聖獣の会談
若干の強風、普段より強い波、空に浮かぶは星ではなく、分厚い雲。
ここは海都ポルト近くにある浜辺。
不安を抱きそうな天候の中、私は波打ち際に座り、漆黒に漏れ出す明かりを眺めていた。
闇の中の光を見ていると、私の中の光がいまどうしているのか、ふと気になってくる。
悲しみに暮れる私の代わりに世界を身守り、動き出そうとした私のことを支えるため、心の中で眠りに就いた彼女のことを。
私がこうして存続できている以上、彼女もまた存続できている。
だが、私に縛り付けられ続けていて良いのか、彼女と入れ替わり、世界を見守ってもらった方が良いのではないだろうか。
「今日はまた、ずいぶんと不安定な天気だね。雨が降りそうに見えて降ることがなく、突風が吹きそうで吹いてこない。普段より波は高いが、決して危険なものでは無い。だが、たまにはこんな天気の中に出てくるのも悪くないか」
声に振り返ると、そこにはどことなく引きつった表情を浮かべるルペスさんの姿が。
彼に笑みを浮かべながら立ち上がり、黒に染まる海へと視線を向ける。
「レヴィアも、こんな天気の中に呼び出されてたまったものじゃないでしょうね」
「かもしれないね。しかも急な会談を願われたともなれば、苛立ちを覚えている可能性もある。いくら彼女が、俺たち人を愛してくれていると言ってもね」
私たちがこの場所にやって来たのは、水の聖獣リヴァイアサン――もとい、レヴィアと会話をするためだ。
彼女と契約を交わしている魔法剣士たちは、定期的に会談を行っていると聞いている。
が、ルペスさんから詳しい話を聞いたところ、それがごく最近にも行われていたとのことだ。
彼が心配そうにしているのは、その辺りが原因のようだ。
「大丈夫ですよ。レヴィアが人に怒りを向けるようなことはしませんし、例え苛立ちを覚えていたとしても、私を見ればその矛先は即座に私に向かってくるでしょうし」
「それはそれで、心配する要素ではあるんだが……。いきなり君たちが戦い始めでもしたら、俺たちにはどうしようもないからね」
さすがにそれはないと苦笑交じりに否定しつつ、海へと視線を戻す。
荒れている水面の遥か遥か先、若干、海が盛り上がり始めているように見える。
旧知の存在が近寄ってきていることに懐かしさを抱き、当時のことを思い返しながらレヴィアが現れるのを静かに待つ。
盛り上がった海はかなりの速度で浜辺へと近寄りつつ、その勢力を拡大させていく。
やがて水しぶきと共に膨らみは砕け散り、その中から――
「まさか、こんな短期間で会いたいと言ってくれるとは思わなかったよ! 今日は何を話してくれるんだい!?」
水色の美しい鱗を持つ、巨大な水蛇が現れた。
嬉しそうな言葉、表情を浮かべながらレヴィアは私たちを見下ろす。
たった二人しかいないことに寂しさを抱いたのか、私の存在に気が付いたのかは分からなかったが、喜びの感情が失せていく気配を感じた。
「……喋りたいことはいくらでもあるが、まずはそこにいるのと話をしないとだねぇ。久しいね、バハムート。いまは確か、ラクリマと名乗っているんだったかい?」
「うん。もう一人の私、光のバハムートが名付けてくれた名前だよ。久しぶりだね、レヴィア。あの時よりずっとずっと、大きな姿になったね」
返事に対してどことなく不機嫌そうな表情を浮かべつつも、レヴィアの尾は小さく揺れていた。
彼女もまた、私という旧知との再会を喜んでくれているようだ。
「急な要請だというのに、赴いていただき感謝します。彼女があなたとの会談を希望していましたので」
「だったら、先にラクリマのことを伝えておいてくれても良かっただろうに。同じ聖獣からの呼び出しだとしても、無視したりはしないよ」
「ふふ、ごめんね。ちょっと驚かせたくなっちゃって。昔のレヴィアとは、だいぶ違うみたいだね」
小さく揺れていたレヴィアの尾が、海を強く叩きだす。
どうやら少しばかり、怒らせてしまったようだ。
「つまんない話をしようってんなら、ここで終わりにさせてもらうよ。ルビア大陸の様子を見るっていう、大切な仕事があるんだからね」
「ごめん、ごめん。懐かしくなったせいか、イタズラしたくなっちゃって。いま私ね、英雄となるための旅をしているの。これからアイラル大陸に向かう予定なんだけど、時間ができたからあなたと話したいなって思って」
「……ふん。最初からそう言えば良いんだよ。アタシだって、アンタと――いや、他の聖獣たちと話したいと思ってはいるんだからね。当時を覚えているのは、神族の方々と、アタシたちだけなんだからさ」
レヴィアの言葉に微笑みを浮かべつつ、過去から現在に至るまでの思い出を語り合う。
聖獣見習いとして鍛錬を続けた日々、天災への恐れと不安、巨大大陸を分割した時のこと、一つの大陸を見守りだしてからのこと、そしてソラ君たちのこと。
どうやら彼女も、ここ三年くらいからの記憶は感慨深いものがあるようだ。
「いくらか加減はしたとは言え、アタシたちに抵抗できるほどの力を人が得たとなれば、嬉しくてしょうがないよ。見守るだけでなく、力を合わせて共に生きていける可能性が上がったってことだからね」
「確かにね。私も、ソラ君たちにはボロボロに負けちゃった。でもそのおかげで、過去を取り戻すっていう望みが絶たれた代わりに、いまを、未来を守るという道があることに気付かせてくれた。気に入らないわけがないよね」
ちらりとルペスさんへと視線を送ってみると、彼はニコニコとした笑みを浮かべ、とても嬉しそうにしていた。
ソラ君たちが褒められたことで、自分のことのように喜んでいるのだろう。
「いまを生きる子たちを見ていると、かつての天災との戦いは、あまりにもお粗末だったってのが良く分かるよ。一人一人の力は、アタシたち聖獣にはどうあっても届かない。でも、協力し合うことでアタシを認めさせ、アンタを越えた。アタシらと人が協力したら、一体どうなっちまうんだろうねぇ?」
「ほんとだよね。天災を越えた先、私たちは何を見ることができるんだろう。不安もいっぱいだけど、いまから楽しみだよ」
私たちが天災を乗り越えられなかったのは、人の力を侮っていたからであり、聖獣という力を過信し過ぎていたからだ。
私は聖獣の力を宿す人となり、行使できる力は大きく減ってしまったが、その代わりに人と歩むことができるようになった。
人として力を蓄えつつ、聖獣との強い繋がりを持ち続けられるということだ。
「ラクリマ、一つ聞かせてくれ。アンタはどんな英雄になりたいんだい?」
「英雄として選ばれたのに、天災を退けられなかった私に、難しいことを聞くなぁ。ソラ君が種族を繋げた英雄に、ナナちゃんは強大な敵を倒した英雄となった。レイカちゃんは天災を砕いた英雄となるんだったら、そうだなぁ……」
背負う剣を取り外し、天に向けて掲げる。
英雄の剣――スターシーカーは、天災を乗り越えるための武器として作られた。
これを真に持つべき者がレイカちゃんだとするのなら、私が持つべき物は何だろう。
そしてそれを手にした時、私はどんな英雄となるのだろうか。
「……まだ、私が求める英雄像は決まってない。でも、やってみたいことはある。それは、レイカちゃんたちを守ること。彼女たちは守るのが不得意みたいだから、私がその役目を担えたらなって思ってるんだ」
「守り、か。過去のアンタとは、真逆の立ち位置だね。時を経るにつれて人が変化していくように、アタシたち聖獣も何かしら変わっていくってことなのかもね」
変わらないなんてものは、何一つとして存在しない。
人が、モンスターが、植物が、集落が、国が、大陸が変化していくように、この星も、果てはどこまでも続く宇宙までもが変化していく。
私たち聖獣も変化し、変わっていく世界に適応していかなければ。
「雑談はこの辺りにしておくとして……。さてさて、それじゃあ人からの話も聞かせてもらおうかね! わずかかもしれないが、話題はあるんだろう?」
「ええ、面白い話もいくつかありますよ。中には、白紙の英雄ちゃんが関与した事柄も……」
ルペスさんはこちらをちらりと見つめながら、私のことを白紙の英雄ちゃんと呼んだ。
白紙、つまりはいかようにも変化ができるということ。
私は、私という白紙のキャンバスに、何の絵を描くことになるのだろうか。
レヴィアとルペスさんの語らいを眺めながら、一人静かに考えるのだった。




