53話 伯爵夫人の部屋
新婚の夫婦らしく私はエドガーに抱き上げられて、伯爵夫人の間へ入ると。そこには男爵家で私の雑用をいつも手伝ってくれていた、マディが待っていた。
「あら、マディ! 来てくれたのね」
「はい、お嬢……奥様!」
エドガーは私を絨毯の上にそっと下ろしながら、マディが来ることになった経緯を話してくれた。
「何しろ、今まで伯爵家には女性がいなかったし……客が来訪することも無かったから。女性の身支度を整えられるような使用人がいなくてね」
「ああ……それで、あなたはマディを呼んでくれたのね」
「……と、言うか。叔母上(男爵夫人)がその方が良いと、手配してくれたんだよ」
「さすが、お母様だわ!」
「まぁ、そういうコトだから……これからは伯爵夫人の侍女として、私の奥さんをよろしく頼むよ、マディ」
つまりマディは単なる使用人から、私の侍女へと昇格したのだ。
エドガーはあまり伯爵らしくない、気さくな態度でマディに握手の手を差し出した。顔を真っ赤にしたマディは、慌ててエドガーと握手をする。
「はい! よ、よろしくお願いいたします! 精一杯、奥様にお仕えさせて頂きます」
「さてと。挨拶も終えたし……私も自分の部屋で着替えてくるよ」
――と言いながら、なぜかエドガーは私の部屋の寝室へ向かった。私は引き止めてたずねた。
「エドガー、どこへ行くの?」
「私の部屋だよ」
エドガーはニヤリと笑って私の手を取ると、伯爵夫人の寝室の奥にある衝立の前へ行く。
「んん⁉」
衝立の向こう側を覗くと扉があり。扉を開くと……当主の間の寝室と繋がっていた。
「ジュリー。着替えを終えたら、この扉から私の部屋へおいで。向こうに軽い食事を用意させるから」
「……っ!」
私の頬はカッ! と熱くなる
(そ、そう言えば……お母様とお父様の寝室も、こんなふうに扉一枚で繋がっていたわ)
使用人に知られることなく、お互いの寝室を行き来するための扉だ。
エドガーに扉の存在を教えられると、改めて今夜は私たちにとって初夜になるのだと思い出した。
「わ……わかったわ」
「うん、では後で私の部屋で会おう……」
「はい」
エドガーが開いた扉がパタン! と閉まると。いつの間にか止めていた息をハァ~と吐き出した。瞬間的に襲われた緊張に残りの体力を奪われ、足からガクッと崩れ落ちそうになった。
――でも、ドレスを早く脱がなければ食事にありつけないから。気力を振り絞ってマディに脱がせてもらう。
顔を洗ってお化粧を落とし。マディが男爵家から持って来た箱の中から新しい寝衣を取り出した。私はそれを見せられて息を呑む。
「嘘でしょう? これを私が、本当に着るの……?」
純潔を象徴する純白のレースが使われた美しい寝衣だが……全体的に肌が透けて見えるのだ。
「はい、お嬢……奥様。男爵夫人に初夜はこちらの特別な寝衣を着るようにと……」
マディの顔が赤くなっている。
(特別⁉)
「本当に着るの……? ……嘘でしょう?」
私は人語を話すオウムのように、同じ言葉を繰り返した。
「あ、あの……でもこちらのお揃いのローブを上から羽織れば……よろしいかと……?」
マディに手渡されたローブは寝衣と同じ純白だが。襟と袖に寝衣と同じレースが飾られているが、身頃の部分は光沢のある厚手のシルク生地だ。
上から羽織ればスケスケの寝衣が綺麗に隠れるように、ローブは足首までの長さがある。
「な、なるほど……わかったわ」
(お、お母様が着ろと言うなら、着るしかない)
ドレステーラーで花嫁の初夜用にと、同じ物を一度勧められて見せてもらったことがあるけど。『私には必要ないわ』と断った。
――その時はまだ、私はジョナサンと結婚すると思っていたから。あまり過激なことをすると、ジョナサンからどんな嫌味な反応が返ってくるか分からなかったから。
……でもまさか、本当にそれを自分が着ることになるとは思いもしなかった。
私は覚悟を決めて、マディに手伝ってもらいスケスケの寝衣を着た。ローブを軽く羽織って姿見(全身を映せる大きな鏡)の前に立ち、自分の姿を確認する。
良く見ると胸と股間の部分が大きめの凝ったレースで透けて見えないようになっている。それ以外はスケスケだが。
初夜だから男性をその気にさせるための寝衣なのはわかるけど。
私はスケスケの寝衣を着た、鏡に映る自分の姿を眺めながら。……また、オウムのように同じ言葉を繰り返した。
「嘘でしょう?」




