8話 ジュリーとエドガー
エドガーと二人で馬を駆けさせ丘の上まで来ると、手前にある小さな森の向こう側に広がる田園風景を見下ろした。昔からこの場所は思い出深く、私にとって特別な場所だった。
ちょうど良い乗馬のコ―スでもあり、エドガーと私は良くここまで来ていた。ジョナサンは面倒がって来なかったけど。
ちなみにアリアーヌは未だに馬には乗れず、この場所には一度も来たことが無い。
「ああ、やっぱりここからの眺めが一番良いな!」
丘の上から見える美しい景色に、エドガーが感嘆の声をあげる。
この丘があるのはセイフォード男爵領の端っこだけど。小さな森の向こう側に広がる肥沃な土地は、すべてファゼリー伯爵領だ。
つまりファゼリー伯爵家はそれほど裕福ということである。
馬から降りて自分の足で丘の上に立ち、エドガーと私は並んでファゼリー伯爵領を見つめていると。……まるで私たちを誘うように、伯爵領から気持ちの良い風が吹いて来て、私の頬をフワリと撫でる。
「ふふっ。私も一人になりたい時は、今も時々ここに来るのよ」
(大人たちの事情など何も知らなかった子供の頃は、私はずっとエドガーが好きだった。ここに来るとあの頃の純粋な自分を思い出す)
無邪気にエドガーも私が好きなら結婚できると……そう思っていた時期がある。だから好きになって欲しくて、私は一生懸命エドガーから好みを聞きだし努力した。あの手、この手で気を引こうと、必死に背伸びをして話しかけたり。
懐かしい子供の頃の思い出に浸り、私は微笑んだ。
「ここに来るのは、何年ぶりだったか……ずっとこの場所が恋しかった」
エドガーも良い思い出に浸っているのか、単に美しい風景に見惚れているのかは分からないけど。微笑みを浮かべている。
「……」
景色に目を奪われているエドガーの男らしい横顔を、私はチラリと盗み見た。
(ジョナサンとの婚約解消は痛かったけれど。こうして二人で、またこの景色を見られるなんて……本当に奇跡のようだわ。)
ジョナサンとの結婚が決まり男爵家のために長女として義務を果たそうと、私はエドガーへの恋心を封印した。
(私はあの時もこの丘の上まで来て、ファゼリー伯爵領を見つめながら泣いた記憶がある。確かあれはエドガーが学園を卒業した年だったわ)
その頃すでにエドガーは王太子殿下の側近候補に決まっていて。私には遠い存在となっていたけど。
不意にエドガーが振り向き、私と目が合うとニヤリと笑った。
「そうだ、ジュリー。君の代わりに私がジョナサンを殴っておいたから」
「……えっ⁉」
「三発だ! 顔を三発、殴ってやったぞ! それ以上やると歯が砕けるから止めたけどね」
「まぁ……!」
思わず私はポカーンと口を開けた。
「ジョナサン自慢の甘い顔がちょっと腫れて、図鑑で見た“アライグマ”みたいな痣ができたけど。結婚式までには元通りに治るだろう」
伯爵家の兄弟は、基本的に顔の造りはよく似ているが、それぞれ持っている雰囲気がまるで違う。
兄のエドガーが近寄りがたい印象をあたえる、眼光の鋭い迫力ある美形なら。
弟のジョナサンは社交的で人好きする性格が顔に出ていて、華やかで甘い印象を相手にあたえる優男風(ナルシスト気質少々あり)の美形だ。
そんなジョナサンは人の容姿の美醜を、とても重要視しているらしく。『ジュリー、淑女なら日焼けなんてするな』とチクチク嫌味を言われたことがある。
だからジョナサンは日焼けして色黒の私ではなく。透き通るような白い肌を持つ美しい妹アリアーヌに目移りしたのだ
エドガーの話を聞き、私はブフッ! と吹き出し、子供のように爆笑した。
「ふふふっ…… “アライグマ”⁉ あの目の周りが黒い、新大陸に生息する動物でしょう? もう、エドガーったら……! あははははっ!!」
(もう、ダメよ。エドガー! また好きになってしまいそうだわ。私を元気づけようとしてくれるのは分かるけど)
そんなに私の心を擽らないで欲しい。エドガーは魅力的だけど、私自身に何の魅力も無いから。
(私の家柄は平凡で容姿も美しくない。悔しいけどいくら仲が良かった幼馴染みでも、私がエドガーに求められることは無いとわかっているわ)
それに王都へ帰ってしまう人を、好きになるなんてバカげている。
私のそんな複雑な思いなどとは関係なく、エドガーはニヤニヤと笑い男友達にするように、気安く私の肩を抱いた。




