44話 婚姻の儀4
セイフォード男爵は怒鳴って叱っても自分の命令に従わないジュリーに、昔話をして説得を始めた。
「ジュリー、良く聞きなさい。……私にも若い頃、愛する恋人がいた。相手は準男爵の娘で幼馴染だった」
「お父様……?」
「……だが私は男爵家のために近隣に領地を持つ、裕福なファゼリー伯爵家出身のお前の母親と、結婚することを先代男爵に命令され、それを受け入れたのだ」
「お父様にそんなことが……知、知らなかったわ……」
「ジュリー……?」
つぶやく声を聞き、振り向くと。私の背中にしがみついていたジュリーの顔に罪悪感が浮かんでいた。
(男爵は長女として育ったジュリーの責任感に訴える気だろう)
このままではジュリーが父親の話に流されてしまうのではないかと。私はジュリーを自分の胸に抱き締めた。
「お願いです。旦那様、もう止めて下さい! ジュリーを解放して下さい! これ以上、娘の幸せを奪わないで!」
乱暴に婚姻の儀を止めようとする夫の態度に、男爵夫人は耐えられなくなり娘のために声をあげた。
たとえカビが生えた古い話でも、男爵の妻という立場の叔母上は夫の恋人の話など、絶対に聞きたくなかったはずだ。それも男爵夫人との結婚は命令だったから、愛していた恋人と泣く泣く別れて結婚したという話だ。
男爵自身も自分の幸せよりも、男爵家を優先させた人だったのは分かるが。
「男爵、やめて下さい!」
(娘だけでなく。こんなにたくさんの注目を集める中で叔母上まで傷つける気か? あなたは本当に気でも狂ったのか、男爵! 自分の妻を侮辱し、誇りを傷つけてまで娘を意のままに操ろうとするなんて)
「貴族に生まれたのだから、家を守るために義務を果たせジュリー! そのために私はお前に心血注いで育ててきたのだ」
「……そ、それでも嫌です! お父様、私はエドガーと結婚します!」
ジュリーは私の腕の中で父親に抵抗し涙声で叫んだ。
私はチラリと祭壇広間の入り口でおろおろとしているジョナサンを見た。
「……」
(ジョナサンにセイフォード男爵家の、当主となる覚悟が足りないのは明らかだ)
もしもその覚悟があったなら、未来の男爵夫人に病弱で無能な妹のアリアーヌを選びはしなかっただろう。伯爵位を継承した私なら、容姿が美しいというだけのアリアーヌを、妻に選ぶことなど断じてない。
だから亡くなった父上も男爵に私とアリアーヌの結婚を勧められたが、丁重に断っていた。
「ジュリー! お前も男爵家の娘なら、責任をはたすべきだ!」
「お父様、男爵家はジョナサンとアリアーヌが守るべきです。今は私の役目ではありません!」
「我がままを言うな、ジュリー!」
「乱暴なことはやめて下さいセイフォード男爵!」
懲りずに男爵は手を伸ばしてジュリーの腕を掴もうとした。私は男爵の動きに合わせて身体の向きを変えてジュリーを守った。
「エドガー! 君こそ伯爵位を継承したのなら、礼儀と秩序を守れ!」
「……」
(確かに男爵家や領地民のことを考えれば、ジョナサンよりもジュリーが領地の運営に関わる方が有益だ)
男爵の言う通りジュリーはそのための教育を受け、育てられたのだから。男爵の次に領地のことを熟知している。
何より今までジュリーは自分の幸せよりも、男爵家を優先して生きて来た。男爵がジュリーに執着する気持ちも分かる気がする。
「ジュリー! セイフォード男爵家の先祖たちのように、我々は男爵家を、子孫たちへ完璧な状態で渡す義務があるのだ!」
男爵の主張は間違ってはいない。
だが……
「ですが男爵、それはあなたの子孫かも知れないが。ジュリーの結婚を禁じるなら、ジュリーの子孫ではないでしょう?」
「それは…っ」
さすがの男爵も、エドガーが放った理屈に一瞬言葉に詰まった。
「ジュリーを教育してきたという、あなたの努力が無駄に終わるとしても。ジュリーを私に嫁がせて、ジュリーの子孫を一人でも多く残すことが、男爵家のためになると思いませんか?」
(叔母上(男爵夫人)はアリアーヌを出産した時、身体を壊し次の子を身籠れない身体となったのなら……)
病弱な娘のアリアーヌも、母親と同じ身体にならないとは限らない。
「男爵、あなたは……病弱なアリアーヌ嬢一人に、未来の後継者の誕生を任せることに不安はありませんか?」
「……それは!」
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
突然、誰かが手のひらを打つ音が、祭壇広間に響き渡る。
祭壇に一番近い参列者席で、花嫁のエスコート役をしたマクシミリアンが立ちあがり、満面の笑みを浮かべて拍手をしたのだ。




