海を行く聖獣
「アイラル大陸が見えてきたぞー!」
甲高く鳴り響く鐘の音と共に、目的地到達を知らせる声が聞こえてくる。
私がいまいる場所は、アイラル大陸へと向かうための船――レジナ・ウェントゥス号の船室内。
寝転んでいたベッドから起き上がり、体を伸ばしつつの欠伸をしながら、壁際に立てかけておいた剣の元に向かう。
それを背負い、纏めておいた荷物を肩に持ち、外へと繋がる扉を開く。
眩い光に顔をしかめていると、潮風が鼻をくすぐった。
小さく揺れる木の板の上を進み、青い海原の先へと視線を向けると、そこには確かに陸地の姿が。
まだまだ見える範囲は少ないが、間違いなくアイラル大陸だ。
「バハムートとして世界を見守っていた時は、空からアイラル大陸を見ていたからなぁ……。こうして真横から見るのは、なんだか新鮮かも」
世界を見守っていた時とは言ったものの、当時は心の奥底でただただ泣いていただけ。
それでも、アイラル大陸付近に来た時だけは泣くのをほんの少しだけ止め、地上を見下ろしていた。
理由は、私が暮らしていた故郷が瞳に映る大陸に存在していたからだ。
正確に言うと、かつて存在した巨大大陸の、アイラル大陸として分割された土地にあった集落が故郷と言うべきか。
つまりは、他の大陸以上に思い出深い土地なのだ。
それでも、故郷に近づけば近づくほどに恐怖と不安が膨らみ、目を逸らしてしまった。
天災を振り払えなかったことによる負い目が、故郷に行きたい、もう一度見てみたいという想いをも覆い隠してしまっていたのだ。
「故郷を見てこよう。謝れる人たちはもういないけれど、せめて慰霊だけでもしよう。今度こそ、天災を乗り越えると伝えてこないとね」
じっと、ただひたすらじっと、近づいてくる故郷を見つめ続ける。
そのせいか、船に近寄ってくる気配に気付くことができず――
「うおっと! モンスターの襲来だ! 動ける奴は、乗り込んできたモンスターたちを追い出してくれ!」
危機を伝える声に振り返ると、レジナ・ウェントゥス号の甲板には、複数のモンスターたちが乗り込んでくる姿が。
海に適応したスライムに、大きな魚のモンスター。
各々の武器を取り出しつつ、様々なモンスターたちに向かって行く人々に、荷物を持って船室へと逃げ込む人々の後ろ姿。
航海の安全を守ろうとする人々に笑みを浮かべつつ、背負う剣に手を伸ばす。
海から飛び出してきたモンスターを、剣を抜き取りつつ弾き飛ばし、戦いが行われている舞台に飛び込んでいく。
危機に陥った人々を救助しつつ、かといって、役目を奪いすぎないように。
守りを中心に行いつつ、モンスターの掃討を続けていく。
乗り込んできたモンスターたちは徐々に数を減らしていき、七体、三体、残り一体となったその時。
船の左舷側から、突如として大きな波しぶきが立ち上った。
その中から現れたのは、海蛇のモンスター――シーサーペントだ。
レジナ・ウェントゥス号自体がかなりの大きさを誇る船だというのに、シーサーペントは船の縁を余裕で越える高さで頭部を揺らめかせている。
胴体部分は海中に存在してなおこの大きさから、かなりの巨体を持つ個体と考えた方が良さそうだ。
「今日はずいぶんと賑やかな日だな! 船の舵はこのままを維持! 戦闘員は、追い払うことを中心に行動しろ! 船体を傷つけさせるなよ!」
指示を受けた戦闘員たちは、海に暮らすモンスターたちが苦手とする、雷属性の攻撃を中心に繰り出していく。
いくら巨体を持ち、強大な力を持つ存在でも、苦手なものは苦手。
シーサーペントは強力な攻撃を繰り返しつつも、少しずつ船から離れ始めた。
このまま距離を取ってくれるだろうと、誰もが思いかけたその時。
「な、なあ、シーサーペントの奴、口に水を溜めてるみたいだぞ……?」
「水を溜めている……。奴の狙いはそれか! 取舵いっぱい! シーサーペントに船首を向け、防御態勢を取れ!」
回避は不可能と判断され、船首はシーサーペントへと向けられる。
無理に距離を取るようにすれば、船尾や船腹に攻撃を受け、航海不能な状態に追い込まれてしまう可能性があるので、この指示は正しいと言えるだろう。
だが、巨体が溜め込む海水は既に膨大な量となっており、それを一度に一気に吐き出すとなれば、いくら船首を奴に向けて防御姿勢を取ったとしても、被害は免れない。
恐らくレジナ・ウェントゥス号は大きく傷つき、乗組員たちの命に関わる事態に陥ってしまうだろう。
「このままじゃダメ……。私はどうすれば、みんなを守れる……? ソラ君は、どうやってレイカちゃんたちを守ってた……?」
ソラ君は自身に防御魔法を使用し、己の身を盾にする形でみんなを守っていた。
けれどそれだけでは、私の、聖獣としての力を振るっていた時の攻撃を耐えきることは、とてもできない。
だから彼は、スターシーカーを利用して私から取った魔力を自身に付与し、より強力な防御魔法とした。
でも本当にそれだけなのだろうか。
それだけで、私の攻撃を防げるだけの防御力を生み出せるのだろうか。
「分からないけど……! 私は、私ができることをする! 英雄の剣の力を――スターシーカーの力を信じて!」
スターシーカーの機構を解放し、一連の戦いで得た魔力を防御魔法に変換して自身に付与する。
私の周囲には青白い防御壁が出現したところを見るに、一定以上の防御効果を持つ魔法として発動できたようだ。
あとはシーサーペントの攻撃と、レジナ・ウェントゥス号の間に割り込めば――
「く……! うわあああ!?」
シーサーペントの放水攻撃にぎりぎり間に合い、レジナ・ウェントゥス号や乗組員たちへの被害を防ぐことはできたもの、完全に抑え込むことはできず、吹き飛ばされてしまう。
このままでは海に落ちてしまう軌道だが、体は問題なく動くし、継続して魔法を使うことはできる。
自身の背中側に風の魔法を設置し、それを発動する形で船の上へと戻る軌道にしてしまえば問題ない。
狙いは無事に成功し、ケガをすることなく甲板へと帰還する。
船首の攻防が行われていないところを見るに、シーサーペントは海へと隠れ、どこかへと去ってしまったようだ。
「おいおい、嬢ちゃん! 大丈夫か!?」
戦いが一段落し、緊張した空気が柔和していく中、船首から乗組員の方々が戻ってくる。
シーサーペントの攻撃を防いでいるところを間近で見ていたため、心配させてしまったようだ。
「え、ええ……。思ったよりも攻撃の威力が大きくて弾き飛ばされちゃいましたが、ケガはしていませんし、着地の衝撃で体を痛めたりもしていません。ご心配していただき、ありがとうございます」
「そうか……。俺たちのことを、レジナ・ウェントゥス号のことを守ってくれてありがとよ。だが、無理をするのはダメだぞ? 航海の安全を守れても、お嬢ちゃんに何かがあれば、乗組員たちの心に傷が付く。それでは真に守れたとは言えないからな!」
私を囲む乗組員たちは、感謝の言葉を述べつつも、心配そうな表情を浮かべていた。
皆を守れても、私が傷ついては意味がない。
守るという行為は言葉では簡単に思えるが、実際のところはかなり難しい技術のようだ。
「それにしても……。防御魔法を展開した君がシーサーペントの攻撃に向かって行く姿を見たら、あの戦いを思い出したな。ソラという魔法剣士が、強大な――敵でも、モンスターでもないが、それを相手にこの船を守り抜いたことを……。ふふ、なんだか懐かしいな」
魔法剣士の制服を纏う一人の魔法剣士が、私を見つめながら小さくつぶやく。
ソラという魔法剣士、強大な相手、この船を守り抜いたという話から察するに、その相手というのは、確実にレヴィアのことだろう。
断絶されていた異種族たちを繋ぐため、ソラ君たちは彼女と一戦交えたという話は聞いている。
その際に、多くの魔法剣士たちが協力したという話も聞いているので、私と彼を関連付けて考える人もいるだろう。
ほんの少しだけ彼に近づけたかもと考え、小さく笑みを浮かべる。
「船体に損傷がないか、確認を怠らないように! モンスターの襲撃を乗り越えられたから、もうすぐ目的地到達だからと言って、油断をするなよ!」
乗組員たちは、疲れた体を休ませる間もなく動き出す。
やがてレジナ・ウェントゥス号はアイラル大陸の港に無事に停泊し、人や物が雪道を進んでいくのだった。




