故郷を訪れる聖獣
ザクザクと小気味よい音が響くたび、履いている靴を通して冷気が肌を冷やす。
呼吸をするたびに口元からは白い煙が吐き出され、代わりに冷たい空気が肺へと流れ込んでくる。
私がいまいる場所は、アイラル大陸の雪道。
アヴァル大陸から乗れる船、レジナ・ウェントゥス号がたどり着いた土地であり、私の故郷だ。
「ふぅ、寒いなぁ……。これならプルイナ村で一泊して、温泉でしっかり体を温めてからの方が良かったかな……」
防寒対策はしっかりしているというのに、そういう意味では人の体は厄介と言うか面倒だ。
聖獣の時の姿であれば、この程度の寒さは何ともないどころか、超高空の凍てつく空気であろうと活動に問題はなかったのだから。
現在の体の方が私には合っているのだが、かつての対応能力ももう少し欲しかったところだ。
小さな不満を溜めこみながら歩き続けていると、瞳に集落の姿が映り込む。
家屋の数はそう多くなく、村と言うよりは集落と集落を繋ぐ中継地点に近いだろうか。
「あれは――うん、間違いなくステリア村だね。ずっと昔はそれなりに規模のある村だったのに、ちっちゃくなっちゃったなあ……。それでも、現代まで残っていてくれて嬉しいな」
かつての私の故郷――ステリア村は、様々な種族が暮らす集落だった。
巨大大陸が分割された影響で各種族たちも村から離れることになり、人口が大きく減少してしまったのだろう。
それでもあの村が現代にまで残り、わずかながら人々も暮らし続けているのは、どういった理由があるのだろうか。
「やっぱり、ちょっと怖いな。数年、数十年ぶりなんかじゃ済まないほどの時間が流れちゃったから、知っている人はもういないのに……。どんなふうに変化したのか、知るのが怖いって思っているってことだよね……」
知ることを目的に旅を続け、私という存在にたどり着いたソラ君たちも、知ることを恐れたことがあると言っていた。
彼らが成し、見てきたことに比べれば、私の恐怖など小さいものではあるが、やはり怖いものは怖い。
こういった時、彼らはどのようにして克服したのだろうか。
「そこな旅をしているお嬢さん。このようなところで足を止めてしまえば、凍えてしまいますよ」
聞こえてきたしわがれた声に振り返ると、そこには一人の老婆が。
白い髪、白い角を有しているところを見るに、ホワイトドラゴンの方のようだ。
ホワイトドラゴンは、知識を深めるための旅に出るという文化があるため、集落から離れた場所で姿を見かけるというのは、老若男女問わずによくあること。
しかし彼女は、これといった装備をしている様子がない。
代わりにかごを手に持ち、それに山菜が詰め込まれているところを見るに、恐らくはステリア村の住民だろう。
今宵の食材を用意するため、村から離れていたのだろうか。
「ええ。お察しの通り、山菜を集めておりました。今日は珍しく冷えるものですから、温かい鍋にでもしようかと思いまして」
「寒い空気で体が冷えた中、温かい料理を食べる、ですか。ふふ、想像するだけでお腹が空いてきちゃいそうですね」
ステリア村で暮らしていた時は、グーラおばあちゃんが良く鍋を作ってくれた。
寒い中を遊びまわった後に家に帰り、火が付いた薪の上に黒鉄の鍋が設置され、その中に入れられた数々の食材と、出汁が効いたスープがぐつぐつと音を立てる。
それを間近で見つめながら、よだれを垂らしたところをアヴァおじいちゃんに見られ、笑われた記憶が蘇ってきた。
「あなたはヒューマンの旅人のようですが、ここまではお一人で?」
「え、ええ。一人で各地を旅しているところです。この大陸には、数日前にやって来たばかりなんですよ」
「あら! たったの数日でここまで来てしまうとは、中々に健脚なのですね。今夜の宿にお困りかは分かりませんが……。よろしければ、私の家に泊っていきませんか?」
老婆からの提案を聞き、大きく驚く。
ステリア村は小さな村ではあるが、宿屋がないわけではない。
むしろ集落同士を繋ぐ中間拠点として存在しているため、そういった機能は充実している方と聞いているほどだ。
それに加え、見ず知らずの旅人を自宅に招くのもどうなのだろう。
ホワイトドラゴンは知識に飢えているからと言っても、あまりにも無防備ではないだろうか。
「普段であればこのような提案をすることはないのですが……。ステリア村を見つめるあなたの後ろ姿を見ていたら、なぜだかこうしなくてはと思ってしまいまして。共に暮らす家族はいない一人暮らしですし、話相手のいない老人を助けると思って、どうでしょう?」
「私の話でご満足いただけるかは分かりませんが……。本当によろしいのですか?」
これから先も旅が続く以上、出費を抑えられるのはありがたい。
笑顔を浮かべ、ゆっくりとうなずいてくれたおばあさんの後に続き、ステリア村に続く道を歩みだす。
穏やかな会話が続く中、私はついに故郷へとたどり着くのだった。
故郷へ足を踏み入れると同時に、私はゆっくりと首を動かして集落の様子を見つめる。
知っている建物、人は一つとして存在せず、道の形も大きく様変わりしているところを見るに、私の知るステリア村はもうない。
遥かな時が過ぎ去ってしまっているので当たり前ではあるのだが、言い表しようがない寂しさが心を包み始めた。
「……以前にこの村を訪れたことがあるのですか?」
「え? ど、どうして突然、そのようなことを……?」
「いやなに、あなたが村を見つめる姿が、かつてを懐かしみ、そして、変わったことを寂しく感じているように見えましたので。この村も様々な種族の方々が訪れるようになり、わずかながら賑やかになりましたからね」
改めて村の様子を見てみると、そこにはホワイトドラゴンだけでなく、他の大陸に暮らす種族の方々の姿が。
おばあさんの瞳には、私がこの光景を見て、変化を寂しがっているように見えたようだ。
「あら? あなたはヒューマンなのですから、初めてこの村を訪れたのは三年前。それより前にやって来てくれた、ヒューマンの調査団に所属していたのであれば、最大でも五年振りということになりますが……?」
「え、ええっと……。調査団の方に私の知り合いがいて、その方からいろんな話を聞いていたんです。かつてを懐かしむように見えたのは、その辺りが原因かと……」
遥か遥か昔のステリア村に住んでおり、村を離れて以来の帰郷と言っても、信じてくれるわけがなく、余計な混乱を招くだけだろう。
嘘は言っていないものの、あまりにも無理がある言い訳となってしまったが、おばあさんはある程度の納得をしてくれたようだ。
念のために口数を減らしつつ彼女の後に続くものの、やはり視線は村へと向いてしまう。
故郷の現在を知りたいという心は、どうしても止められなさそうだ。
やがておばあさんの歩みは、一軒の建物の前で止まる。
かやぶき屋根の、木造の家。
かつて私が暮らしていた家と全く同じ造りの建物に足を踏み入れ、冷えた体を囲炉裏のそばで温めながら、おばあさんの歓待を受けるのだった。




