54話 初夜
エドガーの寝室へと通じる扉を開けると、蝋燭から放たれるオレンジ色の明かりが寝室を照らしていて、そこには人の気配は無かった。たぶんエドガーは寝室と隣接する居間の方にいるのだろう。食事も居間に用意したのだ。
当主の間は伯爵夫人の間と対になっているから。左右は反転しているが、基本的にどちらも同じ間取りとなっている。だが室内を彩るカーテンや壁紙、家具や絨毯などが違うから、見るとまったく違う印象を受ける。
寝室の真ん中でいったん立ち止まり、私はまじまじと部屋中を見回した。
「エドガーの寝室……感慨深いわ……」
(ついに、私はここまで来たのね)
スゥ――……ハァ――……と胸を大きく膨らませて深呼吸をする。あまり嗅いだことの無い匂いがした。
「エドガーの匂いかしら? ……いえ、違うわね」
伯爵夫人の部屋からも、同じ匂いがしていたから。先代の伯爵夫人が亡くなってから、一度も使われたことの無い部屋の匂い。つまりそれは……
「湿気と埃……それと薔薇の匂い?」
室内には中輪だけど、香りの強い品種の白い薔薇が飾られていた。少しでも部屋の匂いを消そうとしたのだろう。使用人たちの苦心が見られる。
王都で忙しくしているエドガーも、滅多にこの部屋を使わないから、どうしてもこうなってしまうのだ。たまに使用人の手で換気をしているから、さすがにカビの匂いまではしないけど。
少人数の使用人だけで、屋敷を回しているからこれが限界なのだ。
そしてどっしりと鎮座している大きな天蓋付きのベッドに視線を向ける。
「ここで私は初夜の儀式を……」
私の心臓がベッドを見た途端にドクッ、ドクッ、と痛いほど強く胸の中で跳ねる。マディに着せてもらった足首まである純白のローブの合わせ目を、ギュッと掴んだ。
腰のベルトできつく縛ってあるから。ローブの前が簡単にはだけることは無いと……そう頭では理解しているけれど。
でも、着ているか着ていないか分からないほど、軽くて薄いスケスケの寝衣を少しでもエドガーに見られてしまったらと想像すると……
ボッ! と顔が熱くなる。
(や、やっぱり……こ、こんな破廉恥な寝衣は着替えた方が……いくら初夜でも……)
急に怖気づいてしまい、自分が入って来た扉へ戻ろうとクルリと向きを変えたところで……ガチャッ、と背後で扉が開く音がした。
慌てて振り向くと、ローブを羽織ったエドガーが立っていたから。思わず私は小さな悲鳴を上げた。
「ひぃっ!」
「何だジュリー。こんなところにいたのか」
「あっ、エドガー!」
私はモジモジと視線をあちら、こちらへと泳がせていると。エドガーはクスリと笑った。
「もうこの部屋を使いたくなったのか?」
「え?」
エドガーは意地悪そうにニヤリと笑い。私の視線を誘導するように大きなベッドをチラリと見た。
「違、違うわ! 私はただ……ただ……」
(エドガーの部屋の匂いをクンクンと嗅いでいた……とはさすがに言えない。それではまるで変な人みたいだわ!)
「ふふっ……そんなに緊張することないよ。嫌なら今夜は大人しく眠れば良いから」
「え⁉」
「ジュリーは初夜の儀式を気にしているんだろう? 無理しなくて良いんだ」
「……っ」
(床入りはしないということ⁉)
「求婚したその日に婚姻の儀を行って。いきなり初夜まで強行しようとは思っていないから」
「……そうなの?」
「うん。とりあえず君を妻に出来ただけで、今は上出来だと思っているんだ」
「……本当にそれで良いの?」
「ああ」
「……」
(本当に良いのかしら? それって何だか……)
何だか…………ガッカリした。
「さぁ、食事にしよう。疲れているだろう? 早く腹を満たして、朝までぐっすり眠ると良いよ」
エドガーは私の手を引き寝室と隣接する居間へと歩き出す。
私は衝動的に言った。
「ねぇ、エドガー……私は構わないわよ」
「ん?」
「今から初夜の儀式をしても」
「……っ!!」
エドガーはピタリと足を止めて振り返った。私はエドガーと視線が合わないように下を向く。
「ジュリー?」
「だって……せっかくあなたと結婚した夜なのよ? 特別な夜でしょう? このまま眠ってしまうなんて、勿体ない気がして……」
「ジュリー……」
「もっとあなたと一緒にいたいわ」
エドガーはなぜか私の手を放して、ハァ――……とため息をついた。
「それはつまり……私と一晩中、話をしたいと言うことかな?」
「私……勇気を出して準備したのに……」
初夜をしないと言われて、ガッカリした私は言葉だけでなく。行動まで衝動的になった。
ギュッとつかんでいたローブの合わせを放し、腰のベルトを解いてはらりと開いて下に着ていた破廉恥な寝衣を見せる。
下を向いている私の頭の上で、エドガーがハッ! と息を呑む音が聞こえた。
私の耳元に唇を寄せて、エドガーに掠れた声で囁かれた。
「ジュリー……なんて悪い娘なんだ……」
「ひゃっ……!」
耳にチュッとキスをされ、私の背筋に甘い痺れが走った。
エドガーは軽々と私を抱き上げ、悠然とベッドへ歩いて行く。
初夜を追加するのに書き下ろしていたら……濃いイチャイチャを書くつもりが。危ない、危ない。BL執筆時の癖で……うっかりエロシーンまで書きそうになった(-_-;)




