風の聖獣
「この中に父様――風狼フェンリルがおられます。準備は万全でしょうか?」
「うん、大丈夫だよ。案内よろしくね、テペス君」
インヴィス空中大陸を進んできた私たちの瞳に映るは、幾重にも巻き起こる風の防壁。
まだ少し距離があるというのに、油断すれば吹き飛ばされてしまいそうなほどの強風が、私たちの周囲を駆け巡っていた。
「テペスの導きがあるとはいえ、いまよりさらに強力な風の中を進んでいくのか……。落雷と風雨の中を行軍することはあったが、これほどすさまじいものは……」
「聖獣の一角を担う存在だけあるってことだね……。風と言ったら、優しいイメージがどうしてもあるけど……。まあ、レヴィア様も水なのに苛烈な部分があるし、属性それぞれのらしさが出てるって考えればおかしなことではないのかな」
風の防壁を見上げながら、不安を抱いた言葉を吐くミタマちゃんとイデイアちゃん。
穏やかに吹き荒れる風は暴風吹きすさぶ防壁となって風の聖獣を守り、静かに揺れる水は水の聖獣の下に巨大な渦と化し、一つの大陸を封印した。
各大陸に存在する聖獣たちは、それぞれの属性が有する特性を性格として有しているのかもしれない。
そうなると、まだ見ぬ氷の聖獣は冷たい性格に、炎の聖獣はレヴィア様以上に苛烈な性格になりそうだけど、どうなんだろう。
「その辺りは出会う時を楽しみにしていてください。それではこれより、風の防壁に穴を開けます。それなりに範囲は広めにしておきますが、少しでも抜け出してしまえば暴風に襲われてしまいます。注意してくださいね」
「う、うん。テペス君の後を、ちゃんとついて行くね」
テペス君が大きく咆哮を上げると、分厚い風の防壁に穴が開いていく。
私たちはうなずき合い、風の中へと入って行くんだけど。
「わ、わ、わ! 小石や草だけじゃなくて、大きな石や樹木まで飛ばされてる!」
「慌てるな、ミタマ。確かに凄まじい光景だが、私たちの周囲はテペスが守ってくれている。彼が言った通り、道を踏み外さなければいいだけだ」
防壁を外から見た以上に、内側は大きく荒れていた。
テペス君の守りも無くこの中に侵入していれば、あっという間に宙に浮かされ、猛烈な速度で動き回る岩や樹木に体を打ち付けられた果てに、命を落としてしまうだろう。
「ラタちゃんは大丈夫? いつでも私たちに頼って良いからね?」
「は、はい~! すみませんが、肩を貸していただけると~!」
宙を移動するラタちゃんにとって、さすがにこの環境は厳しいらしく、私の背中に張り付いてきた。
前を歩くテペス君はその行動に思うことがあったらしく、耳がぴくぴくと動きだす。
両者が出会った直後より、遥かに落ち着いた姿となってくれたことに、私は小さく笑みを浮かべていた。
嵐のような音が轟き続ける中、突如として視界が開ける。
そこはこれまでの荒れ切っていた環境とは大きく異なり、無風地帯となっていた。
美しい草花が大地に咲き誇り、まさに楽園と言っていい景色。
その中央に、私たちが求める存在が鎮座していた。
「やあ、待っていたよ、次代の英雄。まさか、大地の聖獣の子を連れてやって来るとは驚いたよ」
「お久しぶりです、フェンリル様! ご息災のようで、何よりです!」
テペス君を十数倍に大きくしたような、緑色の毛を持つ巨大なオオカミ。
これが風狼フェンリル様の正体だよ。
「お、大きい……。レヴィア様や、ニーズヘッグ様とほとんど変わらないなんて……」
「テペスを見慣れていると、あまりの差に――いや、これは失言だな」
フェンリル様を始めて見るミタマちゃんとイデイアちゃんは、感動しつつも驚いている様子。
既に聖獣を二体見てきているけれど、この様子だと他の聖獣と出会っても同じ顔が見られそうだね。
「友人――いや、共に旅をする仲間か。ならば、自己紹介をしなければならないね。私の名はフェンリル。インヴィス空中大陸の守護を任されている、風の聖獣だよ」
「ご、ご丁寧にどうも……。ウチの名前はミタマ、魔法剣士をしています……」
「同じく、魔法剣士のイデイアです。レイカと共に修行の旅をしています」
ミタマちゃんはいつもの朗らかさが失われた挨拶を、イデイアちゃんも冷静に見えてどことなく動揺している様子。
ミタマちゃんはニーズヘッグ様の時も似たような状態になっていたけど、イデイアちゃんも様子がおかしくなっちゃうなんて。
なんだか、ちょっと面白いかも。
「ふふ、人が驚く様子を見るのも悪くないものだ。この大陸に住まうリリパットたちとは、年に一度程度は顔を合わせるようにしているから、これといった反応を見せてくれなくてね」
「そ、そうなんですか……。レヴィア様やニーズヘッグ様もそうだけど、聖獣様たちって、意外と寂しがり屋?」
「それぞれの大陸が持つ属性が極まった土地に暮らしている以上、近寄れる人は数少ない。人を恋しく思うのも仕方ないのかもしれないな。それはそうと、我々は聖獣の試練を受けに来た。内容を教えていただけないだろうか?」
緩みかけた空気を戻そうとしているのか、イデイアちゃんが話を進めようとする。
目的を忘れかけていたことを反省しつつ、フェンリル様が口を開くのをしばし待つのだが。
「私から出す試練は何もないよ。レイカ、君は家族や仲間と共に、狂暴化した竜――ティアマットを倒してくれた。だというのに、それを成せた人物を英雄と認めなかったら、ティアマット討伐を依頼した存在としての立場がないからね」
「あ、ありがとうございます……! ですが、よろしいのですか? 私は直接ティアマットを討ち果たしたわけではなく、溢れかえったモンスターを討伐することしかできなかったのに……」
「数多くのホワイトドラゴンたちを率い、戦いに参戦してくれたじゃないか。恐怖に押しつぶされ、戦いそのものに怯えてしまうこともあるというのに、君にはそれが無く、勇敢に戦うことができた。英雄として十分な素質だよ」
人々を率いることも英雄の証。フェンリル様はそう言ってくれたものの、あくまで私は戦いの準備が整ったことを伝えに行っただけ。
真にホワイトドラゴンたちを率いたのは別の人物であり、その方の意志を達成するために人々は動いたのであり、私のことは視界にも入っていないだろう。
「まあ、英雄とは人々にとって分かりやすいものでなければならないからね。足りないと思ってしまうのも無理はないか……。ならば、そうだね。テペス、君が試練を考えてみてはどうだい?」
「え!? ぼ、ボクが、ですか!? まだ、修行中の身ですのに……」
「確かに君は未熟であり、私とは異なる形の聖獣の道を見出した。とはいえ、聖獣として世界を見守ることには変わりないし、時に人に任せなければならないこともある。これも修行の一つと考えるべきだよ」
試練を出す側としても、考えるべきことはある。
まだまだ未熟な私は、与えられた任務や試練を乗り越えることで頭がいっぱい。
でもいつかは私も、それらを与える側になるんだよね。
「レイカさんに与えるべき試練……。強さや戦いに関しては問題ないでしょうから……。この大陸に住まう方々に認められるかどうか、でしょうか」
「人々に認められる……か。悪くはないと思うが、英雄となりたいがために認められそうな行動を取ることになってしまうので、意味が無いのでは?」
「人々が求める行動を取るのも英雄だと思うけど、認められるために行動をするんじゃ、動機としては不純だよね……」
ミタマちゃんとイデイアちゃんにダメ出しを受けたことで、テペス君は耳と尻尾を垂れさせてしまう。
適切な試練を考え出せなかったことを、悔しく思ってしまったみたいだね。
「……私たちは、空中大陸に来てからそんなに時間が経ってない。知り合いにも会ってないし、大陸の様子も見て回れていないから、少し時間を置きたいな。その間で、テペス君は試練の内容を考えるってことでどうかな?」
「……配慮をさせてしまい、申し訳ありません。せっかくですし、ボクがこの大陸の案内役をさせていただきますよ。皆さんと一緒に行動した方が、試練の内容を思いつきそうなので」
「ああ、良いと思うぞ。よろしくな、テペス」
私たちから許可が出たことに、テペス君は跳ね回るようにして喜びを表現する。
ひとしきり喜んだ後、彼はフェンリル様を見上げた。
「ああ、行っておいで。人と歩む聖獣を志すならば、私の教えを受け続けても意味はないからね。未熟な息子ではあるが、どうかよろしく頼むよ」
「ええ、息子さんをお預かりします。それじゃあテペス君、行こっか!」
「はい! よろしくお願いします!」
テペス君を一行に加え、私たちは再び歩き始める。
中々来られない場所だし、インヴィス空中大陸を堪能しちゃおっかな。




