57話 後継者
――結婚してから数年後。
王都の閑静な一等地に建つファゼリー伯爵家のタウンハウスで、元気な赤ん坊の泣き声が響いた。
「男の子ですよ、伯爵様!」
「……義母上!」
「さぁ、あなたの息子を抱いてあげて」
満面の笑みを浮かべた私の叔母であり、義理の母でもあるセイフォード男爵夫人が、産まれたばかりの赤ん坊を抱いて寝室からようやく出て来た。
イライラと廊下を歩き回りながら待っていた私は、義母から赤ん坊を手渡されて慌てて受け取った。
「ああ……髪はジュリー譲りだ」
私は元気そうな子供の真っ赤な顔を見てホッ……と笑った。まだ産湯で濡れている息子の金色の髪にキスを落とす。
ギュッと目蓋を閉じているから瞳の色はまだわからないが。髪色と同じように瞳もジュリーに似た空色だと良いなと思った。
「やれやれ、これで一安心ね……」
義母上も私の腕に抱いた産まれたての孫を眺めながら、幸せそうに笑っている。
「義母上、妻は? ジュリーは大丈夫ですか?」
「ええ、元気よ。今回は産まれるまでが早かったから」
産まれたての息子は三番目の子で。上に長男のサディと長女のファニーがいる。
私は再びホッとため息をつく。
「ジュリーと話せそうですか?」
「そうね……眠たそうにしていたけれど、まだ起きているわ」
「それなら眠る前に、妻を労わないと!」
「ふふっ……そうね。そうしてあげて」
私はもう一度小さな息子の柔らかい髪にキスを落とす。視界のすみに立つ弟のジョナサンと目が合い息子を渡す。
「……ほら、ジョナサン!」
「えっ⁉ わぁ……」
ジョナサンはぎこちない手で、いきなり私に渡された小さな赤ん坊を受け取るが。オロオロと動揺し私に助けを求めて来た。
「あっ! 兄上??!」
「抱き方は長女で覚えただろう? 産まれたばかりの子は首が座っていないから、頭を支えてやるんだ!」
小さな私の息子にビクつくジョナサンに、助言をしてニヤリと笑った。
「ああ、は……はい!」
最初はオロオロとしていたが、腕の中の赤ん坊を見つめるうちに、ジョナサンからも笑みが零れた。
「ふふふっ……どうだ、ジョナサン。産まれたての赤ん坊は、小さくて可愛いだろう?」
「ああ、本当に可愛いよ!」
「すみません義母上……“ヘクター”をお願いします」
産まれる前から私は、息子の名前を決めていた。
「ええ…」
静かに扉を開けて寝室へ入ると。ちょうど医師がジュリーの脈をはかり終え、診療記録に書き入れているところだった。
ベッドに横たわるジュリーを見ると。……眠っているのか、頬をバラ色に染めたままぐったりと瞳を閉じていた。
「医師、妻と話しても良いか……?」
私はジュリーを見つめながら、医師にたずねた。
「ええ、伯爵様。私はしばらく席を外しますから。奥様を疲れさせないように気を付けて下さい」
「はい」
ジュリーの汗で濡れた額にキスをした時、普段よりも額が熱くなっていると感じた。出産直後で微熱が出ているようだ。




