10話 成長したジュリー
“ジュリー、久しぶりに馬で丘の上まで行かないか?”
――と、私はしばらく会っていなかった幼馴染みのジュリーを乗馬に誘った。
勿論、純粋に乗馬だけを楽しみたかった訳ではない。昔を懐かしんだ感傷的な理由で、乗馬に誘ったのでもない。
弟のジョナサンが浮気をしたうえに、一方的に婚約解消をジュリーに迫ったことに罪悪感を持ったからだ。
ファゼリー伯爵家の当主として、弟が迷惑をかけたことを謝罪するために、責任と義務からジュリーを誘ったのだ。
「まったくあの愚か者が! 他人にまで迷惑をかけて……飛んだ恥知らずだ。アレが実の弟なのが恨めしい」
(今のジョナサンは自分が手に入れた恋に夢中で、女性のジュリーが婚約解消をされて負う傷のことなど、何も考えていない。相手に配慮をするのは当然のことなのに!)
慰謝料で済ませられることなら良かったのに。だがこの問題はそんな単純には済ませられない。
こんな田舎で起きたことだから、特に大きな醜聞として地元の社交界で取り沙汰されてしまうだろう。そうなれば近隣で暮らす適齢期の男たちの耳に入り、ヘタをすると一生ジュリーは結婚出来ないかもしれない。
(場合によっては贖罪の代わりに、私が結婚相手を探してやるつもりだ。……ジュリーは単なる幼馴染みと言うだけでなく、従妹でもあるのだから)
相手を探すと言っても、地元の貴族のことはあまり知らないから。当然、王都で探すことになる。
「とにかく……一度、ジュリーと話をしてみないと何とも言えないな」
約束の時間にセイフォード男爵邸の玄関ホールで待っていると。足音が聞こえて階段を見あげると、降りて来たジュリーの姿に思わず息を呑んだ。
ポカンと口を開けたマヌケ面をさらさなかった自分を褒めてやりたいぐらい、本当に大人になったジュリーの姿に驚いた。
私の前にあらわれたジュリーは――
太陽に愛されたらしく、肌は金色に輝き。貴族の令嬢にしては弱々しさとは無縁に見える、活力が満ちあふれた大人の女性になっていた。
「……っ⁉」
(二年前の父上の葬式で会った時は、ジュリーはまだ“成人の儀”を受ける前で、どことなく少女のような子供っぽさが残る印象だったのに。……たった二年で、こうも変わるものなのか?)
王都で見かける令嬢たちの、判で押したような青白い肌で弱々しさや清楚さを演じて媚びを売る。そんな似たような個性の令嬢たちとはあきらかに違う。
玄関ホールで待っていた私と目が合うと。ジュリーは初夏の空のように澄んだ瞳を細め、ニコニコと嬉しそうに笑った。ドキッ! と胸の中で私の心臓がはねる。
「綺麗だ……」
たまらず小さな声でつぶやいた。そう言わずにはいられないほど衝撃を受けたから。ジュリーから目が離せない。
(……驚いたな。本当にあのジュリーなのか? 子供の頃、ジョナサンとケンカをしては、二歳も年下なのに言い負かしていた。あの生意気なジュリーが、本当に目の前にいる美女と同一人物なのか⁉)
腰までのばした髪は夕暮れ時の小麦畑を思わせる、赤みが強い金色で。項の上で一つにまとめ、馬の尻尾のようにゆらゆらと背中で揺らしながら、私に向って歩いて来る。
「やっと会えたな、ジュリー!」
私が緊張していることをジュリーに悟られないよう、気安さを装いながら普段よりも少し高めの声で、先に声をかけた。ジュリーの手袋をする前の滑らかな手を取り、礼儀正しくキスをした。
「お久しぶりです、ファゼリー伯爵様」
ジュリーも礼儀正しく挨拶を返す。
思わず私がジッと見つめると、ジュリーの空色の瞳はより一層キラキラと輝く。
「やめてくれよ、ジュリー! ファゼリー伯爵様だなんて! 幼馴染の君にまでそんな呼ばれ方をされたくないよ」
(ジュリーは思っていたよりも、あまり落ち込んでは見えないな)
『兄さんが心配しなくても大丈夫さ! ジュリーは僕を愛していないから平気だよ! 彼女のプライドを、少しだけ傷つけたかも知れないけれどね』
(ジョナサンのせいで婚約解消になったジュリーが、どれだけ傷ついたかと心配していたけれど。……どうやらジョナサンの意見は一部、正しかったらしい)
思っていたよりも元気そうなジュリーの顔を見て、私は心の中でホッと、胸を撫で下ろした。




