55話 婚姻の儀の翌朝
婚姻の儀の翌朝。
ジュリーを新しく伯爵夫人として迎えたファゼリー伯爵家から。私は弟のジョナサンを花婿修行を名目に、セイフォード男爵家へ送ることにした。
「お前はセイフォード男爵の信頼を得るために、一刻も早く男爵領の運営について、男爵から学ばなければならない!」
情熱的な初夜を終え、疲れて熟睡する可愛い花嫁を残して、ベッドから離れるのは本当に辛かったが。
いつまでも大人になれず。物わかりの悪い弟を、これ以上ジュリーの視界に入るところに置くことは出来ない。
(嫌なことは後回しにしないで、早めに終わらせた方が良いからな!)
昨夜、ジュリーに絡んでいたジョナサンを見てから。いくら弟でも、これ以上は甘い顔は出来ないと私は悟った。
「いきなり、そんな……兄上っ!!」
前日よりもさらにグルグルと顔に巻いた包帯が増えたジョナサンが、伯爵邸の玄関前で青ざめている。
私の指示で使用人たちは手際良く馬車に、ジョナサンの荷物を積んで行く。
「今まではジュリーがお前に、親切に教えてくれていたかもしれないが。これからは、男爵自身が指導してくれるだろう!」
(そしてお前は男爵に嫌われているから。きっと特別、厳しくされるはずだ。いい気味だ、この愚か者め!!)
私は腕組みをして、冷ややかにジョナサンを見た。さすがにジョナサンも私が本気で激怒していると、ビリビリと肌で感じているだろう。
怯えながら媚びるように笑う。……そんな浅はかな弟の姿は醜かった。
「兄上……せ、せめて顔の痣が消えるまでは、もう少し待って下さい!」
「昨夜までは、私もそのつもりだった! お前の長所はその顔しかないからな。……だが私の妻を侮辱したお前を、同じ屋敷内に置いておけると思うか?」
「そ、そんな! 僕は兄上の実の弟ですよ? 酷過ぎるよ!」
「ジュリーは私の愛する妻だ!! 男のお前と比べようがないだろう? お前だって私とアリアーヌを比べて、どちらを選ぶ⁉ 簡単に答えが出るはずだ!」
「……っ!!」
ジョナサンは黙りこんだ。私が弟よりも妻のジュリーを大切にするように。ジョナサンも私よりもアリアーヌを大切にすると、思い至ったのだろう。
「今、男爵家へ行かなければ、私はお前と兄弟の縁を切る!」
(お前がジュリーを置いて、王都で遊びまわっていた時。私がどれだけ、お前の尻拭いをしたと思っているのだ? 父上が病気で苦しんでいた時にだ!)
昨日、ジョナサンが一方的にジュリーを侮辱する姿を見て、どれだけ私が恥かしく思ったことか。あんなふうに口汚く、自分の弟が淑女を侮辱していたなんて。
――それもジュリーのような優しい女性にだ。
(クソッ! 思い出しただけでも、怒りが込みあげて来る!)
「兄上!!」
私は大声で怒鳴った。
「身内の私がいくら厳しくしても、お前はそうやって甘えるから。その汚れた性根はいつまでも治らないのだ! まともな人間になりたければ、黙って男爵のもとへ行け!」
(これは、お前に与えられた、最後の名誉挽回の機会だ!)
「そんなこと言わないで……どうかお願いします、兄上!」
「どうせすぐに婿入りする家だ。それが少し早くなったぐらいで、何がそんなに悪いのか。そんなに綺麗な顔でなければ、お前は恋人にも会えないのか⁉」
「ですが、アリアーヌが……」
「私の許可無く、このファゼリー伯爵邸へ足を踏み入れることは許さない!」
「兄、兄上! 待って下さい!」
「お前の婚姻の儀で会おう、ジョナサン!」
私の腕を掴んでジョナサンが追い縋ろうとしたが、私はそれを振り払って背中を向けた。
「兄上――っ!!」
呼び止めようとジョナサンが叫んでも、私は一度も振り返らずに邸内へ戻った。




