58話 後継者2 ーENDー
医師と助手の女性が寝室から出て行くと、エドガーは私の耳元に唇を寄せてそっと囁いた。
「ジュリー……お疲れ様。元気な男の子を与えてくれてありがとう。愛しているよ」
私が疲れて眠っているのなら寝顔を見るだけで我慢しようと。無理に起こさないようエドガーは配慮したのだろう。
私は今にも気絶しそうなほど、疲労困憊していたけれど……気力を振り絞って、重い目蓋を開きエドガーを呼んだ。
「エドガー……」
「……ああ! ジュリー、すまない。起こしてしまったか?」
心配そうに私を見下ろす愛する夫に、もう一人可愛い息子を見せてあげられた自分が誇らしく思えた。
「……やったわ! エドガー、男の子よ!」
(さぁ、エドガー! 私をたくさん褒めて良いわよ)
私は大きな仕事をやり遂げた後の達成感でいっぱいだったから、得意げに言った。
「ああ……すごく可愛くて、君に似た綺麗な男の子だった。良く頑張ったな。お疲れ様ジュリー……」
「どういたしまして。うふふっ……」
声も掠れているし疲れているけど。大好きな夫に褒められて、私はパッと元気になった。
「ジョナサンにやるのが惜しくなって来たよ」
お父様に懇願されて私とエドガーの三人目の子が男の子なら、将来はセイフォード男爵家へ養子に出すと約束していた。
「あらあら、ふふふっ……もう、エドガーったら。ジョナサンへ養子に出すのは二十年も先の話でしょう?」
「そうだけど……」
私の声が掠れていることに気づいたエドガーが、サイドチェストの水差しからカップに水を注ぎ、私の身体を支えて起こし水を飲ませてくれる。
ゴクッ……ゴクッ……と美味しく水を飲み終えて満足すると、フゥ―――ッ……と私はため息を吐いた。
「本当によく頑張ったな、ジュリー。君もヘクターも無事で、ホッとしたよ」
「ふふふっ……でも可愛いから。ついつい、もう一人ぐらい欲しくなるのよね」
私がエドガーを揶揄うように言うと。エドガーは苦笑する。
「もう……これで最後にしよう! こっちの身が持たないよ」
確かに実際に子供を産んだ私よりも、エドガーの方がゲッソリと頬がこけて疲れ果てた顔をしている。私が子供を出産するたびに、死ぬほど心配するエドガーの寿命がいっきに十年は縮んだように見えた。
――エドガーには悪いけど。私の本音は冗談ではなく。あと二人ぐらい欲しいと思っている。
「ふふふっ……子供は女神様からの贈り物だから」
(心も身体も健康に産まれて。頼りになる素敵な旦那にも愛されて。本当に幸せだわ)
私は運を天に任せて……子供のことも女神様にお任せするだけだ。
「ジュリー……」
エドガーは困った顔をしながら。私の額や白い手に、労いのキスを幾つもくれた。
昔はジョナサンに醜いと侮辱された、私のこんがりと日焼けしていた肌は、王都で暮らすようになると、アッという間に白くなってしまった。
今では若い独身貴族たちの間で、私は『妖精の奥方様』などと恥ずかしい愛称で呼ばれているらしい。
順調に家族も増えて、エドガーが担うマクシミリアン陛下の側近の仕事も順風満帆。何より私とエドガーは未だに新婚夫婦のように、結婚して以来ずっと情熱的に愛を交わしている。
私たちはそんなふうにずっと幸せの中にいて、今は何の心配もないけれど。
――妹夫婦……アリアーヌとジョナサンの結婚生活は、私たちとは裏腹に大きく違っていた。
ジョナサンが男爵家に婿入りして何年も経つのに、二人が子供に恵まれることは無かった。なぜなら結婚当初から、二人の関係は冷え切っていて破綻していたからだ。
本人たちは何も言わないが、お母様に聞いた話では――
『白い結婚を続けているわ。いくら説得してもアリアーヌがジョナサンを受け入れようとしないから。……間違いないと思う』
『まぁ、それではジョナサンに婚姻を無効にされても、文句は言えないわね』
『ええ。だからお父様は子供を産ませないという条件で、ジョナサンに愛人を作ることを許可されてね……』
『愛人……っ⁉』
(お父様もずいぶん思い切ったことをしたわね。それだけジョナサンを逃がしたくないのは理解できるけど……)
でもこの話にはまだ、続きがあった。
『でもジョナサン自身が、自分は娼館へ行けば良いからと。……何かと手間がかかって面倒な愛人は、いらないと言っているらしいの』
『そう。……ジョナサンは変わったわね』
こうしてジョナサンの態度や言動をお母様に聞いていると。私と婚約していた頃と比べると、別人のように変わったように感じた。
鼻の骨が折れて曲がり、ジョナサンは周囲の人たちに美男子とは言われなくなった。それ以来、人が変わったようにお父様と領地の運営に、熱心な態度で取り組んでいる。
そうしたジョナサンの努力が認められて、男爵領で暮らす領地民たちは信頼を寄せているのだとか。
昔は武器として使っていた、美しい容姿がダメになったことは、ジョナサンにとって不運ではなく。むしろ幸運だったのではないかと私は思う。
私は出産直後の重くて怠い身体をベッドに横たえたまま。ベッドの脇に置いた椅子に座るエドガーの、温かくて大きな手を撫でてたずねた。
「ねえ、それよりも……サディとファニーは?」
昼間、出産前の陣痛に苦しみ。唸り声をあげていた私を見つけて――
『母親を失うのではないか』と、長男のサディと長女のファニーはすっかり怯えきっていた。子どもたちと一緒に、夫のエドガーも怯えていたが。
「大丈夫だよ。もう真夜中だし……さっき見て来たら、二人ともぐっすり眠っていたよ」
「そう?」
「うん」
「ふふふっ……良かったわ」
エドガーの金色の瞳が幸せそうにキラキラと輝く。きっと私の空色の瞳も、エドガーと同じように輝いて見えるはずだ。
「愛しているわ、素敵な旦那様」
「愛しているよ、美しい奥様……」
私たちはキスを交わす。
― END ―
最後までお付き合い下さり、ありがとうございます。次はこのお話のスピンオフの作品を投稿する予定です。
またお会い出来れば幸いです(^^)/




