強者の心構え
訓練用の剣を手に汗を流していると、力比べが行われている舞台から声が聞こえてきた。
勝者への歓声、敗者への健闘をたたえる声。
素晴らしい試合を見せてくれたことへの、感謝の声だ。
「試合が終わったみたいだね~。次はアタシたちの番だけど、準備は万端~?」
共に体を動かし、これから戦い合う相手であるレッカさんが、声をかけてくる。
額にはうっすらと汗をかいているものの、呼吸にも声にも乱れがない。
ブラックドラゴンとして鍛錬を続けているだけあり、彼女の体力はかなりのものとなっているのだろう。
「ええ、体も良く温まってきました。舞台へと向かいましょうか」
竜の姿から人の姿へと変化したことにより、私の戦闘能力は大きく変化をしてしまったが、神族の皆を封印から解放し、一人で旅をしてきた経験があるため、並の人々とは一線を画す実力があるとは思っている。
だが、英雄として認められるだけの力へと至っているのだろうか。
レイカちゃんたちと共に戦うだけの力を手に入れられているだろうか。
レッカさんと力比べをすることで、私の真の実力が分かってくるかもしれない。
彼女と共に舞台へと向かい、力比べのルールを確認する。
ルールと言っても難しいものは全く無く、相手の命を奪わない、舞台から落ちたら強制的に敗北、ただそれだけだ。
相手の意表を突くこと、遠距離からの攻撃を禁じられてはおらず、力比べと銘打ってはいるものの、対人の戦闘に限りなく近いと言って良いだろう。
「敗北を認める言葉を言うか、気絶しても負け。分かりやすくて良いでしょ?」
「ええ、自身の実力を知るには、もってこいの形だと思います」
微笑みあった後、舞台へと上がり、剣を構えて対峙する。
その瞬間、背筋がゾッとするような感覚が。
瞳に映る二本の小刀を構えた女性は、先ほどまで友好的だった人物とは全くの別人と感じてしまうほどの威圧感を発していた。
戯れではないことは理解していたが、こうも気配が変わるとは。
気を締め直し、静かに戦いの合図を待つ。
ほんのわずかな時の流れだというのに、長大であると錯覚してしまうほどの空気の中、私とレッカさんの体が動き出す。
力比べの立会人が合図をすると同時に、私たちは戦いを始めた。
お互いがお互いに突進していく中、私は剣で突く構えを取る。
それを見たレッカさんは足を緩めることはせず、左手に持つ武器で剣先を弾きつつ、右手に持つ武器を横なぎに振るってきた。
飛び退る形で攻撃を交わしつつ、構えを変更する。
剣を右手だけで持ち、左手は自由な状態へ。
二刀流への攻め方の基本は、相手の懐に入ることだ。
しかし彼女は小刀の二刀流であるがため、最接近することが非常に難しい。
無理に相手の懐で戦うのではなく、軽く距離を離しながらの戦いをしたいところだが、彼女も彼女で自身の苦手をよく理解しているようで。
「下がったって無駄だよ!」
距離を取った私が何か手を打つ間もなく、レッカさんは懐に突っ込んでくる。
右と左から繰り出される乱撃は防御するには耐えがたく、かといって離れることも許されない。
これほどまでに忙しいと、魔法を使うのも難しそうだ。
体力切れを狙うにも、鍛錬の日々を繰り返してきている彼女への対策としては、無理があるだろう。
「アッハッハ! こ~んな長く耐えられちゃうのは、村長と力比べした時くらいだよ! やっぱり、ラクリマおね~さんもつよつよだね!」
「レッカさんこそ! こうも攻めさせてくれないなんて、戦いづらくてしょうがないよ!」
剣を振ろうとしても左の小刀で弾かれ、隙を狙って右の小刀が攻撃を仕掛けてくる。
長期戦は不利になってしまうので攻め込みたいところだが、乱撃を繰り出され続けられてはどうしようもない。
私たちの戦いを見守る人々も、レッカさんがこの攻防を攻め切るだろうと思っているようだ。
機会はしばらく訪れないと思っていたが、彼女が相手であれば本気を出してみるのも良いかもしれない。
「ふふん、そんな攻撃弾いて――え!? ウッソ!?」
レッカさんの驚く声と共に、彼女の体は宙に浮いた。
攻撃偏重がゆえに足元の警戒が疎かかと言うと、けっしてそんなことはない。
フェイントを交えての足さばきをするなど、隙が無いに等しかったが、一点だけ、致命的な部分があった。
彼女の二刀による攻撃速度は凄まじく、かなりの実力者であろうと、対策を打つ間もなく乱打に倒されてしまうだろう。
しかし、その乱打には一定の規則があり、毎回必ず同じ攻撃を仕掛けてくることがあった。
そのタイミングを狙って彼女の手首をつかみ、引き寄せる形で足元を崩せば後は簡単。
姿勢を崩した際の力を利用すれば、鍛え上げられた彼女の体であろうと宙に浮くと言うわけだ。
「はああああ!」
レッカさん目掛けて飛び上がり、剣を振るう。
彼女もまた二本の小刀を交差させる形で防御をするが、ここは空中のため、踏ん張りなど効くわけがない。
彼女は弾き飛ばされ、背中を草の地面に叩きつけられるのだった。
「せ、背中痛い……! う、うう~! まさか、あんな一瞬で勝負を決められちゃうなんて~!」
それなりの勢いで地面にぶつかったはずだが、さすがはブラックドラゴンだけあり、レッカさんはすぐさま跳ね起きる形で大地に立つ。
そして、舞台へと飛び上がってくると、私の手を握ってこう言ってくれた。
「強い人なんだろうなって思ってたけど、ここまで強かったなんて! アタシと戦ってくれてありがとう! ラクリマおね~さんと戦ったおかげで、アタシはもっと強くなれそうだよ!」
レッカさんが私に称賛の言葉を送ってくれると同時に、私たちの戦いを見守っていた人々からも歓声が上がる。
彼らにも頭を下げて感謝を伝えていると、ルビーさんが微笑みを浮かべている姿が見えた。
次は自分と戦ってほしいと詰め寄ってくるブラックドラゴンたちを躱しつつ、彼の元へと向かい、総評を聞かせてもらうことに。
「戦闘技術に関して問題なし、相手の特徴を見抜き、攻撃に転用する観察眼も十分だよ。相手が格下だからと言って、油断している様子もなかったし~」
「か、格下って……。いくら何でもその言い方は……」
「本気、ほとんど出してなかったでしょ~? まあ、聖獣である君が本気を出せる相手なんて、同じ聖獣の子たちや僕、あとはソラ君といつも一緒にいる女性の剣士くらいなんだろうけどさ~」
ルビーさんの言う通り、先ほどの戦いで完全に本気を出すことはなかった。
紛れもなく、レッカさんは実力者なのだが、聖獣である私と彼女の間には埋めがたい差があるのだ。
「君は肝心な時に驕っちゃう部分があるからね~。天災の時もそうだったって言ってたし、君が暴走した時も、ソラ君にその隙を突かれて負けちゃった。その部分が今回の戦いではなかったのが、評価に値するね~」
「そう、ですね……。私が一人で全てを成せば、私がやってあげれば、そういう考えを持っていたがゆえに、私は敗北してきました。でもやっと、やっと、それではダメだと、ソラ君たちとの交流で気付けましたよ」
先ほどのレッカさんとの戦いも、かつての私では恐らく負けていたはずだ。
相手は力が弱いから、私にはどうやっても届かないから、私が思考停止をしている間に皆は思考を続け、私を越えようと努力する。
その果てに隙を見つけられ、負けてきた。
「強者はね、負けちゃダメなんだよ。後ろにいる人たちの士気を下げることになるし、敵対者が自分しか戦えない存在だったら、太刀打ちができなくなるからね。でも、強者が助けを求めるのは構わない。助けを求められた側も、嬉しくなるでしょ?」
「ええ。強者に求められたと、嬉しくなります。士気も大きく上がっていき、成すことが難しいことも、成せるようになるでしょうね」
もう一人の私――バハムートは、私との戦いの前に、ソラ君たちからの協力を受け入れた。
彼らはきっと、それが嬉しかっただろうし、心強かったのだろう。
「今度は私もするよ。ね、バハムート」
胸に手を置きつつ、私の心を支えている光に声をかける。
声に呼応するかのように心は跳ね、口角がゆっくりと上がっていくのだった。




