好きなもの
「バトラーさん。魔導士の皆に、息抜きとなる機会を与えて下さったこと、深く感謝します。よろしければまた、演技を見せに来てくださいね」
「い、いえ! こちらこそ、あのような機会を与えてくださったこと、感謝します! こんなにたくさん、お金もいただいちゃって……」
慌てた様子を見せるバトラー君の足元に視線を向けると、たくさんの貨幣が詰め込まれた袋が置かれている。
彼の頑張りが報われたことを小さく微笑みつつ、視線を正面に向けると、そこには優しい笑みを浮かべるナナちゃんの姿が。
昨日の会議が行われてから一日が経過し、私とバトラー君、そしてルトちゃんは海都を離れることになった。
「本音を言えば、もうしばらくこの場に滞在し、ギルド員を労わりたい気持ちがあるのですが……。無理に引き留めるのも違いますからね」
「申し訳ありません……。どうしても、故郷に帰る理由ができてしまって……」
バトラー君の瞳は、ナナちゃんから離れて自身のポケットへと向かう。
その内側からは、大道芸に使われた様々な色付きのボールが現れた。
「僕は、僕が手にしてきた技術であれば、世間に通用すると思っていました。けれど実際のところは甘い考えでしかなく、簡単に打ち砕かれることに……。その僕を引き上げてくれたのは、ラクリマさんとルトちゃんだった……」
「ウワウ?」
不思議そうな声を上げるルトちゃんに対し、バトラー君は白い頭の上にポンと手を置く。
彼の言う通り、彼自身の力だけではこの街で成功することはあり得なかった。
私が偶然通りかかり、声をかけなければ、どうなっていたのかは想像に難くない。
「僕はまだまだ、未熟なんだと痛感しました。そして、今回の成功に胡坐をかいちゃいけないとも学びました。なので故郷へと帰り、家族ときちんと話をしたいんです。僕は真に大道芸人となり、多くの人を喜ばせたいと」
「ああ、そっか。故郷から飛び出してきたって言ってたもんね」
家族への説得がうまくいかず、故郷を飛び出してしまう人は数多いという話は、過去の時代でもよく聞くことだった。
私自身、天災との戦いの際に自身の力を過信して失敗してしまったので、現在のバトラー君が抱く気持ちはわずかながら理解ができる。
恐らく彼は、故郷に戻り、家に入ると同時に、家族に頭を下げることになるのだろう。
「きちんと話を付け、修行をし直して、新たな技術を身に付けます。そしてもう一度この街に戻ってきて、街の皆さんに認めてもらいます。その時によろしければ、魔導士ギルドで演技をさせていただけないでしょうか?」
「自身が歩いた道を見つめ直し、さらに大きく進みたいということですね。では、その時が来るのを楽しみに、されど急ぎながら待つとしましょう。あなたが穏やかに、演技を披露できるようにするために……」
知らない者は少し先の未来を嬉しそうに話すのに対し、知っている者は少し先の未来を憂いながら話す。
二人の間で交わされた会話の重さには、あまりにも大きな差が生じていた。
「ラクリマちゃんも、この街を離れるんだったね。王都に向かって、それからはやっぱり?」
「うん、おじいちゃんとおばあちゃんの所に一度戻るよ。今回の旅のことを話したいし、マギアちゃんからのお願いも伝えないとだからね」
旅の報告だけであれば大した問題にはならないが、魔導士ギルドが会談を希望しているという話は速やかに伝えなければならない。
時間が過ぎれば過ぎるほど、ギルド側に迷惑がかかる上に、天災への備えをする猶予が減ってしまう。
共同で何かを開発するとでもなれば、互いの知識のすり合わせ等も必要となってくるので、ほんのわずかでも時間には余裕を作っておいた方が良いはずだ。
「よろしくお願いね。さて、いつまでも引き止めているのも良くありませんね。多くの魔導士の慰安に協力してくれたこと、あらためて感謝します。どうか、あなた方の旅路に幸多からんことを……。ぜひまた、遊びに来てくださいね」
「はい! 僕の方こそ、ありがとうございました!」
頭を下げ合う二人の姿を見守った後、バトラー君、ルトちゃんと共に魔導士ギルドから屋外へと足を踏み出す。
ルトちゃん目当ての、街を行く人々との交流で何度も歩みを止めたものの、ついには水の都の入口へとたどり着く。
ゆっくり、ゆっくりと振り返り、バトラー君の顔をじっと見つめる。
「な、何……? そんなにじっと見つめられると、恥ずかしいよ……」
「ふふ、ごめんね。初めて君に会った時と比べるまでもなく、精悍な顔つきになったなぁ。って、思っちゃって」
「精悍……かぁ……。自分では良く分からないけど、もしそうなら、この街やラクリマちゃん、ルトちゃんに魔導士ギルドの人たちのおかげなんだろうね……」
バトラー君もまたゆっくりと振り返り、水の都を見上げる。
この美しい街に対し、彼が何を思っているのかは分からない。
辛うじて分かるのは、抱いているのは負の感情ではないということだけだ。
「君たちに出会えていなければ、きっと僕は、この街のことを嫌いになっていたと思う。自分の実力が足りないことを棚に上げて、街やそこに住む人たちが悪いって思っていたはず……」
水の都に向けられていた視線が戻り、私に向く。
じっと見つめられることにむず痒さを感じつつ、再びバトラー君が口を開くのを静かに待つ。
「君たちのおかげで、僕はこの街のことが好きになれた。この街で、もっと芸をしてみたいと思えるようになった。もっと、人々を感動させたいと強く願えるようになった。お礼も何もできないけど、本当に、本当にありがとう」
「どういたしまして。とはいえ、君の歩みは始まったばかり。今回気付いたことだけじゃ、足りないこともきっとあるはず。大変だろうけど、これからも頑張ってね」
私とバトラー君では、歩む道も、行くべき場所も大きく違う。
交流を持てたことは嬉しいが、いつまでも名残惜しむわけにはいかない。
視線を行くべき道に移動させ、歩み出そうとしたその時。
「いつか……。いつか君に、僕の芸を見て欲しいんだ。君にだけの、特別な芸を……」
「……そっか。ふふ、楽しみにしてる。またいつか、会おうね」
振り返り、笑顔を浮かべ、少しだけ動揺を乗せた声を発する。
できるだけバトラー君の顔を見ることはせず、焦るようにしながら街道を歩みだす。
「……私は聖獣、彼は人。色々と違うところはあるけれど」
「ワウン?」
漏れ出たような小さな声に、ルトちゃんが不思議そうに声を出す。
彼女の頭を撫でつつ、雲一つない青い空を見上げる。
「やっぱり私は、人が好き、世界が好き。この心、絶対に忘れないよ」
心の奥底の方で、トクンと鼓動を打つような感覚を抱いた。




