久しぶりの来訪
「さて、無事に風の防壁の外に出てこられたけど……。どこに行ってみようか?」
風狼フェンリル様との面会を終えた私たちは、穏やかな風に揺れる花畑を歩いていた。
既に英雄として必要な能力は得られているとして、彼から試練が出されることはなく、手持無沙汰の状態だ。
インヴィス空中大陸を見て回るのも良いが、ある程度の目的を持って行動をしなければ、中途半端な旅となってしまうだろう。
「ウチ、リリパットの人たちに会いに行ってみたいなぁ。他の種族の人たちと違って、あんまり見かけないし」
「彼らからしてみれば、私たちは巨人みたいなものだからね。道を歩こうとしたら踏みつぶされちゃう可能性があるから、別大陸への進出が遅れてるみたいなんだよね」
もちろん、各大陸に向かっているリリパットは存在する。
けれど、体が極端なまでに小さい彼らにとっては、私たち異種族と交流するだけでも命がけ。
どうしても不安視するだろうし、大陸を渡ることに危険を抱く気持ちも分かる。
私たちで心情を柔和させられれば良いんだけど、どうしたもんかな。
「私たちがリリパットの方々と情報のやり取りをすれば、別大陸へ向かう機運が高まる可能性がある。ミタマも会いに行きたいと言っている以上、悩むこともないだろう」
「それもそっか。じゃあ、リリパットの集落に行ってみるってことで! 私が以前お世話になったのは、アウェスの村ってところなんだけど……。移動が結構大変なんだよね……」
「歩いていくならそうかもだけど、ウチらには飛空艇があるから問題なし! 行軍に慣れておくのも大事だけど、使える物は使うのがウチら魔法剣士だよ!」
インヴィス空中大陸は大きく分けて三つの島で構成されているのだが、島と島の間に存在するのは海ではなく、空。
いま私たちがいる場所が、風狼フェンリル様の住まう中央の島で、アウェスの村は西部の島に存在しているので、どうしても空を越える必要が出てくる。
徒歩でも移動できる場所はあるらしいんだけど、わざわざ危険を冒す必要はないよね。
そういうわけで、私たちは飛空艇に乗り込み、西部の島に向かうことに。
しばしの空中移動を楽しんだ後、リリパットたちが暮らす集落、アウェスの村が視界内に入り込むのだった。
「先んじてアウェスの村に向かい、皆さんが訪れることを伝えてきます! 聖獣の子として何度も交流をさせていただいているので、心配はご無用です!」
「ふふ、テペス君頼もしい! それじゃ、よろしくお願いね!」
喜び勇んで飛空艇から出ていくテペス君を追いかけるように、草花生い茂る大地に足を下ろす。
視界の先には、小さな、とても小さな村がある。
近づけば近づくほどに大きくなっていくのが普通だけれど、アウェスの村にはそれが起こらない。
むしろ距離が縮まるほどに、建物の小ささが際立っていく。
村の入口に立った時、それらの大きさは私たちの胸の高さぐらいで大きさの変動が止まるのだった。
「わ、可愛い~! お人形とおもちゃのお家を、小さかった時に買ってもらったのを思い出すな~。これはちょっとどころか、かなり大きいけど」
「幼い頃の遊びの思い出、か……。私にもあるはずだが、全く思い出せないな……。私は、どんな幼少期を過ごしてきたんだろうか?」
ミタマちゃんの何気ない呟きに、イデイアちゃんが反応を見せたが、悲痛な表情は浮かべていない様子。
小さい時の記憶は私もよく覚えていないくらいだから、あまり気にならないのかな。
「直近の記憶が無いことに比べれば、マシと言ったところだな。幼い時分のものであろうと、思い出は思い出。思い出せないことは悲しいさ」
「そう言う割に、楽しそうに見えるのはどういう意味ですか~? イデイア先生~」
「わざわざ言わせる気か……? 現在が楽しいから、それだけさ。それより、テペスがリリパットの方々を連れてきてくれたようだぞ」
イデイアちゃんが顔を向けた先に視線を向けると、そこにはテペス君と、私たちの指サイズくらいの背丈しかない人々の姿が。
彼らがインヴィス空中大陸に暮らす種族、リリパットの人たちだよ。
「おお……! あなたは以前、この村を訪れてくださった……! お久しぶりです、お元気でしたか?」
「お久しぶりです、アウェスの村の村長さん。皆さんもお元気そうで何よりです」
村長さんの言葉を皮切りに、村の人々が駆け寄ってきてくれる。
アウェスの村にこれといったことはしていないのに、私のことをしっかり覚えていてくれて嬉しいな。
「初めてお会いした巨人の方々というのもありますが、皆様から頂いたお菓子が何よりの格別でしたからね。下界との交流が増えたおかげで甘味を味わう機会が格段に増えましたが、あの時の味はいまでも思い出してしまいますよ」
「アハハハ……。今日は、これといった物は持ってきていませんが……。とにかく、再訪できて嬉しいです。少しの間ですが、お邪魔させていただきますね」
私たちの滞在を認めてくれたアウェスの村の方々は、小さな体を懸命に動かして様々な料理を作る形で歓迎をしてくれた。
細やかな作業を得意とする彼らが作る料理は、まさに絶品。
火の入れ加減や味付けは完璧、食後に出されたお菓子は舌ざわりがとても良く、決して甘すぎないのが心憎い。
食事や人々の交流が進んでいくうちに空からは太陽が無くなり、星と月が姿を見せる。
騒ぎの声は次第に静まっていき、小さな寝息へと変わっていく。
インヴィス空中大陸は、風狼フェンリル様が巻き起こす風のおかげか、地上とほぼ変わらない気温となっている。
たまには星を眺めながら眠るのも悪くない、このまま瞼を閉じようかと思ったその時。
「紅く燃える夜。英雄は舞い上がり、時の剣を手に過去を断つ。留まりし現在は未来へと歩みだすだろう」
竪琴のような美しい音と共に、物憂げな男性らしき声が聞こえてきた。
慌てて起き上がって周囲に視線を向けてみるも、土や草の上に倒れこむ人々の姿しかなく、普段から警戒心が強いイデイアちゃんに、各感覚が人より遥かに優れるテペス君ですら瞼を閉じてしまっている。
どう考えても、この状況は普通ではないだろう。
鞘に納めた剣に手をかけながら、慎重に周囲へ警戒をしていると。
「警戒をする必要はない。少し、私とお喋りをしてくれればそれでいいさ」
背後から響いた声に勢いよく振り返ると、そこには一人の男性の姿があった。
長い耳を持ち、夜空のように輝く銀の髪を持っているところから判断するに、恐らくはエルフの方。
まさか彼が、このような事態を起こしたのだろうか。
「……まずはあなたの正体をお聞かせください。話をしたいというのであれば、それからです」
エルフの男性は静かに口角を上げ、背から取り出した竪琴を静かにならす。
ゆっくりと開かれていく口から飛び出してきた言葉に、私は大きく驚いてしまう。
「私の名前はルクス。過去の時代、神族の座に就いていた者の一人さ」
ごくりと生唾を呑み込み、彼が奏でる音色に耳を傾けるのだった。




