11 脱出への道筋
「うわっと?!」
ジャンプして、雨どいに取り付いたシスレーは一度ズルリと足を滑らせかけたが、なんとか体を支えることに成功した。
「それじゃ、行ってきます」
態勢を整えるとシスレーは、屋上に向かって登り始める。
それを見送った後、ミランダたちは軽い食事の準備を始めた。
「ところでミランダ様はなんでそんなに詳しいのですか?」
お湯を沸かしているミランダにシエスタは意味あり気な眼差しを向けた。
「え? 何が?」
「ゾンビにです」
ミランダの手が一瞬止まった。
「えっ? ええっとそれはたまたま本で読んだからよ」
「なんの本ですか?」
「な、なんの本って、それは……」
ミランダは言い淀む。
「さぁ〜、なんだったかしら。忘れてしまったわ」
「そうですか。これでも私は様々な魔物や魔法生物に関する文献に目を通しているのですけどね……」
シエスタは疑り深そうな目でミランダを見つめ、言葉を続けた。
「ゾンビなんて初めて聞きました」
「ふ、ふ〜ん。そうなの……そういうこともあると思うわ」
「そういうこともある、ですか……
まあ、そういうことにしておきます。
それでさっきの続きです。
わたしの足の話を少しします。
子供の頃に高熱が出て、その後足が動かなくなりました。ポイズンリフレッシュやライジングディジーズを使っても治りません。
唯一効果が見られたのは神聖魔法の身体復元でしたが、これも上手くいきません。一時的に回復するのですがまた、足が動かなくなるのです。
わたしは自分の足を治したいためにずっと研究を続けているのです」
ミランダは黙ってシエスタの言葉を聞いていた。余計なことを言ってボロを出したくなかったからだ。
構わずシエスタは独り言のように言葉を続ける。
「調べて見ると、私と同じような症状を示す人は結構いました。
そこから、私はこれを病気の一つだと思っています。
ではライジングディジーズでなぜ足が治らず、ボディリカバリーだと一時的であれ治るのか?
それはつまり、わたしのかかっているのは足が動かなくなる病気ではなくて、病気の副次的結果で足が動かなくなっている。
これが今のわたしの仮説です」
「それ、講習で聞いたことあります。
根本原因を取り除かないからボディリカバリーをかけてもまた元に戻る、と言う学説ですよね」
反応したのはクレアの方だった。
「それ、もしかしてシエスタさんが提唱されたんですか?」
「そうです。大分前ですけど」
クレアは、そうなんですかぁ、と尊敬の眼差しでシエスタを見たが、すぐに少し声をひそめた。
「でも、その根本原因がよく分からないとか。
どんなにライジングディジーズやポイズンリフレッシュをかけても改善しないから、学説自体が疑問視されている……」
「そうですね。
いま栄養素欠乏説と激論中です」
栄養素欠乏説と聞いてミランダは脚気を頭に思い浮かべた。
「今回の事例は、未知のなにかが体に悪さをしていると確信しました。
だって噛まれてすぐに栄養が欠乏するなんてちょっと無理があるでしょう?」
「確かにそうですね。
でも、そもそも毒じゃないとするとなにが悪さをするんでしょう?」
「それが謎なんですね。
わたしは寄生虫とかを疑っているんですよ」
「寄生虫ですか? 寄生虫ならポイズンリフレッシュで殺せますね」
「えっ?! ポイズンリフレッシュなの? ライジングディジーズじゃないの?」
ミランダは意外そうに小さく叫んだ。
「ポイズンリフレッシュをかける時に体の寄生虫を毒とイメージするんです。
そうすることで寄生虫を患者さんの体から排除するんですけど、うまくイメージできないとなかなか効果が出ないんです。
ああ、そうすると今回のも寄生虫の仕業だからうまく魔法が効かなかったってことですか?
噛まれたことで寄生虫が体に侵入したということでしょうか?」
クレアは興味津々、といった風に質問する。
「あるいは寄生虫とは違うものかもしれない。
最近、顕微鏡という小さなものを見る道具が発明されたんのですけど。
世の中には寄生虫よりもっと小さな、目では見えない生き物がたくさんいるらしいですよ。
わたしの病気も、今回のゾンビもそれが原因じゃないかって思うんです。
ミランダ様はどう思われます?」
「え? 私?」
突然話題を振られて、ミランダは驚いた。
おおむね正解とは口が裂けても言えなかった。
きっとゾンビウィルスが原因で、それらが遺伝子を変質させているんだ。
なんて思っているけど、ウィルスだとか遺伝子とか言ってもきっと理解はしてくれないだろうと考える。
いや、シエスタなら理解できるかもしれない。
人懐っこい目で見つめてくるシエスタの顔を見て、ミランダはちょっと迷った。
しかし……やはり、語るリスクを考えないわけにはいかなかった。
「さあ……、私にはよく分からないわ。
でも、そういうものがあるかもしれないわね」
「な、ことあるのか!」
命がけで屋上へ上ったシスレーは目の前の光景に悪態をついた。
船着き場から、黒い煙が空に向かって立ち上っているのが見えた。




