49話 ファゼリー伯爵邸
ファゼリー伯爵邸へ到着すると、私たちは玄関ホールにずらりと並んだ使用人たちに祝福の言葉とともに迎えられた。
「旦那様、奥様、ご結婚おめでとうございます! 使用人一同、心よりお祝い申し上げます」
先代伯爵が健在だった頃から伯爵家に仕えている、執事のマルタンがニッコリと微笑んだ。
「ありがとう! 急遽決まった結婚だったが。皆、良く対処してくれた! 感謝するよ!」
前触れもなく突然あらわれた王太子殿下の世話だけでも大忙しだったのに。そのうえ私たちの結婚が今日決まって、今日結婚したのだ。
……そして、伯爵邸の使用人たちは伯爵夫人の受け入れ準備までした。
異例づくしの案件をいくつも上手に対応した使用人たちの努力を、その場でエドガーが労った。私もエドガーに倣って、感謝と労いの言葉を使用人たちに贈った。
「今日は本当にありがとう! これからも、どうぞよろしくお願いします」
私は花嫁衣裳のまま、顔見知りの使用人たちと簡単に握手を交わす。神殿で行われた婚姻の儀に、参列していた人たちもいる。
「奥様、我々使用人は真心を込めて、奥様にお仕えいたします!」
執事だけでなく他の使用人たちも、自分のことのように私たちの結婚を喜んでいるように見えた。子供の頃から顔見知りの私が、エドガーの妻になったことをとても喜んでいるらしい。
「ありがとう! あなたたちの女主人として恥かしくないよう努力するわ」
新たに伯爵夫妻となった私たちと、伯爵邸の使用人たちとの挨拶が終ると。エドガーは執事にたずねた。
「王太子殿下はどうしている?」
「旦那様、殿下はただいまお部屋でお食事をとられております」
「そうか。殿下はどんな様子だった?」
「はい、奥様がとてもお綺麗だったと。とてもご機嫌はよろしいご様子でした」
花嫁姿の私に微笑み、うなずきながら執事はエドガーの問いに答えた。
「ふふふっ……まぁそうだろうな」
エドガーは執事から帰ってきた言葉を聞き、満足そうに笑い。私の腰を抱き寄せて額にキスをする。
(ううっ……恥ずかしい! エドガーはキスがとても好きなのね。嬉しい驚きだけど……出来れば人の目が無いところでして欲しいわ)
今日一日で一生分のキスをされたのではないかと思えるほど、エドガーに数えきれないほどキスをされた。無事に結婚出来てエドガーも嬉しいのだとわかるから、今日は注意したり、恥かしくても抵抗したりしない。
そういう堅苦しいことは、明日からにしようと思う。
「本日は旦那様のご機嫌も大変よろしくて、何よりでございますね」
「ふふふっ。今日だけでなく。明日からずっと私の隣にジュリーがいる時は、機嫌良く笑っていると誓うよ。マルタン」
思わず私も上機嫌なエドガーの軽口を聞いて笑ってしまう。
「……まぁ! エドガーったら」
「それは良いことでございますね。奥様に求婚しようと男爵邸へ向かう前は、ずいぶんと旦那様はトゲトゲとしていらしたので」
そのエドガーが私の隣でずっとニヤニヤ、デレデレ笑っている。
「……」
(私たちは本当に結婚して夫婦になれたのね。……幸せだわ)
主従のやり取りを見ている内に少しずつ、ジワジワと実感が湧いて来た。
「ジュリーは先に部屋へ行き、着替えを済ませるといいよ。私は殿下に挨拶をして来るから。……その後、一緒に部屋で軽く食事をとろう」
エドガーはそう言いながら、また私の唇にキスをした。
「わかったわ」
殿下が泊まる客間へ向かう、エドガーの大きな背中を見送ると。執事のマルタンに声を掛けられた。
「奥様、お部屋までご案内いたします」
「ええ」
伯爵夫人の部屋がどこにあるのか、私も知っていたけど。すべて執事に任せた。
だが――
「いや、伯爵夫人の部屋には僕が案内するよ。マルタン、お前は自分の仕事をしていろ」
それまで黙っていたジョナサンが、なぜか執事に代わり案内役をすると言い出した。
マルタン執事は戸惑った表情を浮かべた。それも当然だろう。
「ですが、ジョナサン様……?」
使用人の代わりをするほど、ジョナサンは他人に親切な人間ではない。何か他に思惑があるのではないかと疑いを持ち、マルタン執事も警戒している。
「……」
(伯爵夫人の部屋は私も知っているし。そこまでエスコートされるだけだから)
私はここでジョナサンの申し出を断る理由もなく。素直にうなずき、ジョナサンの申し出を受け入れた。
ジョナサンがエスコートの手を差し出し、私はその手を取った。




