9話 涙
苦労して封印した恋心なのに。エドガーに心を擽られて、再び呼び覚まされそうになっている。そんな私の複雑な心境には気づかず、まるで男友達のように気安く私の肩を抱きながら、エドガーは自慢げに言った。
「褒めてくれ、ジュリー! ちゃんとジョナサンの鼻が折れないように、私は配慮したんだぞ?」
私の笑いの壺にとどめを刺そうと、エドガーは魅力的な笑顔をオマケにつけて話を続ける。
「……もう、止めてエドガー! 笑いすぎてお腹が痛いわ……くふっ…ふふふっ…!」
(お願いだから、これ以上、あなたの魅力で私を誘惑しないでぇ~! 田舎娘の私と王都の中枢で働く有能な伯爵様では、差があり過ぎるもの)
もう辛い思いはしたくないのに。また好きになりたくないのに。エドガーは昔から魅力的過ぎて困る。そのうえこんなに面白くて素敵だから、また心を奪われて泣かされてしまいそう。
(魅力が無くてジョナサンに婚約を解消された私が、あなたに思いを寄せることさえ高望みし過ぎだと、恥じらいを感じるのに。……それぐらいあなたは高嶺の花で、私たちには大きな格差があるのよ?)
私は顔を真っ赤にして笑い続けた。淑女の作法からかけ離れ下品だと眉をひそめられそうなほど。私は無様に笑い転げた。
「ふふふっ……」
大笑いするうちにジワジワと私の空色の瞳に涙が滲みだし。やがてポロポロと大粒の涙が私の頬を伝い流れ落ちる。
慌ててハンカチを出して涙をふいたけど。さすがにエドガーも私の涙に気づき、話すのをやめた。
「ジュリー……?」
「ご……ごめんなさい、エドガー! あなたが笑わせるから、涙が止まらないの! ふふふっ……もう、困ったわ…!」
(エドガーに面白い話を聞いて、とても楽しいはずなのに。心の奥底がヂクヂクと痛みを感じてしまうの……)
可愛がっている妹に、婚約者と結婚式を奪われた痛み。一生を共に生きようとしていた、ジョナサンに裏切られた痛み。
長女だから『男爵家を守れ』とお父様の言う通りに、やりたいことも好きなことも我慢して来た。そんなふうに今まで努力して来たことが、すべて無駄になりそうな……虚しさで胸が空っぽになった痛み。
……どれだけ私がエドガーを好きでも。この恋心が成就することはないという痛み。
気安く笑わせてくれるエドガーの存在が。私がずっと我慢していた心の痛みを引き出し、あふれ出させてしまった。
ハンカチがグショグショになっても、私の涙は止まらない。
「……」
エドガーは自分の上着の内ポケットから、白いハンカチを取り出して私に手渡してくれた。
――そして長い腕を私の背中にまわし、何も言わず抱きしめた。
「ごめんなさい……エドガー! 恥ずかしいわ」
(せっかくエドガーが会いに来てくれたのに、泣いてしまうなんて。エドガーの前では、じめじめしたりしないと決めたのに!)
一度あふれ出した涙は簡単には止まらない。それだけずっと耐えて来たから。
グスッと鼻をすすり。涙声で何度も謝ると。
「気にするな」
……とエドガーは背中をトンッ、トンッ、と叩いた。
エドガーの長い腕は、昔からゴツゴツとしていたけど温かかった。今もこの腕の温かさが子供の頃から変わってないと知り。増々、私の涙を引き出した。
ファゼリー伯爵家の使用人の手で丁寧にアイロンをかけられ、パリッとシワの無い真っ白のハンカチで、私は止まらない涙をふいた。




