異種族が行き交う街
少し肌寒い湿った風。深く呼吸をして体内にそれを招き入れようとすると、わずかに潮の香りが鼻腔をくすぐる。
現在地は王都ラーリムダから、海都ポルトを繋ぐ街道の上。
オリハルコンを見つけてきたことをイラさんたちに報告した後、次なる鍛錬の場に向かうため、私は一人、旅を再開していた。
「海都ポルト……。レイカちゃんたち魔法剣士の本部がある街、か。アヴァル大陸を覆う渦が無くなったおかげで、漁獲量が大きく上がったと同時に、各大陸からやってくる船を受け入れる港にもなったって言ってたっけ」
カバンからメモを取り出し、ページを繰りながら目の前に見える街を見つめる。
白亜の外壁と、紺碧の屋根。太陽からの日差しを浴び、それらはより美しく彩られ、訪れる者たちを歓迎しているようだ。
この街をあくまで通過点としか見ていない私も、あれらを見つめていると心が高揚してくる。
「魔法剣士ギルドは、港のすぐそば……。あの大きな建物がそうかな。レイカちゃんたちは旅に出てるし、ソラ君も他のお仕事で忙しいだろうから、知っている人はあまりいないかもだけど……。ギルドのマスターさんには声をかけておかないとね」
私の次なる目的地は、アイラル大陸。
この街を訪れた主目的は、目的地へと向かう船に乗り込むことだ。
魔法剣士ギルドに立ち寄る理由は特にないが、後々のことを考えると、有力者と繋がりを得ておいた方が良いのは自明の理。
まあ、魔法剣士ギルドマスターとは既に顔を合わせたことがあるので、親交を深めると言った方が良いかもしれないが。
メモに記しておいた目的を確認した後、カバンへとそれをしまい込み、海都での出来事を想像しながら道を進んでいると、風に交じって懐かしき気配が流れていることに気付く。
気配の出所は、左手側に見える小さな浜辺。
海都からはそれなりに距離がある場所だ。
「レヴィアの気配かぁ……。そういえば、海都そばの浜辺に滞在するようになったって、おじいちゃんが言っていたっけ。顔、合わせるべきかなぁ……」
水の聖獣リヴァイアサン――レヴィアとは、天災が来訪する前にはよく交流をしていた。
次期聖獣としての意見交換や、他愛のない会話、どちらがより深く人を愛しているかの口論など、いま思うと幼稚な交流ばかりだ。
だがそれでも、当時のことを思い返すと、懐古の念が強く湧き上がってくる。
「……たまには、思い出話をするのも悪くないかもね。苦しくて悲しい思い出の中にも、楽しかった思い出はあるはずだから」
何はともあれ、まずは乗船許可を得なければ。
海都への入口を潜り抜け、白亜に染まった街路を港方向へと進んでいく。
一歩を踏み出すたびに潮の香りが強まっていく中、食材が調理されていく香ばしい匂いがわずかに入り込む。
恐らくは、釣り上げられた魚を焼いただけの物だろう。
特にそそられる要素はないはずなのに、私の足は匂いの出所へと向かってしまうのだった。
「らっしゃい! 釣りたて魚の串焼きはいかがかな!」
「アイラル大陸産の魔道具! お二つ、ご購入ですね!」
「アディア大陸の機械とやらに興味があるんじゃが……。ここには売っておらんかのう?」
踏み入れた広場には、小さな露店が複数立ち並び、様々な商品が売り出されていた。
この街の名物である魚料理を筆頭に、各大陸から卸された商品。
それらをヒューマンだけでなく、ホワイトドラゴンやゴブリンたちが販売しているのだ。
「新しきを受け入れるのは混乱の元になりかねないんだけど、この街にはその兆候が見られない。魔法剣士のお膝元なのも理由にあるのかな」
街道を歩き続けたためか、小腹が空いてきたことに気付いた私は、魚の串焼きを一本買い、近くにあったベンチに座ってそれにかぶりつく。
わずかに広がる海の香りと、塩の味、そして内臓の苦みが良いアクセントとなり、まさに絶品。
鱗は当然として、小骨までもが丁寧に抜き取られており、丸かじりをしても全く違和感が湧いてこない。
焦げ付きをカリカリと音を鳴らしながら咀嚼しつつ、街の観察に入る。
露店で商品を買う者たちは、当然ながらヒューマンが数多くいるが、他の種族もそれなりの数存在しているようだ。
いくらこの街が広く開かれた港町だと言っても、世界との交流が始まって三年しか経っていないのに、この変化なのだから驚きしかない。
同時に、この景色を見ていると不安も湧き上がってくる。
人々は再び、争い合ってしまうのではないか、と。
かつての世界では、天災の被害により資源が不足してしまい、人々は種族ごとに分かれて大きな争いを始めてしまった。
当時の私は、天災を振り払えなかったことによるショックで、私自身のもう一つの心を生み出し、その陰に隠れる形で心が壊れきることを防いでいた。
そのため、よく覚えていない部分が多々あるが、一つの巨大大陸を分割する形で争いを食い止めたことだけは覚えている。
世界と人を見守り続けることが、私が私自身に課した役目の一つ。
争いなどが起こって欲しくはないが、いざという時には調停のために動かなくてはならないのだ。
この景色を見ている限り、人の命を、物を奪い合うような争いは、けっして起こらないと思えてしまう。
かつてと同じような進歩を見せるのか、異なる形に進化をしていくのか、それを見守るのが私の役目だが、もしも同じことを繰り返してしまった場合、私たち聖獣はどうすべきなのだろうか。
「そうならないために、ソラ君たちを始め、各大陸の為政者たちが言論を交わしている。裏で見守る立場は、この辺りがどうしても辛いね……」
焼き魚を尾まで食べ尽くした後、先端に焦げが付いた串を見つめながら小さくつぶやく。
串は様々な食材を一つにまとめ、一つの料理として提供することができる道具。
それが無くなってしまえば、食材たちはバラバラとなり、炎の中に落ちてしまうだろう。
現在の世界を暮らす人々もまた、繋がりという支えを失ってしまえば、再び離れ離れになってしまうのだ。
「……ふふ、世界の在り方を串焼き料理に例えるなんて、変なの。さて、腹ごしらえも済んだし、魔法剣士ギルドに向かおうかな」
ベンチから立ち上がり、串を道端に置いてあったゴミ箱に入れる。
からんと、小気味よい音が喧騒の中へ広がっていった。




