風の大陸の神族
「か、神族!? あなたがですか!? 確かに、ルクスという名はアヴァ様たちから聞かせていただいていますが……」
「ああ、そのルクスさ。信じられぬというのなら――そうだね、過去の歴史を語れるが、どうだい?」
過去の歴史という言葉に好奇心が強くそそられたが、なぜ私以外の皆が眠り、目覚めなという事態を引き起こしたのか、ルクス様に尋ねなければ。
悪意を持っての行動ではないことは分かるけど、知り合いや友達を眠らされて良い気がするわけない。
場合によっては、一つや二つ文句を言っておかないとね。
「簡単な話さ。私は、人見知りなんだ」
「はい? 人見知り……?」
あまりにも予想外の理由を聞き、呆けてしまう。
確かに、初めて出会う人と会話をすることは怖い。
事情があったとはいえ、私も会話を苦手としていた時期もあったほどだ。
しかし、ルクス様が真に人見知りだというのであれば、私とつつがなく会話ができているのはおかしいだろう。
視線が揺れてしまったり、呼吸が荒れてしまったりなどの小さな反応すらないところを見るに、他に理由があるのではないだろうか。
「さすがはホワイトドラゴンだけあり、観察力も優れているようだ。しかし、私が人見知りだというのは真実だよ。数多くの知らない人がいる中、会話をしている様子を想像するだけで、卒倒しそうになるからね」
「あ、ああ、なるほど……。そういうタイプの人見知りですか……」
あくまで人の多いところで会話をすることが苦手なだけであり、一体一であれば何も問題はないようだ。
文句を言いたい気持ちは依然あるが、ルクス様が抱く問題の深刻さを考えれば、追及するのも酷だろう。
「理解してくれて助かるよ。さて、君だけに接触を図った理由だが……。君を、私の研究所に招待しようと思ってね」
「研究所……? 確かルクス様のお役目は、愛に関わる事象の制御でしたよね? 愛って、研究できるものなんですか?」
神族は、人が抱く欲望を制御するという役割がある。
欲を抱きすぎた者には鎮静化を、無さすぎる者には活性化を図ることで世界を成長させてきたとのことだ。
アヴァ様は楽しむための欲、グーラ様は食事をするための欲、ディア様は休むための欲を担当し、ルクス様は愛するための欲を担っている。
「人の感情である以上、非常に難しいものだね。だが、人が愛という感情を抱きやすい場所、状況、時を調べることはそう難しいことじゃない。私は星空を調べることで、愛を研究していると言うわけさ」
「星空を調べる……。もしかして、天災に関わる情報を得られたということですか!?」
ルクス様はニコリと笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずいた。
天災という最大級の災害を前にして、慌てている様子は見られない。
つまりは、それに対しての防衛方法を考えついた、もしくはそれが来訪するまでの時にある程度の余裕があるということだろう。
「いまこの時に、この場で説明をしても認識しにくい部分もあるはず。研究所で研究成果を見ながらであれば、理解が進みやすいと思ってね。次代の英雄候補である君を招待したいと言うわけさ」
「天災に関わる情報となれば、聞かないわけにはいきませんね。今日はもう遅いので向かうのは明日にするとして、どこに行けばいいんでしょうか?」
私の質問に対し、ルクス様はゆっくりと体の向きを変える。
彼が見つめているのは、フェンリル様と会話をした中央の島――いや、さらに奥にある東の島のように思える。
そこは私たちがいる島や中央の島より小さく、人が住む集落も無かったはずなので、研究所を見つけるのに労することはなさそうだ。
「夕方頃であれば、色々と準備は整っているはずだ。君たちには因縁のある地かも知れないが、ぜひ来てくれると嬉しい。それでは、私は研究所に戻る――前に、皆にかけた眠りを解除しなくてはね」
ポロンとハープが音を奏でると同時に、静かに風が吹き渡っていく。
しかし、ルクス様の行動とは裏腹に、眠りに就いている人々が目覚めることはなく、静かに胸を上下させているだけだ。
「あくまで魔法による眠りを解除しただけであり、即座に眠りから解放されるわけじゃないさ。それぞれの睡眠欲が満たされた時、自ずと目覚めるよ」
「そうですか……。それなら一安心――と言いたいところですけど、目覚めるまで見守ってなくちゃいけないってことですよね……。次、誰かに声をかける時は、魔法を使わないようにしてくださいね……」
苦笑を浮かべつつも、どことなく落ち込んだ様子を見せながら、ルクス様は東に向けて去っていく。
目覚めるまでを待っていたら、人見知りの彼は卒倒してしまうはず。
知り合ってばかりの方の後始末をするのは変な感じだけど、神族に属する方が目を回しているのは格好がつかないもんね。
「ふふ、イデイアちゃんもぐっすり寝てる。いつもは寝顔を見られるのを嫌がるから、この機会にじっくり見ちゃおっと」
満天の星空の下で、イデイアちゃんの寝顔を見つめながら時を過ごす。
朝が近づくにつれて人々は目覚め始め、代わりに私が眠りに就く。
昼過ぎに目覚めた後、太陽が私たちの下へと降り始める頃になるまで、アウェスの村のお手伝いをするのだった。
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「ここがルクス様の研究所か……。なるほど、天体を観測するための器具やら装置やらがあちこちに置かれているな」
飛空艇に乗り、東の島へとたどり着いた私たちは、ルクス様に指示された場所へとやって来ていた。
決して大きいとは言えない建物ではあるが、屋根には円筒状の不思議な装置が取り付けられている。
どこかで見たことがある気がするが、どこだっただろうか。
「水の都アクアリムの、魔導士ギルドで似たようなものを見た気がするよ。あれも、空を見て天候の予測とかするんじゃなかった?」
「精度等はこちらの方が上回るかもしれないが、基本は同じ物なんだろうな……。ルクス様とやらは、あれを用いて天災の位置や規模を把握しているのか……。凶兆の話でなければ、楽しみだといっても良いんだがな……」
どうやらイデイアちゃんは、ルクス様との会話に何かしらの期待を抱いている様子。
私自身、彼との会話を楽しみにしていた部分があるので、天災に関わる話だからと言わず、楽しんでも良いと思うんだけどなぁ。
「ウチらが眠っている間に、レイカちゃんだけ神族の方と会話してたんでしょ? 眠りこけちゃってたとはいえ、ずるいなぁ……」
「みんなが眠っちゃったのは、ルクス様の魔法が原因だよ~。すっごい人見知りのせいで、周りに意識がある人がいるのは苦手なんだって。少人数でも押しかけたら気絶しちゃうかもだから、先に私が声をかけてくるね!」
他の皆には離れた場所で待機してもらいつつ、玄関の扉を叩く。
星を眺めるための設備が向いている方向を見つめながら待っていると、ゆっくりと扉が――ほんの少しだけ開いたところで動きが止まる。
できた隙間からは、銀の髪を持つエルフの男性――ルクス様の姿が覗き見えた。
「おお、レイカ君か。約束した時刻通りに来てくれたみたいだね。早速、入ってくれと言いたいところだが……。君の仲間たちも来ているんだよね……?」
「一人ずつ自己紹介をする形で、お互いを知り合えば大丈夫にならないでしょうか? ルクス様からお話を聞き、それを皆に伝える形では情報が欠けてしまうはずなので……」
提案をしてみると、扉の奥から一人ずつなら大丈夫か、などとか細い声が聞こえてくる。
なんだか、私がヒューマンを苦手にしていた時を思い出して、親近感が湧いてきたかも。
「それでは、順番にお客を連れてきてくれないかい? 私の事情に巻き込むのはいささか気が引けるが、よろしく頼むよ」
「分かりました! それじゃあ……。イデイアちゃーん、来てくれなーい!?」
ちょっと情けない神族であるルクス様のために、一人ずつの自己紹介を行っていく。
とはいえ、遠回りの道を選んだおかげで、私たちはそろって彼の研究所に入ることができるのだった。




