51話 元婚約者2
いくら私が真実を話しても、ジョナサンはその真実を歪めて受けとめると分かっていた。それだけジョナサンは私のことが大嫌いで、同時に自分のプライドを守るために必死なのだ。
「もう……っ!」
(相手をするのが面倒になって来たわ。いつもなら、そんな不毛な話し合いを続けることに苦痛を感じて。早々に私が先に折れて、適当に話を合わせて終わらせてしまうけど)
――でもエドガーの妻となった私が、ここで簡単に受け入れれば。夫のエドガーは『私に騙されたマヌケな男性』だと認めることになってしまう。
エドガーの名誉のためにも私は一つも、ジョナサンが歪めた話を黙って受け入れてはいけないのだ。
「僕が学園生時代に、少し遊んでいたから! 婚約者だったお前は、そのことで嫉妬して、僕をバカにして苦しめたんだろう⁉」
多少は恥じらいを感じているのか、ジョナサンは包帯だらけの顔を赤くして怒鳴った。
「今のは私の聞き間違いかしら? だってあなたさっきは……『お前はまともに人間を愛せるような、可愛い女ではない』と言っていなかったかしら?」
(自分で言っていて、何も矛盾を感じないのかしら?)
「だ、だから何だよ!」
「愛してもいないあなたのために、なぜ私が嫉妬を感じるの? 私は人を愛せないと……今まで何度もその言葉で私を侮辱したのを忘れたの?」
「……っ!」
ジョナサンも自分の間違いに気づいたようだ。
「それなのに次は嫉妬ですって? こんな矛盾した話を恥かしげもなく、よく言えるわね! ……でもそうね。私があなたを愛していなかったことだけは正しいわ」
「黙れ、ジュリー! なんて生意気な奴だ!」
ジョナサンの怒鳴り声が伯爵邸の静かな廊下に響く。
自分の主張の根拠が間違っているとようやく気付いたのか、ジョナサンの口数が減っている。その分、私を脅すためなのか声が大きくなっていた。
「ジョナサン、私は本当に嫉妬はしていないわ。……ただ、あなたが簡単に浮気ができるほど不誠実な人だと失望しただけよ! アリアーヌもそのうち気づいて、あなたに失望するのではないかしら?」
(私は男爵家の長女として、ジョナサンがどれだけ不誠実でも、受け入れるという選択肢以外は無かったから。結局、大騒ぎしないで忘れることにしたのよ!)
「お前は、なんて性悪な女なんだ! そのうえ僕がお前の相手をしないから、次は兄上を狙うなんて!」
「私は子供の頃からずっと、エドガーを愛していたの! 求婚されてどれだけ嬉しかったことか」
最初からジョナサンとの話は、平行線になると覚悟していたけれど。そろそろ話すのに疲れて、ハァ――ッ……と大きなため息をついた。
「だったらなぜ、僕と婚約したんだ? なぜ今まで兄上が好きだと、僕に何も言わなかった!」
フンッ! とジョナサンは嘲笑った。
婚約はお父様が決めた政略結婚だから、私はそれに従っただけ。今さらそんな分かり切ったことを、なぜ問い質すのか。私を言い負かしたいのはわかるけど。
(それにしても、くだらない。こんなの時間の無駄だわ)
「どれだけ好きでも長男のエドガーと長女の私では、結婚出来ないと分かっていた。なのに、あなたに私の気持ちを告白して、どうなると言うの?」
(昔から仲が良いとは言えなかった私とジョナサンの関係が、増々悪化するだけだわ)
「子供の頃から兄上が好きだっただと? そんな嘘臭い話を誰が信じるものか! 兄上を誑かした詐欺女! お前なんか伯爵夫人だと認めないからな! 早く兄上に結婚は無効だと言え!」
興奮したジョナサンが怒りに任せて、私の肩をドンッ! と突き飛ばした。
「何を……ああっ……キャアァッ!」
私は体勢を崩して、廊下で尻もちをついた。
「フンッ! お前のような女狐は、そうやって床に這いつくばっていれば良いんだ!」
「……っあ!」
ちょうどその時。私たちが上がって来た中央階段を挟んだ向こう側から、エドガーがこちらに向かって歩いて来る姿が見えた。
「この汚い女狐が! 早く結婚は無効だと兄上に言いに行けよ!」
興奮して怒鳴り声をあげているジョナサンは、こちらに歩いて来るエドガーに背を向けていて気づいていない。
――本当にそれは、アッという間の出来事だった。
エドガーが悪魔のような顔で走って来て、ジョナサンの背中に
蹴りを入れた。ドゴッ! ……と鈍い音がした。
「うわあぁっ!!」
ガツッ! ゴンッ! ジョナサンが膝や腕を打ち付けて、廊下の端に転がった。
「ジュリー! 大丈夫か⁉ 怪我は無いか?」
「ええ……少しお尻が痛いけど、平気よ……」
私はエドガーの手を借りて立ちあがった。
「ぐうぅぅ……あの野郎……っ! よくもジュリーに……」
エドガーは大型の肉食獣に似た、敵を威嚇するような低い唸り声を、喉の奥から絞り出した。
「痛いっ……クソッ! いきなり後ろから……卑怯だぞ、兄上!!」
ジョナサンの罵り声がエドガーの背後から聞こえ。エドガーは金色の瞳を野蛮な光でギラギラさせて、ジョナサンを振り返る。
エドガーは私の手を放して、問答無用でジョナサンを殴り飛ばした。
そこから兄弟流の拳と拳の語り合いが始まった。




