。
ただ、ミランダの苦し気な喘ぎ声だけが微かに響いた。
ミランダの意識は既に消えているようだった。
事態は一刻の猶予もなかった。
その時、クレアが静かに言った。
「方法はあります」
シエスタとシスレーはクレアへ視線を向けた。
クレアは口を真一文字に結び、視線を二人へ向ける。そして、横たわるミランダへと移動させた。
「ポイズンリフレッシュでウィルスを侵された細胞ごと取り除きつつ、身体復元で除去した細胞を復元させます」




